表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花4 ~恋は戦い~
103/128

第102章:桜が見た恋《前編》

【SIDE:赤木影綱】


 戦国時代のひとつの恋をその桜は見続けていた。

 まもなく、春を迎える雪解けの季節。

 赤木影綱は朝から慌ただしく戦支度をしていた。

 

「影綱殿、出陣の用意ができました」

 

「よし、今いく。御館様や父上は既に出立したのか?」

 

「本隊は今朝方、隣国に出陣しました。影綱殿には後攻めとして山城を任せる、と」

 

「父上も無理を言う。まだ戦を五つしか経験していない俺に城攻めを命じるとはな」

 

 侍大将でもある父上の傍で五つの戦を経験した。

 人を斬る事も、勝利する事も、未だにまだ慣れておらぬ。

 それなのに、このような大役を命じられるとは……。

 

「……覚悟を決めよ、影綱。我らの武勲を立てる好機だと思え」

 

「高久?お前は気楽だな。戦はさほど甘くはないぞ」

 

 俺の真横で自信のある笑みを浮かべる友、狩野高久。

 初陣より共に戦をくぐりぬけてきた信頼できる友だ。

 今回の戦も彼の知力を頼りにしている。

 

「自信がない奴よりはいい。戦場では弱い所を見せた者が死ぬ、それが道理だ」

 

「知略に長けた狩野殿、武力に秀でた赤木殿。我らの勝利は見えておりますな。我らの命、お預けします」

 

「……そうだな。ここで臆しては、勝てる戦も勝てるはずもない」

 

 我らを信じ、ついてきてくれる兵がいる。

 彼らの犬死させる愚かな将にはなりたくはない。

 俺が指揮をとる最初の戦だ、勝利してみせよう。

 

「では、行くか。こたびの城落とし、成し遂げてみせる。赤木隊、行くぞ」

 

「「おーっ!」」

 

 覇気のある皆の声に俺も覚悟を決めた。

 御館様が見込みがあると思い、信じて託してくだされたこの戦場。

 必ずや勝利という戦果をあげてみせよう。

 

 

 

 

 隣国に攻め入った御館様達の本隊の援護。

 背後から奇襲、増援を防ぐために後方の山城を攻めて足止めをする。

 それが我らに課せられた使命だった。

 城攻めの戦が始まり、部隊の兵が山城へと攻め入る。

 

「高地は制した。弓兵、城門の兵を射よ!」

 

 高久の考えた城攻めの知略の奇襲の策。

 隙をついて、突然の山城背後からの奇襲に敵兵は浮足立つ。

 

「……影綱、そろそろ、歩兵を進軍させよう。この機を逃すな」

 

「分かっている。後は任せておけ。行くぞ、今こそ本陣に攻め入る好機!」

 

 俺はそれに応えるために、兵を率いて敵を討つ。

 

「はっ!」

 

 俺は刀で敵兵を斬りつける。

 奇襲により混乱する城門を守護する兵を次々と打ち取る。

 

「皆の者、赤木殿に続け!ひるむなっ」

 

 配下の兵達と共に刀を振るい、城門を突破する。

 ひとたび中に侵入を許せば山城の兵達は逃げ惑い、あっけなく総崩れとなった。

 

「い、いやだ、死にたくないっ。うわぁああ!」

 

「くっ、このっ!逃げるな、お前達。ここは何が何でも死守せよ!」

 

 敵の将が混乱する兵を叱咤するが、敵兵達は士気をなくしていた。

 

「……戦う気力を無くしたか。勝敗は決したな。討ち取れ!」

 

 士気を失い、逃亡する敵兵を背後から討つ。

 やがて、戦はこちらの勝利となり終わりを迎えた。

 

「赤木殿、向こうの将を討ち取りました。城に残っていた兵の大半は降伏したようです」

 

「よくやった。敗残兵は深追いするな。我らの役目はこの山城を押さえる事。ここを押さえれば、他の城からの援軍も防ぐ事ができる。御館様達の勝利まで油断はするな」

 

「はっ、お任せを」

 

 こちら側にそれほどの犠牲もなく、山城を落とし、敵兵を捕らえていく。

 その姿を眺めながら、俺は戦の勝利に安堵の人息をついた。

 

「……高久、お前の策は見事なものだったぞ。さすがだな」

 

「この程度の策は大したものではない。歴戦の武将が相手なら看破されていたであろう。我らはまだ未熟、武将としてもっと成長せねばならない」

 

「そうだな。だが、初めての城落としの勝利を今は祝おうではないか」

 

 信じられる友と笑いあいながら、こたびの勝利を祝う。

 高久がいれば、俺は負けはしない。

 

「……我らはもっと強くなろう。御館様の役に立つためにもな」

 

 武士としての誇り、強さを持つ武将になりたいものだ。

 

 

 

 

 戦を終えたのち、俺が国の屋敷に戻ると椿姫が待っていた。

 幼馴染にして、御館様の娘である椿姫。

 彼女は俺の顔を見るや、心配そうな表情を見せる。

 

「影綱っ。無事に戻ってきたのね」

 

「……椿姫?」

 

「どうしたではないでしょう!私がどれだけ心配したと思っているのっ」

 

 椿姫は俺の胸を何度もたたいて見せる。

 

「勝手に戦に出るなんて。私は聞いてないわ。私に何も言わずに戦に出るなんて許さない。もしも、影綱に何かあれば……」

 

 俺の事を心配してくれていた様子だ。

 今にも泣き出しそうな彼女に俺は肩を抱きながら告げる。

 

「……泣かないでくれ。椿姫の涙、悲しい顔は見たくない」

 

 相手は姫とはいえ、兄妹同然のように育った関係だ。

 多少の無礼は許される間柄。

 その細い体を俺は優しく抱きしめた。

 

「あっ、影綱……」

 

「こたびの戦は突然、決まったものだ。いつもと違って伝える事ができずにすまなかった。それほど心配をかけるとは思わなかったんだ」

 

 俺をこんなにも想ってくれる気持ちは嬉しく思う。

 

「無事に帰ってきたから許してあげる」

 

 白い肌の頬がほんのりと赤らむ。

 春先とはいえ、冷えた身体は病弱の身体に差し障る。

 

「身体が冷えたであろう、もう屋敷に戻ろう。椿姫」

 

「待って。桜を見たいの。春になれば、一緒に桜を見ようと約束していたでしょう?」

 

「そうだったな」

 

 身体の弱い彼女は屋敷の庭の桜しか眺める事ができない。

 小さな頃から傍にいた俺に、この年になっても花見の相手を求めてくる。

 庭の方へと移動すると、戦に出る前はまだ蕾だった桜の花が見事に咲き乱れていた。

 

「相も変わらず、見事な桜だ」

 

「……影綱と一緒に見たかったの。貴方と一緒じゃないと嫌なのよ」

 

「それは光栄な事だな」

 

 桜の花びらがゆっくりと散る様をふたりで見つめる。

 

「ねぇ、影綱。私はこれから貴方と何度、この桜を見られるのかしら」

 

「……何度でも。椿姫が望むのなら俺は付き合うよ」

 

「本当に?これからも?」

 

「あぁ。我らは幼馴染ではないか」

 

 その言葉の続きを俺は言えないでいる。

 

「影綱……私の傍にいて、これからもい続けて」

 

 俺に寄り添う彼女にかける言葉が思い浮かばなかった。

 身分も立場も違う彼女に俺は幼き頃より好意を抱いていた。

 どんなに近い関係でも、愛していると告げられる関係ではなく。

 

「……来年も、共に桜をみよう。約束するよ、椿姫」

 

「約束よ?その約束を破ったら許さないわ」

 

 可愛らしい微笑みを浮かべる彼女を愛しく想う。

 彼女を我が物にすることは叶わない。

 いずれ、彼女にも縁談の話は来よう。

 そして、俺自身にも……。

 それまで、あと何度、俺達はこの美しい桜を共に見る事ができるのだろうか?

 願わくば、本当にずっと傍にいられればいいのに。

 桜を眺めながら、散りゆく花びらに願いを込めた。

 その願いが叶うのは半年後、俺は椿姫と婚姻することになる――。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ