死んだ傭兵と狼王の子
伸びれば連載します。
俺は傭兵だ。それなりに長い経験を詰んできた。金をもらえば、魔物も殺すし人間も殺す。
護衛もするし、明らかな負け戦じゃなければ戦争にだって行く。
要するに、金になるなら大抵のことはやる。ただし、割に合わない仕事はしない。報酬分は必ず働く。
「フェンリル討伐?」
依頼書を眺めながら、俺は眉をひそめた。
「ああ」
向かいに座っているのは、この地方を治める領主だった。年齢は五十を少し越えたくらいだろうか。立派な服を着て、いかにも貴族といった男だ。
その隣には、二十歳前後の青年。領主の息子らしい。先ほどの領主にそっくりだが世間を知らない甘ったれた雰囲気が鼻につく。
そして部屋の壁際には、鎧を着た騎士たち。
俺の後ろには、今回雇われた傭兵たちが並んでいる。総勢三十人、さらに領主軍から五十人。
それだけの人数を集める必要がある魔物。それが狼の王『フェンリル』だった。
「目撃情報は三日前。森の奥で巨大な狼の姿を見たという」
「それだけか?」
「その後、森に入った猟師が青白く光っていることを確認している」
「なるほど。グレイウルフじゃなさそうだな」
たびたびグレイウルフとフェンリルを見間違えたという事件が起こるため、必ず青白く光っているかが重要となる。フェンリルは圧倒的強者だ。隠れる必要もなければ恐れることもない。
俺は依頼書を机の上に置いた。
「報酬は?」
領主が告げた金額に、俺は少しだけ目を見開いた。
「……随分と気前が良いな」
「それほど危険な相手ということだ。今回は儂の息子も出る。その護衛代も含むと思っててくれ。くれぐれも前線には出すな」
「ああ、だがエスケープの魔道具は持たせといてくれよ。オレも死にたくはない」
「もちろんだ」
フェンリル。
魔狼の中でも特に強い個体につけられる呼び名だ。
もっとも、フェンリルだからといって全てが同じ強さというわけじゃない。成獣になる前の弱い個体もいる。
逆に、俺なんかではまともに相手にもならないような化け物もいる。
今回の相手がどれほどのものかは分からない。
だが――。
「まあいい。金額分は働く」
俺は立ち上がった。
「それが傭兵だ」
討伐隊は翌朝、森へ入った。
中央に領主軍。
それを挟むように傭兵達が分かれる。先頭と最後尾には気配察知の得意な者を配置する。
領主軍後方に領主の息子。
俺は領主軍のすぐ後ろを歩いていた。
「お前、随分とやる気がないな」
突然、馬上から声をかけてきたのは領主の息子だった。
まだ若い。二十歳にも届いていないだろう。
身に着けている鎧は上等で、腰には立派な剣を吊るしている。
騎馬の姿勢も妙に堂々としていた。
「今日死ぬかもしれねぇんだ。やる気はある」
「そうは見えないが」
「そうか、勝手にしろ」
俺はそれだけ答えて、前を向いた。すると、男は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「聞いているぞ。お前、傭兵のくせにかなり腕が立つらしいな」
「まあ、人並みには」
「人並み?」
男が笑った。
「傭兵風情が随分と謙遜するものだな」
別に謙遜したつもりはない。
俺はただ事実を言っただけだ。
世の中には俺より強い人間なんていくらでもいる。
俺より速い奴もいるし、剣の技術が上の奴もいる。
魔法を使える連中まで含めれば、俺なんて大したことはない。
だが、そんなことを説明するのも面倒だった。
「そうだな」
適当に返す。
「それにしても、妙なものだ」
「何がだ?」
「今回の討伐だ」
男は胸を張った。
「父上はこの私を後方に置いておくつもりだったらしい」
「ああ、依頼内容にお前の護衛代も入っている」
「全く……余計なことを。騎士たる者、自分の身は自分で守る」
そこで男は、少し不満そうに唇を尖らせた。
「私はもう子供ではない。剣術だって幼い頃から鍛えてきた。騎士たちとの訓練も欠かしていない。フェンリルと言ってもグレイウルフと見間違えるくらいだ。大したことがないぐらい私でも分かる」
「そうか」
(……こいつは今回の討伐関係なく早死にするタイプだろうな)
「それなのに、父上は私を守ることばかり考えている」
「親なら普通なんじゃないか?」
「普通?」
男がこちらを見る。
「お前には分からないだろうな」
「そりゃそうだろう。俺はまだ独身だ」
「そういうことではない!全くこれだから傭兵は……貴族として生まれた者の責任がだ」
(コイツ見かけによらず……いや、見かけ通りよく喋るヤツだな)
俺は心の中で小さくため息を吐いた。
キャンキャン言ってやがる。
そんな程度の感想だった。
「私はいずれ、この領地を継ぐ」
「そうか」
「ならば、魔物の一匹や二匹、自分の手で討伐できなくてどうする」
「まあ、そうだな」
「つまり!……な、なんだ、その返事は」
「いや、別に」
「まるで私が間違っているような言い方だな」
「そんなことは言ってねぇよ」
「では、何か言いたいことがあるのか?」
「ないな」
「ならば、もっとまともに返事をしろ」
つくづく面倒な奴だ。
だが、相手は領主の息子。ここで悪態をついて下手に機嫌を損ねる必要もない。
俺は黙って歩き続けた。
すると、男は俺の態度をどう受け取ったのか、さらに口を開いた。
「お前たち傭兵は、金をもらって戦うのだろう?」
「まぁそうだな。金がなきゃ基本動かねぇな」
「ならば、命を懸ける覚悟くらいあるのだろうな」
「時と場合による。死ぬのが分かってて仕事を受ける馬鹿はいねぇ」
「仕事、か」
男が鼻で笑った。
「やはり傭兵は違うな。私たち騎士とは心構えからして違う」
「そうかもな」
「騎士は己の命よりも、主君や領民を守ること、そして何より『名誉』を優先する」
「さすが、騎士様は立派だな」
「……対して傭兵は金がなければ戦わない」
「まあ、そうだ」
「ならば、私の『名誉』のために邪魔だけはするなよ」
「……どういうことだ?」
思わず聞き返した。
「そんなことも分からないのか?」
「ああ、立派な騎士様。どういうことかこの馬鹿な傭兵にも教えてくれ」
「そういうところだ」
「?」
「お前は戦いというものを知らなさすぎる」
男は得意げに笑った。
「私はこれまで何度も訓練をしてきた。騎士たちとの模擬戦も経験している。剣には自信がある」
「そうか」
「今回のフェンリルも、私が討ち取る。報酬はちゃんと払ってやるから我々騎士団の、私の『名誉』の邪魔だけはするな」
「……」
どうやらこの男には今の理論が頭の中でちゃんと繋がっているらしい。いつしか街で会った旅人が言っていた『馬鹿につける薬はない』とは正にこのことだ。
俺は少しだけ前方を見る。
目的地はまだ遠い。
今のところ魔物の気配はない。
「フェンリルが出たらお前達は下がっていろ」
「なぜだ?」
「傭兵は傭兵らしく、我々騎士団の後ろで戦えばいい。討伐の様子を指を咥えて見ておけ」
「それは困るな」
「何?」
「領主は護衛の依頼も出してきてるんだ。俺は報酬分働く。危険が無ければ邪魔はしねぇよ」
「……」
男が眉をひそめた。
「貴様の子守など必要ない!まぁいぃ……くれぐれも邪魔だけはするなよ」
「ああ、誓うよ」
俺はまた前を向いた。
男はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「まあいい。今回の討伐で思い知るだろう」
「何をだ?」
「私の剣がどれほどの腕前なのかをだ」
「楽しみにしてる」
「……その言い方も気に入らんな」
「そうか?」
「ああ。まるで他人事だ」
「実際、他人だしな」
「貴様……!」
声が大きくなった。
前を歩いていた兵士が何人か振り返る。
俺はそちらを見てから、隣の男を見る。
「声が大きい」
「誰のせいだと思っている!」
「もしかして俺か?」
「そうだ!」
「そうか」
それ以上、言うことはなかった。
男は何か言いたそうに口を開き、それから閉じた。
しばらく歩いた後、また口を開く。
「……お前」
「よく口の回るやつだな。今度は何だ?」
「私を敬う気がないだろ?何から何まで気に入らん」
「敬ってる。他は生まれてこのかたずっとこの調子だ。今更変えられねぇよ」
「にしてもだ」
「領主の息子だから、黙って聞いてるだろ」
「それは敬意ではない!」
「そうなのか?」
俺には貴族の作法なんて分からない。生きるか死ぬか。金を払えるか払えないか。
ただ、相手が金払いの良い領主の息子だから大人しくしている。
……それだけだ。
傭兵なんて、馬鹿にされることには慣れている。
酒場で酔っ払いに絡まれることもある。
依頼主に値切られることもある。
貴族や騎士に見下されることなんて、日常茶飯事。別に珍しくもない。
そんなことにいちいち腹を立てていたら、傭兵なんてやっていられない。
それよりも俺は男の足元を見た。
靴は新品同然で鎧にも傷一つない。
剣の柄にも使い込んだ跡がない。
立ち振舞いも戦場を知らない人間のものだ。
俺は何も言わなかった。
別に、忠告してやる義理もないし依頼内容にも入っていない。本人が自信満々なら、逆にそれでいい時もある。ただ……フェンリルが本当に目の前に現れたとき、同じ顔をしていられるか。
それだけは少し気になった。
「おい、何を笑っている?」
「笑ってない」
「今、口元が動いたぞ」
「気のせいだ」
「……ふん」
男は不満そうに前を向いた。
「まあいい。フェンリルを倒したら、私のことを見直すことになるだろう」
「そうだな」
「その時になって態度を変えるなよ」
「分かった」
「……本当に分かっているのか?」
「ああ」
俺は頷いた。
そして心の中で呟く。
――まあ、頑張れ。
その程度だった。
俺はただ、死なないようにする。
傭兵にとって、それが一番大事なことだからだ。
別に構わない。
俺は英雄になりたいわけじゃない。
名誉もいらない。
金を稼いで、生きて、うまい酒を飲めればそれでいい。
一行は森の中を歩いている。
この集団に魔物が襲ってくるわけもなく、緊張感が失われつつあった。
だからこそ、嫌な予感がした。俺の第六感が嫌な空気をビシビシと拾っている。
……おかしい。
森があまりに静かすぎる。
鳥の声がない。
獣の気配もない。
風が木々を揺らしているだけ。
「……全員止まれ!」
俺が声を上げた。
前を歩いていた兵士たちが振り返る。
「おい、何があった?」
「……静かすぎる」
最後尾の仲間が来る。
「何があった?何の気配もしないぞ」
「分からないのか?森に入って結構経つが鳥すらいやしない。すでに俺たちは奴に見つかって……」
その瞬間だった。
森の奥から、
――ドンッ!
という音が響いた。
大地が震える。
木々の隙間から、一瞬だけ青白い光が見えた。
「全員、伏せろ!」
叫んだ。
だが、遅かった。
空が光った。
雷……いや、雷なんて生易しいものじゃない。
空から巨大な槍が何本も降ってきたようだった。
轟音。
閃光。
悲鳴。
「うわあああああ!」
「ぎゃああああ!」
「た、助け――」
視界が白く染まる。
俺は青白い光が見えた時、咄嗟に大剣を地面へ突き刺した。
そして、その陰へ身体を伏せる。
次の瞬間。
剣を伝って俺の目の前を雷が走った。
地面が爆ぜる。
熱風が身体を叩く。
耳が聞こえなくなる。
何秒経ったのか分からない。
やがて、静かになった。
「……」
俺は顔を上げた。
周囲には、倒れた人間。
焼け焦げた鎧。
折れた槍。
煙。
そして――。
領主の息子も。
騎士も。
仲間の傭兵も。
俺以外に息をしている者は……いなかった。
「……マジかよ」
喉が乾いた。
その時。
森の奥から、ゆっくりと何かが歩いてきた。
巨大な狼。
全身を覆う銀色の毛と青白い光。
青白い瞳。
そして、口元から漏れる冷たい吐息。
グレイウルフじゃない、ましてや幼体なんかじゃない。完全なる成体。
「……フェンリル」
俺が呟く。
狼は俺を見る。
そして。
「人間」
喋った。
「……」
「お前だけか」
「……どうやらそのようだな」
俺は大剣を握った。
フェンリルも牙を剥く。
「では、死ね」
「断る」
次の瞬間。
地面が爆発した。
速い。
最初の一撃で分かった。
こいつは、今まで戦ってきた魔物とは格が違う。
爪を大剣で受ける。
腕が痺れた。
横薙ぎ。
避けながら牙で頭を狙ってくる。
身体を捻ってなんとか避ける事に成功した風圧だけで頬が裂けた。
「こんの……化け物が……!!」
俺は大剣を振り抜いた。
毛皮を裂く。
血が飛ぶ。
だが浅い。
フェンリルは怒りの咆哮を上げた。
俺の身体が吹き飛ぶ。
「ぐっ……!」
木に叩きつけられる。
肺から空気が抜けた。
立たなきゃやられる!
足が震える。
それでも剣を握る。
こいつは強い。
間違いなく強い。
だが――。
「俺だって、伊達に傭兵やってねぇんだよ!」
踏み込む。
フェンリルが飛び込んでくる。
牙と大剣がぶつかった。
火花が散る。
互いに譲らない。
斬る。
噛む。
避ける。
殴る。
血が流れる。
何度も死にかけた。
それでも俺は剣を振った。
そして。
「――そこだ!」
大剣を振り抜いた。
フェンリルの胸元へ刃が食い込む。
深い。
手応えがあった。
フェンリルが目を見開く。
次の瞬間。
巨大な前脚が大剣ごと俺の身体を捉えた。
「ぐあっ!」
吹き飛ぶ。
地面を何度も転がる。
木にぶつかり、ようやく止まった。
「……痛ぇ」
立ち上がろうとするが無理だった。
剣を杖代わりにようやく立てたが膝が笑っている。
向こうを見ると、フェンリルもかろうじて立っていたが、胸から大量の血が流れていた。
互いに満身創痍。
あと一度。
次の一撃で、どちらかが死ぬ。
そういう状態だった。
俺はヒビの入った大剣を見る。フェンリルを見る。
「……やめだ、やめだ」
俺は剣を地面に放り投げた。
大の字に転がり大きな声で叫ぶ。
「こんなの割に合わねぇ」
「……」
フェンリルが目を細める。
「なんだ人間。もう終わりか」
「うるせぇ。お前も満身創痍じゃねぇか」
俺は息を整えながら言った。
「俺も立つのがやっとだ。お前もそうなんだろ?」
「……」
「だったら終わりだ。俺は人間だが傭兵だ。報酬分しか働かねぇ」
フェンリルが鼻を鳴らした。
「殺しても殺してもやってくる。それが人間だろう」
「そんなもん知らねぇよ。少なくとも俺は違う」
「違う?」
「領主の息子も最初の雷で死んじまった。依頼者が死んだ以上、今更一人で帰ったって責任を取らされて運が良ければ豚箱行き。下手すりゃ俺が殺されちまう」
フェンリルが黙る。
「だから帰らねぇ」
「……ほう」
「お前も俺を殺せるほど元気じゃねぇ。俺もお前を殺すほど元気じゃねぇ。なら、ここで終わりだ」
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
「ハッハッハッハッ!面白い奴だ!」
フェンリルが笑った。
「人間とは、難儀なものだな」
「魔物のくせに難しい言葉を知ってるじゃねぇか」
「ふっ」
フェンリルは牙を見せた。
「昔、お前のような変わった人間に教わった」
「へぇ」
俺は地面に座り込んだ。
「そいつも傭兵か?」
「……よく似た男だった」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
フェンリルも語らなかった。
ただ、妙な沈黙が流れた。
さっきまで殺し合っていたというのに。
不思議なものだった。
しばらくして。
フェンリルが口を開いた。
「人間」
「なんだ?」
「頼みがある」
「依頼か?」
「そうだ」
俺は笑った。
「お前、魔物のくせに本当に話が分かるな」
「私は狼王だ」
「狼王?」
「フェンリルの中でも、群れを率いる者はそう呼ばれる。まぁ今は離れているがな」
「へぇ」
「もっとも、狼王だからといって、この世で最も強いわけではない」
「……正直だな」
「強者など、どの種にもいる。私より強いフェンリルもいるだろう」
「なるほどな」
フェンリルは少し咳き込んだ。
血が口元から流れる。
「私は、もう長くない」
「……」
「さっきのお前の一撃で、魔石にヒビが入った」
胸元を見る。
傷の奥。
青白い光が僅かに漏れていた。
「なーに。たまたまそれがお前だっただけだ」
フェンリルは淡々と言った。
「弱肉強食。自然の摂理。恨むことはしない」
「こっちも仕事だ」
俺は目を逸らした。
「謝りはしない」
「構わん」
フェンリルは静かに笑った。
「ただ、最後に依頼させてくれ」
「……内容は?」
「私の子供を、一人前になるまで見守ってやってほしい」
「……子供?」
その言葉に反応したように。
フェンリルの背後から、小さな影が顔を出した。
小さな狼。
まだ俺の腰ほどしかない。
だが、全身を覆う青白い光は間違いなくフェンリルだった。
「オレは金になると思ったら売っちまうかもしれねぇぜ?」
「報酬分は、しっかり働くのだろう?」
「まあな」
「なら問題ない」
フェンリルが目を細める。
「私の加護をやる」
「加護?」
「死んだら、私の死体も持っていけ」
「……死体を?」
「これでも狼王だ。素材として売れば、金では買えん価値があるぞ」
「お前も充分変わってるぜ」
俺は苦笑した。
「フェンリルのくせに、人間に自分の子供を預けるなんてな」
「お前はやってくれる」
「どうしてそう思う?」
「野生の勘だ」
「便利な言葉だな、おい」
フェンリルが笑った。
そしてその身体が淡い光に包まれた。
「……なんだ?」
光が俺の身体へ流れ込んでくる。
熱い。
だが、不快ではない。
むしろ何か大きなものに包まれたような、不思議な感覚だった。
「これが加護か」
「そうだ」
「効果は?」
「……そうだな」
フェンリルが目を細める。
「自分で見つけてみろ」
「なんだよ、勿体つけやがって」
俺は肩をすくめた。
「まあいい。お前の素材だけでも、お釣りがくる」
「そうか」
「ぼちぼち見つけてやらぁ」
「では、頼んだぞ……人間」
「ああ」
俺は頷いた。
フェンリルは満足そうに目を閉じる。
「……」
静かだった。
風が木々を揺らしている。
俺はしばらく何も言わなかった。
やがてフェンリルの身体から力が抜けた。
「……そうか」
俺は立ち上がった。
フェンリルの身体に近づく。
「最後まで、変な奴だったな」
収納袋を取り出す。
フェンリルの巨体を収納する。
そして、小さなフェンリルを見る。
「……」
子フェンリルは、じっと俺を見ていた。
「おい」
「……」
「聞いてただろ?」
小さな耳が動く。
「お前の母ちゃんの依頼だ」
「……グル」
「ったく。まだ喋れねぇのか」
俺はヒビ割れた大剣を放り投げ、その辺の死体からバスターソードを持つ。
「少し細身だが無いよりはマシか。全く……面倒な仕事を受けちまったぜ」
歩き出す。
少し遅れて。
小さな足音がついてくる。
「……おい」
「グル」
「ちゃんと俺の言うこと聞けよ?」
「グル」
「何言ってるか分かんねぇが……まあいい」
俺は歩き続けた。
もう、街へ戻るつもりはない。
依頼者は死んだ。
討伐隊も全滅した。
俺まで死んだことにすればいい。
傭兵ギルドには、適当な報告が届くだろう。
――フェンリル討伐隊、全滅。
俺も、その中の一人。
それでいい。
傭兵タグを丸焦げの死体の近くに捨てておく。
「さて……」
俺は隣を歩く小さな狼を見る。
「どこから始めるかねぇ」
子フェンリルが俺を見上げた。
その瞳には、母親と同じ青白い光が宿っている。
「まずは飯か」
「グル」
「お前、肉食だよな?」
「グル!」
「分かった分かった」
俺は笑った。
「恨みっこ無しだ。今日から俺たちは、二人で旅をする」
――最強ではない。
ただ、人間の中では少しばかり腕の立つ傭兵。
そしてまだ幼い狼王の子。
奇妙な一人と一匹の旅は、こうして始まった。
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