猫が住む国
嵐で船を失った日本人を浜で拾ってくれたのは、遠い大陸の人々だった。
親切だった。毛布をくれ、パンをくれた。
ただ、自分たちが世界の中心であることを、一度も疑ったことがなかった。
「我が国では『畳』という、草を編んだ敷物の上で、裸足で暮らします」
そう言うと、大陸人は鼻を鳴らした。
「我々が石の上で靴を履いて暮らすのとは大違いだな」
そして案内されたのは、藁が敷いてあるだけの泥だらけの納屋だった。
「今夜は、ここへどうぞ」
大陸人は胸を張って言った。
「ところで、あなたたちは何を食べるのかね?」
「魚を食べます。『味噌汁』と呼ばれる、茶色いスープも飲みます」
「ああ、わかった!」
大陸人は手を打って走り、さきほど猫にあげたばかりの腐りかけの魚と泥水の椀を持ってきて、地べたに置いた。
日本人たちは疲れ果て、訂正する気力もなく、藁の上に倒れ込んだ。薄れる意識の中で、笑い声が聞こえた。
「日本というのは、猫のような人間が住む国らしい」
「かわいらしいことだ」
――
一年後、無事帰国した彼らは、あの大陸の人々を京に招いた。
二条城の前で、取次役が言った。
「どうぞ靴をお脱ぎください」
大陸の男たちは顔を見合わせ、おずおずと従った。靴下のつま先に穴が空いていた。
廊下を進むたび、ピカピカに磨かれた床が鳥のように鳴いた。
見たこともない天井の絵。
埃ひとつない畳が幾重にも続く大広間。
取次役が言った。
「こちらの畳の上にお座りください」
「タタミ……」
彼らの声は小さくなり、ついには誰も口をきかなくなった。
最奥の間で、大陸の男はまだ強がっていた。
「……貴国には、石の部屋で暮らす者はいないのか?」
取次役は、はっとした。客人がご所望である。
「おります。ご案内いたします」
取次役は即答した。
城の地下へ降りる階段は冷たかった。石の壁。石の床。鉄の格子。
取次役は、その前で足を止めた。
「我が国では、法に背いた者どもが、石の部屋で暮らしております」
格子の向こうで、髭の伸びた男たちが、藁の上に座ってこちらを見上げていた。
大陸人が藁の上に寝かせたのは、将軍家の使節団だった。
*
青年実業家の三人組がゴルフのラウンドをしようとしていた。
そこへ「牛丼屋をやっている」という老人が一人加わった。
老人は、三十年前の柿の木のドライバーを取り出した。
「爺さん、チタンも買えないのか」
青年のひとりが笑い、残りの二人も笑った。
ラウンドが終わると、キャディが言った。
「いまの方、あの牛丼チェーンの社長さんですよ」




