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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花4 ~恋は戦い~
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第106章:桜が見た愛《前編》

【SIDE:赤木影綱】


 椿を嫁に迎え入れてから六年の歳月が流れていた。

 冬も終わり、春になろうとしている。

 各地の大名はこぞって領地拡大を目指し、戦を起こしている。

 雪解けを待っていた、我らの国も隣国へ攻め入る事になる。

 

「今年は影綱様と共に桜が見れないのね?」

 

 病床にふせる妻の椿は俺に寂しそうな表情を見せながら言う。

 

「すまないな。こたびの戦は御館様の命で先陣をきることになっておる」

 

「……貴方もずいぶんと出世して、父上に認められているもの。貴方の今の立場は立派なものだと誇っているわ。でも、私は寂しい」

 

「桜が残る間に戻ってこれればよいが……」

 

 こたびの戦の規模を考えると難しいかもしれないな。

 毎年、桜を見よう、と俺は椿と約束している。

 だが、それも今年は叶わぬと言うことで椿は拗ねていた。

 俺も内心はかなりの焦りがあったのだ。

 椿はここ最近は痩せ細り、体調は芳しくない。

 薬師の話では、もう長くは持たないと言われている。

 ついに来るべき時が間近に迫りつつあるのだろう。

 椿との別れは考えておるよりも辛く、悲しいものだ。

 また来年、と約束しても椿が生きておるかどうか分からない。

 今年の桜をどうしても共に見たい。

 

「椿、代わりと言っては何だが、梅花の枝を摘んできたぞ」

 

 知り合いの庭に咲いていたものをもらいうけてきた。

 小さな白い梅の花が咲く枝を椿に見せる。

 ゆっくりと体を起こす彼女は梅の花を見た。

 

「可愛らしい花ではあるけども、これは桜じゃない」

 

「梅では満足せぬか?」

 

「……私は桜が好きよ。散りゆくさまが好きなの。命の儚さ、私も綺麗に散って終わりたいと思えるから。私は自分の名が好きじゃない。椿の花が落ちる様はあっけなく、みじめだもの。どうせ、散るのなら私は桜のように華麗に舞うように散りたいわ」

 

 妻が桜を好いていた理由が思いもよらぬものだったことに驚いた。

 

「影綱様……」

 

 そっと俺に手を重ねてくる椿。

 その手は冷たく、弱々しい温もりの彼女。

 

「貴方の無事を祈ってるわ。私の最後を看取るまで、死なないで。私より先に死なないで。影綱様には残酷かも知れないけども、私は一人で死にたくはない」

 

「分かっておる。ほら、そのような話をせずともよい。気を楽にせよ。悲しい事を考えておれば気も滅入ろう。梅の花ではあるが、花見をしようではないか」

 

「そうね。今年はこれで我慢するわ。また来年、共に桜を見ましょう」

 

 椿にとっても己の死期が迫る事は恐怖以外の何物でもない。

 体調を崩している今は不安で暗い事ばかり考えてしまうのだろう。

 俺はそんな椿の姿を見るのが辛かった。

 

 

  

 

「影綱よ。まもなく戦だが、椿姫様の容体が気になるようだな」

 

 馬舎で愛馬の世話をしていると、高久に声をかけられる。

 

「仕方あるまい。我ら、赤木隊は今や先陣をきる役目を与えられるほどになったのだ。この役目、果たさなければならない。今の俺が考えるのはそのことだけだ」

 

「……椿姫様の容体は御館様も気にしておられる」

 

「この前も見舞いに来て下さった。だが、病だけはどうにもならぬ」

 

 悪化の一途をたどり、どうする事も出来ない事が悔しい。

 馬の背を撫でながら、俺はため息をつくほかなかった。

 

「いずれ、椿を失うその時までは傍におると約束しているのだ。俺の覚悟はとうの昔に決まっておる。椿を妻に選んだ時からな」

 

「覚悟が決まっているとはいえ、辛くないわけではあるまい。お前も無理はするな」

 

 友に励まされながら、俺は先程に聞いた話を高久にする。

 

「ところで、今しがた聞いたのだが、高久の所には子供が生まれたそうだな」

 

「あぁ、一昨日の晩に生まれたばかりの男子だ。初めての我が子は可愛くてな」

 

「めでたいではないか。今度、祝いの品を持っていこう。子にも会わせてくれ」

 

 他人を羨むわけではないが、子供の話をすると羨ましく思える。

 我らにも子がおれば、と思ってしまう。

 だが、それは椿にとっては一番の酷な話だ。

 

『私は自分が嫌い。影綱との子を産み育てる事ができないのだから』

 

 赤子を望むのは、誰よりも椿自身なのだ。

 

「……高久よ、久し振りに競べ馬をせぬか?」

 

「ほぅ、馬の勝負か。別によいが、どうした?」

 

「そのような気分なだけだ。俺に付き合って走ってくれればよい」

 

 たまには何もかも忘れて馬と駆けたい事もある。

 俺達は馬にまたがると、そのまま馬を荒野に向けて疾走させる。

 何も考えたくない、俺は無我夢中に馬と荒野を駆けた。

 

 

 

 

 春の始まり、我らにとっては戦の始まりだ。

 赤木隊は御館様の本隊とは別動として、先に山城を落としにかかっていた。

 

「我は赤木影綱。かかってくるがよい!」

 

 戦場を馬で駆けながら敵を蹴散らしていく。

 高久の策はいつものことながら、見事なものだ。

 刀を振るい、敵の本陣を攻めると、敵兵は散り散りになって逃げ出した。

 

「影綱殿。高久殿からの伝令です。ここの将は城を放棄したそうです」

 

「城を捨て逃亡するか。背後を攻めれば打撃は与えられるのだが……」

 

 御館様からはこたびの戦、深追いをするなと命じられておる。

 それはこの戦の意味が隣国を攻め滅ぼす事ではないと言うことだ。

 

「影綱殿、御館様は何を考えておられるのやら」

 

「噂では隣国との和平を結ぶつもりらしいですが、その真意は?」

 

「さぁな。だが、和平が叶えばよい。我らもいつまでも隣国を攻めている場合でもなかろう。時代は移ろう。強き力に対抗する力を持たねばならぬ」

 

 噂の織田勢に次々と攻め滅ぼされた国々の話を聞く。

 我らもいずれ戦う日が来るであろう。

 その前に体勢を整えておかねばならぬのだ。

 城落としを終え、再び進軍した赤木隊に思わぬ伝令が入る。

 本隊が奇襲をうけたという報告だった。

 

「……なんだと、御館様たちが奇襲を受けた?」

 

「被害は軽微なれども、進軍が遅れ、こちらとの合流に三日はかかるかと」

 

「御館様が無事ならばよいが……。我らもここで足止めをくうな。どちらにせよ、次の城落としは無理だ。待機するにもここでは場所が悪い。先程の山に神社があったな。あの辺りに陣を敷き、御館様の本隊を待つことにしよう」

 

「はっ。すぐに準備にかかります」

 

 思わぬ足止めだが、連戦が続く我らにはよき休息にはなりそうだ。

 俺はある疑問を高久に問う。

 

「なぁ、高久よ。このような状況で噂の和平は結べると思うか?」

 

「さぁな。それを決めるのは俺達ではあるまい。和平を結ぶ前に御館様の力でこの国を滅ぼしてしまうかもしれぬぞ」

 

「……そうだな。今の我らに敵はない」

 

 この勢いのまま、連勝を重ねていくだけの力が我らにある。

 その時、慌てた様子の斥候の一人が俺に報告をしてくる。

 

「影綱殿、報告いたします。斥候が隣国の姫君を捕らえたのとの報告が」

 

「敵国の姫だと――?」

 

 そして、俺は“運命”と出会う。

 

 

 

 

 敵国の姫君、紫と名乗った姫を捕らえた後に、社に彼女を閉じ込める。

 敵の手に落ち、怯えきった表情を見せる少女。

 小柄で可憐な容姿をしている

 高久は彼女を切り捨てようとしたが、御館様の判断を待つ事を提案した。

 これから隣国と和平を結ぶというのならば、無益な殺生はすべきではない。

 

「紫姫、ここから外に出ぬと誓うのならば殺しはしない」

 

「……影綱様はお優しい方なのですね」

 

 安堵の微笑みを浮かべる彼女に見惚れる。

 なんと可愛らしい姫であろうか。

 

「影綱よ、どういうつもりだ。まさか、あの姫に惚れたのか?」

 

 社を出てから、俺の判断に文句を言う高久。

 

「高久、俺はただ無駄な血を流したくない。それだけなのだ」

 

 従者にも見捨てられた哀れな姫だ。

 同情したところもあったのかもしれない。

 だが、その本音は可憐な少女が目の前で死ぬ所を見たくはなかったのだ。

 

「俺はあの娘を殺したくない。生きたいと思っても、満足に生きれない椿を見ていると、そう思うのだ。生きたいと願う者の命を奪うことだけが本当に良いのか」

 

「それがこの時代だぞ、影綱。優しさは甘さであり弱さでもある。その優しさがいずれお前を殺すかもしれぬ。ここ最近のお前はどこかおかしい」

 

「……死に恐怖し、苦しむ物を間近にみておるせいか、生と死に対して臆病になっているのやもしれぬな。だが、高久よ、案ずるな。戦場ではこの弱さは見せぬよ」

 

 俺が臆して判断を謝れば、部下が死ぬ。

 隊をまとめるものとして、そのような事にはなってはいけない。

 

「はぁ、お前も休め。この三日間で一番休息が必要なのは、影綱なのかもしれぬぞ」

 

 励ますように、俺の肩を叩いて立ち去る高久。

 俺は木にもたれながら空を見上げる。

 春の穏やかな日差しを感じながら思うのは今も苦しんでいるであろう椿の姿。

 俺は死期の迫る椿に何をしてやればよいのか悩んでいた。

 傍にいてやることしかできぬ、もどかしさがある。

 

「……俺はいまだに覚悟をできていないのかもしれぬな」

 

 愛する者が死にゆくさだめを、終わりを迎えるその時を……看取る覚悟が未だにない。

 覚悟を決めていたはずなのに……己の心の弱さが情けなくなる。

 

「どうなされました、影綱様?」

 

 社の方から聞こえる声に振り向くと、心配そうな顔を社から覗かせている紫姫がいた。

 こちらを見つめるその可愛らしい瞳。

 捕らわれの身の姫に心配されていてはしょうがない。

 

「何でもない、紫姫。窮屈だろうが、そこで大人しくしておいてくれ」

 

「……分かっています。影綱様の温情を無駄にしたくはありませんから」

 

 紫姫が見せる微笑み。

 俺は紫姫に疲弊した心を癒されていた。

 心に生まれた隙、そこに入りこんできたのは敵国の姫の存在だったのだ。

 

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