第99章:時を超えて《後編》
【SIDE:柊元雪】
湯けむりと温泉の香り。
俺は肩まで湯につかりながら一息をつく。
兄貴達は未だに宴会の最中、盛り上がっているので俺一人で温泉にきた。
誰もいない大浴場の露天風呂を満喫する。
「ふぅ、良い湯じゃないか」
のんびり温泉って言うのは本当に幸せなものだ。
今日は満月、いい感じに露天風呂を照らしてくれる。
「……あれはなんだったんだろうな」
昼間に体験した、妙な感覚。
これまでの俺は特別な事件に巻き込まれてはきた。
だが、自分自身の前世、影綱の影響はほとんど受けていない。
明日、城跡を訪れて、俺にもっと変化が起きるのだろうか?
前世の記憶。
和歌が紫姫の影響を受けた時のことを思い出す。
あんな事が俺にも起きるのだとしたら、少し怖くもある。
「赤木影綱、俺の前世にして、この呪いの大いなる原因か」
椿姫を裏切り、紫姫を愛した男。
彼がどんな人間だったのか、俺は知らない。
なにかしらの事情でもあったというのか。
ただ単に可愛い女の子にデレっとして浮気しただけなら、前世のツケを現世で払わされている俺が許せんぞ。
「はぁ……やめやめ。難しい事は考えてもしょうがない」
どうせ、何かが起きるのか、何も起きないのかなんてのは明日になってみれば分かる。
その結果が俺達にどんな影響を与えてしまうのかも、想像できる事ではない。
俺は考えるのをやめて、温泉につかりながらリラックスしていた。
「……あっ、元雪発見。お待たせ~」
「ん?この声は唯羽か……って、ちょっと待て!?」
慌てて振り返った俺の視界に飛び込んできたのは唯羽だった。
タオルを巻いた無防備な状態。
思いもしない唯羽が来たので、俺はびっくりする。
「ふふふっ。ついに来たよ、元雪と一緒にお風呂~っ」
楽しそうに笑いながら、お湯に入ってこちらに近付く。
「ま、待て。これはまずいんじゃないか?」
「何が?何をそんなに慌ててるの?」
「ほ、ほら、唯羽。いくら誰もいないからって混浴はダメだろう?」
「それこそ意味が分からないよ。大浴場は混浴って書いてたよ?」
マジッすか!?
言われて気付くと、確かに看板みたいなものに混浴と書かれていた。
内湯と外湯は別、外の露天風呂の方は男女混浴となっていたらしい。
「ホントに混浴だったんだ……冗談じゃなくて?」
喜び半分、戸惑い半分と言う感じだ。
唯羽はにんまりと笑みを見せる。
「元雪は私と一緒じゃ嫌なの?それともタオルが邪魔だと」
「お願いだから、タオルに手をかけるな」
さすがに理性と戦う事になるのは困る、非常に困る。
無邪気な天使は悪戯好きです。
「私は自分の全てを元雪に見て欲しいのに。私は元雪ならいいんだよ?」
「冗談も本気にするぞ。唯羽、本当に襲いそうになりそうな俺の気持ち、分かってる?」
「……え?」
俺を誘惑する唯羽の肩にそっと手を触れる。
いつもの冗談なんだろうが、俺も男なのだ。
「唯羽……好きな女の子に誘惑されて自制できるなんて思うなよ?」
「……あ、え、あれ?」
逆に頬を紅潮させる唯羽。
俺も俺で止まれずに彼女の頬に唇を触れさせる。
のぼせてるのかもな、俺。
でも、今さら自分を止められやしない。
「……ぅっ」
照れる唯羽、次は唇に、と思った所で――、
「――そこのふたり、妙な雰囲気を作らないでください」
湯気の向こうから聞こえた低い少女の声に俺は心底ドキッとした。
……ま、まさか、この声は?
「和歌……?」
「そうですよ、元雪様。ずいぶん、のぼせてる様子ですね」
湯けむりと共に笑顔で怒る和歌、登場。
白い肌に綺麗な身体のライン、タオルを巻いていても、色っぽい身体に見惚れる。
だが、状況は恋人の身体つきに見惚れてる場合ではないのだ。
少しのぼせ気味だった頭がサッとさめた。
やばい、やばい、超やばい……。
「こらぁ、変な所で邪魔しないでよ。ヒメちゃん。いつもそうだよね?邪魔するのを狙ってるのかな?」
「……邪魔して当然ですよ、お姉様。人が準備してる間に元雪様を誘惑しないでください。油断も隙もないですね。こうなると思って、恥ずかしいのを我慢してついてきて正解です」
和歌は恥じらいながら、湯船につかる。
そのまま俺に近付いてくる。
や、やられる――!?
俺がびくっとしていると、彼女は俺に背中をくっつけた。
「……お姉様だけずるいです」
「あのな、和歌。その、えっと」
「は、恥ずかしいからこちらは見ないでください」
「はい、ごめんなさい」
なんとかセーフ、怒りではなく拗ねてるだけらしい。
とりあえず、ほっと安堵する。
和歌の機嫌だけは損ねないようにしなければ、普段、大人しいだけに怖すぎる。
「元雪様の背中は大きいですね」
「そうかな」
「はい……男の人の身体って感じがします」
背中越しに和歌の肌の感触が伝わる。
タオル一枚の美少女が2人。
両手に花の混浴なんて人生初めての経験です。
「……良いお湯ですね。景色も綺麗ですし、素敵な温泉です。温泉の質もいいと評判らしいですよ」
「お肌すべすべになるかも。元雪、あとで触って確認してみる?って、いひゃい。ヒメちゃん、何をするの!?」
「すみません、つい足が当たってしまいました」
「嘘だぁ。今のわざとだよ」
どうやら俺の背後で和歌が何かしらの攻撃をしてるらしい。
……見えない事って怖いですね。
俺は振り返る勇気がなくて、そのままお湯につかる。
「3人でお風呂なんて初めての経験だね」
「たまにはこういうのもいいですよ。節度のある行動の範囲内であれば」
「何事も節度は大事だと俺も思う」
「ですよね?あれはのぼせてただけですよね?」
和歌の鋭いトゲのある言葉に俺は素直に頷くしかなかった。
最近、和歌に対しての立場が低くなってきた俺です。
彼女はそっと俺の耳元に甘い声で囁く。
「……私相手にはああいうこと、してくれないんですか?」
「それは、またの機会と言う事で」
「ふふっ。その時を楽しみにしてますよ、元雪様」
月の光が照らす温泉のお湯につかる3人。
少しの気まずさとドキドキ感に包まれながら、俺達は混浴を楽しむのだった。