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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~
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序章:特別な縁(えにし)

【SIDE:柊元雪】


 色鮮やかな舞い散る桜、涼やかな風が吹いている。

 桜の木の下で、子供の男女が仲良く遊んでいる。

 小鳥のさえずり、子供たちの楽しそうな声が響く。

 

「しーちゃん。それは何の踊り?」

 

「ゆき君。これは巫女舞だよ」

 

「舞?踊りってこと?」

 

「うん。次のお祭りのための巫女舞の練習をしてたの」

 

 幼いながらも舞を踊る少女に少年は魅入られていた。

 

「すごーい。しーちゃんは踊るのが上手なんだね」

 

「でも、大変だよ。いつも練習していてもお母様に怒られるの。私は神様のために舞を踊る、巫女になるんだって」

 

「みこ?それって、すごいの?」

 

「うん。お父様は巫女は誰にでもなれるものじゃないって言ってた」

 

 ふたりはこの日、初めてあったばかり。

 すぐに仲良くなり、楽しく遊び、思い出を作っていた。

 

「しーちゃんは将来は巫女さんになるんだね」

 

「うんっ。頑張ってなるの」

 

 子供たちにとってはそれは何気のない日常の出来事。

 でも、それは2人の記憶に刻まれて、遠い未来に“思い出”になる。

 ふたりはそのまま、神社の本殿の方へと移動する。

 

「この神社にはね、縁結びの神様がいるんだって」

 

「縁結び?」

 

「大切な人と一緒にずっといられるようにお願いすると叶えてくれるの」

 

 2人は同じ事を願った、互いに好意を抱きあったがゆえに。

 口に出さずとも、隣の相手ともっと一緒にいたい、と。

 

「えへへっ」

 

 笑いあう子供たち、子供ゆえに純粋な願いを込めて。

 それはえにし

 人と人の不思議な繋がり。

 幼い頃に数回だけ出会った少年と少女。

 運命で結ばれるように、数年の時を経て再び出会う事になる――。

 

 

 

 

 俺は柊元雪(ひいらぎ もとゆき)。

 元雪なんて言う、ちょっと古風な名前の高校2年生だ。

 それは暑い夏がせまりくる、初夏の事だった。

 例えば、毎日が同じように見えても、良い日もあれば悪い日もある。

 良い事も悪い事も日常の中において、突然起こるものなのだ。

 

「……あのさ、きつくない?」

 

「す、すみません。私は大丈夫です。でも、貴方が……」

 

「いや、俺は大丈夫だよ。これだけ人がいると女の子にはキツイよね」

 

 満員電車の中で、俺は両手を扉の方に当て、少女を守るような形で大勢の乗客からの圧迫に耐えていた。

 

「休日だものな。土曜日の夕方だとこんなものか」

 

 正直に言えば、かなりキツイ。

 満員電車の圧迫は身動きが取れないものだ。

 でも、目の前にいるのは細い身体をした女の子。

 俺がどけば、すぐにでも押しつぶされてしまいそうな可憐な少女だ。

 先に言っておくが、彼女は俺の恋人でも何でもない。

 見ず知らずの他人、偶然乗り合わせただけの少女だ。

 ただ、偶然に俺の前にいて、放っておけずに俺が守る形になってるだけ。

 あと少しで、人が大幅に減る、つまり、多くの人が降りる大きな駅が近づいている。

 聞けば、この子も俺と同じ駅で降りるらしい。

 俺が降りる駅はその次の駅なので、なんとか頑張ることにした。

 それにしても、女の子とこんな距離に近付けるのは久々だ。

 中学の時のフォークダンス以来だね……思いだして自分が悲しくなった。

 今の高校に入ってから全然、女の子に縁がないからな。

 

「……ぅっ……」

 

 小柄な少女は恥ずかしそうにうつむいている。

 香水の匂いだろうか、ほんのりと香る花の匂いが鼻孔をくすぐる。

 女の子独特の匂いだ……ハッ、いかん。

 ついつい変な事を考えてしまう。

  このまま痴漢扱いされたらまずいので余計な事は考えないようにする。

 

「んっ……」

 

 後ろから押されて少女と身体が少し密着する。

 頑張れ、男として何とか耐えろ……あらゆる意味で。

 互いに会話もなく、だが、互いの存在を意識し続けていた。

 それは時間にしたら、10分程度の事だったのかもしれない。

 だが、俺たちにとってはものすごく長い時間に感じた。

 

「……ふぅ」

 

 やがて、大きな駅につき大勢の人が降りてくれたので、俺たちは圧迫から解放される。

 こっちの扉が開かなくてよかったな。

 扉から手を離して、少し距離をとると、少女は俺に頭を下げた。

 

「ご無理をさせてしまいました。ありがとうございます」

 

「いや、別に。大した事はしてないし」

 

 顔をあげた彼女はとても見目麗しい女の子だった。

 ホントに美少女という言葉の似合う女の子だ……。

 俺は綺麗すぎる容姿に彼女から目を離せずにいた。

 真っすぐな長い黒髪は艶やかさですら感じる。

 お淑やかな印象を抱く外見、スッと背筋を伸ばし姿勢もいい。

 多分、育ちのいい、良いところのお嬢様なんだってのは見て取れた。

 残り1駅、俺たちはわずかな時間を揺れる電車内で会話する。

 

「今日はいつもより人が多かったから大変だったね」

 

「電車が事故で止まっていたそうですよ。その影響だと思います」

 

「へぇ、そうだったんだ」

 

 それでこの混雑ぶりだったわけだ。

 ……それにしても、本当に容姿端麗、まさにその言葉が似合う。

 雰囲気的にきらきらと輝いてさえ見える。

 

「私、男の人ってあまり良いイメージがなかったんです。どちらかと言えば苦手ですし。特に電車内では男の人に何度か痴漢されかけたこともありますから。でも、貴方はとても優しかったです」

 

「あ、あはは……」

 

 男としては苦笑いしかできない。

 俺は痴漢じゃないよ?

 ホントだよ、そこだけは信じてほしいよ?

 心の中で焦るが、少女は俺を責めているわけではないようだ。

 

「貴方みたいに良い人もいるのだと思いました。親切心のある人でよかった。男性に安心感を抱いたのは初めてです」

 

「ただの偶然だよ。あのままだと危なかったから、放っておけなかっただけ」

 

「くすっ。貴方はとても本当に優しい方なんですね」

 

 にっこりと微笑まれて俺はドキッとする。

 笑顔が魅力的な可憐な美少女。

 まさに大和撫子を絵に描いたような感じ。

 今時いないよね、こんなお淑やかな女の子。

 だが、それ以上に強く感じるのは……俺たちは初めて出会った気がしないのだ。

 まるで、ずいぶん前から出会ったことがあるような、特別な違和感はなんだ……?

 

『まもなく――です、お降りの際は……』

 

 残念なことに電車の中で降りる駅の名前が告げられる。

 わずかな沈黙。

 自然に俺たちはどちらからともなく見つめ合う。

 

「……ぁっ……」

 

「……ぅっ……」

 

 なぜか両者ともに視線をそらせずにいる。

 頭を何かで殴られたような衝撃インパクト

 

 “一目惚れ”。

 

 そんな言葉があるのだと、俺は思い知る。

 今、目の前にいる大和撫子に惹かれているのを自覚する。

 やがて、互いに恥ずかしさから同じタイミングで視線をそらす。

 

「あ、あの……今のは……その」

 

 彼女は見つめ合ってた事に何か言い訳をしようとする。

 

「え、あ、うん……」

 

 そして、俺もまた都合の言い訳を思いつけずにいた。

 少女に見惚れていたのだと正直に話す事も出来ず。

 

「あはは……」

 

 ただ、2人とも恥ずかしさで顔を赤らめるしかない。

 他人からみれば、なんて初々しいんだと呆れるだろうが。

 

「本当にありがとうございました」

 

 結局、そのまま電車から降りると、彼女は一礼して去っていた。

 普段から女の子に縁のない俺だが、ちょっとした良い出来事だった。

 

「ホント、可愛い子だったよな」

 

 くっ、名前でも聞いておけばよかったなぁ。

 美少女とお近づきになれるチャンスだったかもしれないじゃないか。

 なんて、ちょっと下心を出しそうになる。

 ぜひとも、また偶然でもいいので再会したものだ。

 偶然の出会いとは言え、彼女に心惹かれている自分がいる。

 

「ちくしょう……せめて名前だけでも、聞いておくべきだった」

 

 後悔というか、惜しい。

 まぁ、どうせ一期一会、もう会う機会はないだろうけど。

 

「また会いたいな」

 

 俺は夕焼けの空を眺めながら、そんな事を呟いていた。

 運命なんて信じていなかった俺だが、この時ばかりは運命を信じたくなった。

 

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