2~少女と探し物~
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病院から四十分程車を走らせたところに世良の家はあった。
よくある二階建ての一軒家。ここに世良達家族は住んでいた。きっと幸せだっただろう。事故さえなければ、家族四人は永遠とはいわずともせめて世良や世良の姉が自立するまでは、何事もなく幸せな家族生活を送れていたことだろう。
だが、そんな幸せは一夜にして幻と化してしまった。
幼い世良は一人取り残されてしまったのだ。
「俺にはどうしようもないけど」
我ながら冷たい意見だと思うけれど、俺にはこの状況をどうすることもできない。せめて気休めの様に世良の好きだった親父さんの絵を持ってくる事位しか俺にはできない。
「まあ。何を言っても、もう何も変わらないんだから、さっさと頼まれた絵を取ってさっさと帰りましょうか」
俺は世良から渡された鍵を上着のポケットから取り出すと、玄関の鍵穴に入れた。鍵が開く音がしてドアノブを回す……が、開かない。
「ん?何で開かないんだ――――――ああ……二重鍵になってるのか。もう一個の鍵穴はっと――あった。あった。」
もう一つの鍵穴は足元のドアの隅の方に付いていた。しゃがんで鍵穴に鍵を入れる。
「アンタ、そこで何してんの。泥棒?」
振り向くとそこには世良より少し年上位の栗色の髪をした少女が立っていた。
「梅んちに泥棒しようとしたら許さないからね」
少女はふてぶてしく腕を組んでいる。俺は足元の鍵を開けようとしてしゃがんでいるので、必然的に見下ろされる形になる。
年下に見下ろされるというのは余り気分のいいものではない。なので俺の口調は子供相手には少し感じの悪い言い方になった。
「俺はここの鍵をちゃんと持ってる。泥棒が家の鍵を持ってるは可笑しいだろ。第一堂々としゃがんで鍵を開けるなんて目立つような行動はしない」
「それもそうね。じゃあ、アンタは一体何をしに来たの。梅の親戚じゃないわよね」
「俺が君の質問に答える前に、君は直さくちゃいけないことがある。大人に向かってアンタは無いだろ。アンタは」
「いいじゃない別に大人っていったってどうせ高校生ぐらいでしょ。高校生なんてまだまだ大人じゃないわよ。家のお姉ちゃんもよく言われてるもの。職について自分で稼がない内は子供だって。それに私は初対面のアンタの名前なんて知らないし」
俺は初対面の相手に対してアンタは失礼なんじゃないかとか、仮に高校生だとしても、目上の人間にその態度はないんじゃないかという言葉を飲み込んで、一言だけ言った。
「俺は二十五歳で医者をやっている」
「……」
「つまり俺は君の子供の定義には当てはまらない」
「―――――ええ!?高校生じゃないの!」
違いますよ。違いますとも。
「しかも二十五歳とか全然見えない。童顔なのね」
「!-――――」
確かに近所の人たちに「今日も学校行ってらっしゃい」って言われたり、同僚に「お前が白衣着てるとコスプレみたいだよな」とか、からかわれたりするが、俺は断じて童顔ではない!高校生でいうなら「大人っぽいわねえ」といわれるレベルで、社会人なら「凄く若いですね」って言われる位のその位の顔だ。ちょっと若く見えるだけでけっして童顔などではない。失礼にも程がある。
「とにかく!俺は世良の主治医で、世良に絵を取って来てって頼まれたから来たんだ」
焦っているのを悟られないように勢いよくドアを開けながら言った。
「君こそ一体何なんだよ」
「世良の幼馴染よ。生まれた頃から一緒に遊んであげてるの。アンタ。アンタって呼び方が嫌だったらちゃんと名前を名乗ってよ」
「分かった。その代わり君も名乗れよ。俺の名前は相模 彰。今年で二十六歳になる。」
「石添 流麻。今年で十歳よ」
十歳ってことは世良とは五歳差か。思ったよりも幼いな。
「ところで、絵って一体何の絵を持って来てって言われたの」
「家族で行った花畑の空の綺麗な絵」
「相模さんは分かるの?その絵」
「いや、分からないよ。でも、花畑に空の綺麗な絵なんてそんないっぱい――――」
「あるわよ。その絵だけで十数枚。似た絵を合わせたら何十枚もあるわ。その絵、梅が好きだって言っていたんでしょ。だったら梅パパは親バカだから子供が好きだって言った絵は何枚も描く人よ。酷い時だったら、同じ風景を世良が好きだって言っただけで、百枚以上描いていたときもあるもの」
なんて恐ろしい父親だ。いくら好きな風景だからってそれだけ描かれたら子供も引くだろう。
「ええ。梅も何度か苦笑いをしてるときがあったわ」
子供に苦笑いさせるってどういうことだよ。子供に気を遣わせるなよ。
そうか世良はそんな親バカな人間に育てられていたのか。道理で、表情を失くす前があんなフワフワした人間になるわけだ。
「とにかく、しょうがないから私も手伝ってあげる。その絵は多分梅に見せてもらったから」
俺が「へ?」という顔をすると、いいからと言って勝手に先に家の中に入ってしまった。随分と勝手な子だ。手伝って貰うのはいいけれど。
彼女にとってこの家は勝手知ったる家なようで、すぐに目的の絵がある筈の部屋に着いた。
そこに無数の絵があった。ちゃんと額縁に入れて飾ってあるものから、額縁に入れずにそのままになっている絵から、床に散らばったただの落書きまで様々な絵があった。部屋中に色が広がっていた。
こんな大量の絵の中から一つの絵を見つけなければならないのか。
「何よその顔、簡単に見つけられるとでも思ってたの。そんな分けないじゃない。さあ。探すわよ」
俺は途方もない作業に体がよろめいた。