黒猫ツバキ、長期休暇のプロフェッショナルから【長期休暇を続ける秘訣】を教えてもらう
登場キャラ紹介
・コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪の美人さん。
・ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
※設定の豆知識
・コンデッサたちが暮らしている世界は、現代より数億年ほど経ったあとの地球です。
・今回のテーマは「長期休暇」です。長期休暇は、全ての人の永遠の憧れ……(個人的な意見)。
魔女コンデッサの家は、ボロノナーレ王国の端っこの村にある。
うららかな天気の日。
自宅の一室で魔法の研究をしていたコンデッサのもとへ、彼女の使い魔である黒猫のツバキがやって来た。
「どうしたんだ? ツバキ。庭で遊んでいたみたいだけど、何かあったのか?」
「ご主人様。アタシ、長いお休みをもらいたいニャン」
「は?」
「使い魔として、ご主人様に長期休暇を要望するのニャ!」
「……なんで?」
「仕事に疲れた心身をリフレッシュするためニャ。休みをチャンと取得したほうが、働く際の効率も上がるのニャ」
「たいそうな物言いだが、ツバキ。お前は疲れるほど、ロクに仕事なんかしてないだろ」
「そんな事ないニャ」
「そもそも『長期休暇が欲しい』とか……どこから、そのような考えを拾ってきたんだ?」
コンデッサの問いに、ツバキが答える。
「庭で遊んでいたとき、アリさんの行列を見かけたのニャ」
「アリ……働き蟻の行列か」
「自分の体より大きな荷物をエッコラエッコラ運んでいるアリさん達に、アタシは尋ねてみたのニャ。『アリさんはどうして、そんニャに一生懸命に働けるニョ? 疲れちゃわないニョ?』って」
「ほぉ」
「アリさん達は口々に答えてくれたのニャ。『わが巣の女王陛下は、わたし達をひたすら働かせるだけでは無いのです。慈悲深い方で、定期的に長い休みの日を与えてくださる。長期休暇によって、わたし達は元気になります。そして、また楽しく働けるのです』と。ニャン」
「ずいぶんと理知的な蟻たちだな。あと、使い魔であるツバキはともかく、何故、蟻が普通に話をしているんだ? ここは童話の世界なのか?」
童話の世界では無い。
しかしコンデッサ達が生きている世界は、現代から数億年が経過した地球なのである。数億年の間に世界は大きく変わった。昆虫の蟻が喋れるくらい進化していても、別に不思議ではないだろう。
「アリさん達の話を聞いて、アタシは羨ましくなったニャン。アタシも長期休暇をもらって、それからバリバリ働くのニャ!」
「バリバリ働く……普段から気ままにノンビリと、いや、むしろダラダラぐ~たら過ごしているくせに。仮に私が長期休暇をくれてやったとして、その間にツバキは何をするんだ?」
「ニャ?」
「もしや、ノープランなのか?」
「け、計画はあるニャン! ニャン! ニャ……ニャ……ニャ~」
長期休暇中に自分は何をしたら良いのか、ツバキは必死に考え込んだ。
考えて、考えて……ずっと考えている。
あまりにもツバキが困った風なので、コンデッサは助け船を出すことにした。
「どこかに遠出するとか、どうだ?」
「ご主人様もついてきてくれるニョ?」
「私は仕事があるから、それは無理」
「だったら、行かないニャ。アタシだけ遠出しても、ツマラナイにゃん」
「使い魔仲間の黒猫たちと遊ぶのは?」
「お休みの日をいつにするか、互いの予定を調整しあわなくちゃならないニャン。面倒くさいニャ」
「休暇中に勉強して、使い魔としてのスキルアップに励むというのは?」
「ニャンで、せっかくのお休みの日に、わざわざ勉強をしなくちゃならないのニャ! 絶対にイヤにゃん!」
「あのなぁ、ツバキ。『あれもイヤ、これもイヤ』って。……う~ん。結局、ツバキが1番やりたいことをやるのが、最適な休暇の過ごし方なんだろうな」
「そうニャ」
「ツバキが最もやりたいことは何だ?」
コンデッサの質問に、ツバキは迷わず返答する。
「アタシが1番やりたいニョは、お家でゴロゴロすることニャ!」
「お前は毎日、家でゴロゴロしているじゃないか。仕事中であろうと無かろうと、関係なく。長期休暇をとってまで、やる意味があるのか?」
「そのとおりニャン。……にゃ~。『長期休暇中にするべき事を見つける』のって、難しいニャ」
悩むツバキに、コンデッサは提案をした。
「良し、ツバキ。こうなったら【長期休暇のプロフェッショナル】を呼び出して、いろいろと質問してみる事にしよう」
「ニャ? 長期休暇のぷろふぇっしょにゃる? そんにゃ人、いるにょ?」
「知らん。でも《召喚魔法》で呼び出したら、きっと相応しい人物がでてくるよ」
「分かったニャ。ご主人様の魔法に期待するニャ!」
「では《召喚魔法》~! 長期休暇のプロフェッショナル、お出でませ~」
コンデッサが《召喚魔法》を唱えると、彼女とツバキの前にモクモクと白い煙が立った。
煙の中でボボン! と音した。何かが出現したらしい。
しばらくして、煙が薄れる。そこに居たのは、でっぷりと太った中年男性だった。立派な冠をかぶり、豪奢な衣服を身にまとっている。高い身分の者らしく、その態度は偉そ~だ。
が、臆することも無く、ツバキはトコトコと男性へ近づいた。
「にゃん。アニャタが『長期休暇のぷろふぇっしょにゃる』さん?」
『むむ。【長期休暇の専門家】とな? そう言われれば、朕はそうかも知れん』
重々しく頷く男性へ、コンデッサも訊いてみる。
「失礼ながら、お尋ねします。貴方は、どなたなのですか?」
『朕は偉大なる明帝国の14代皇帝、朱翊鈞。《万暦帝》との尊称を持つ者だ』
「ニャン? 万暦帝……さん?」
「なんと。皇帝陛下なのですか」
『そうだ。驚け、そして畏まれ』
万暦帝の発言を聞いても、コンデッサもツバキも特に驚かなかった。畏まりもしなかった。そのド~ンとした体重に反比例するがごとく、彼には威厳をチョビッとしか感じなかったので。
それから。
ツバキはさっそく、万暦帝が長期休暇のプロフェッショナルなのかどうかを確認することにした。
『朕が長期休暇の達人であるのは間違いないぞ。それは万人が認めるところである』
「すごい自信にゃ」
『聞くが良い、黒猫よ。朕は父帝が若くして世を去ったため、10歳にして帝位に就いたのだ』
「10歳とは……それは大変でしたね」
コンデッサが同情すると、万暦帝は首を横に振った。頬や首の贅肉がプルンプルンと揺れる。
『心配は要らぬ。朕が若いときは、即位直後から張先生が補佐してくれたからな』
「張……〝先生〟ですか?」
『うむ。張居正のことだ。張居正は英才であり、豪傑であった。宰相として政治改革や財政再建に辣腕を振るい、明帝国を繁栄へと導いた。一方で張居正は朕の家庭教師でもあった。朕に聖賢の道や帝王学を教えて「名君たれ!」と厳しい指導を行ったのである。朕は彼を「張先生」と呼んで、敬った』
「万暦帝さんは、先生に厳しく指導されたんニャ」
『そうなのだ。張先生は、とても厳しかった……とてもとても厳しかった。張先生は鋼の精神を有しておられた。その精神をもって政治にあたり、朕への教育にもあたった。朕が少しでも勉学を怠ったり、質問への答えに間違ったりすると、先生は朕を鋭い瞳でにらみ、激しく叱りつけ、勉強の量を倍加させた。朕は、朕は……』
万暦帝の声は掠れ、その眼は虚ろになる。
〝え? この皇帝様は大丈夫なの?〟とコンデッサとツバキは顔を見合わせた。
『そんな張先生も、朕が20歳のときに亡くなられた。朕は親政する(みずから政治を行う)ことになった。先生の志を受けつぎ、明帝国のために精いっぱい政務に励んだ』
「万暦帝さん、立派にゃん」
『励んだのだが……』
「にゃが?」
『親政開始から10年も経たず、朕は精神的に息が切れてしまった。やる気が燃え尽きた。そこで心の健康を回復させるために、長期休暇をすることにした』
「そのタイミングで『長期休暇』が出てくるわけニャ。でも万暦帝さんが休もうとするのは、当然にゃ。万暦帝さんの判断を、アタシは断固として支持するニャ!」
『礼を言うぞ、黒猫よ』
「それで、万暦帝さんはどれくらい休んだニョ? 10日? それとも長く休んで……20日?」
『その程度の休暇で、朕の疲弊しきった心が回復するはずも無い』
「ニャン? じゃ、1ヶ月? まさか、それ以上にゃんて事は……」
『朕は後宮に籠もり、臣下に会わぬようにした。朝議に全く出なかった。まずは1年間、休んだ』
「にゃ! い、1年?」
『そのまま2年……』
「にゃ……」
『更に3年……』
「その間、お国の政治を放っておいたニョ?」
『もちろんだ。朕は休暇をしているのだからな』
「ば、万暦帝さん。それはマズいんじゃニャいかと、さすがのアタシも思うニャン……」
ビックリし、引き気味になるツバキ。
そんな使い魔に対し、主人であるコンデッサは説明をはじめた。
「いやいや、ツバキ。万暦帝……皇帝陛下には、優れたお考えがあったのだよ」
「にゅ? 優れた考え?」
「ああ。きっと陛下が休んでいる3年間に賢臣(良い家来)は『このままではダメだ!』と諫言を行い、奸臣(悪い家来)は『しめしめ。汚職をするチャンスだ』と不正に手を染めたに違いない」
「にゃるほど」
「陛下は頃合いを見定め、颯爽と表の場に姿を現す。そして『誰が良い家来で、誰が悪い家来か、全てを朕は見ていたぞ!』と宣言するわけだ。その場で陛下は奸臣を断罪し、賢臣を褒めて登用する。見事なる意図! 鮮やかなる采配!」
「ニャン!」
「名君のもと、そうして国は栄えていくのさ……」
「素晴らしいニャ!」
訳知りな表情で、滔々と推測を述べるコンデッサ。
パッと顔を明るくするツバキ。
けれど、当の万暦帝はコンデッサの話をあっさり否定した。
『それは春秋時代、楚国の荘王がやった事だな。朕は、荘王のように中途半端なマネはしない。朕の休暇は3年を超えて、なおも続いた』
「ニャ!?」
「では陛下はいったい何年間、長期休暇を続けられたのですか?」
戸惑いつつ、コンデッサが万暦帝に尋ねる。
『10年……』
「ニャン!」
「え!」
『20年……』
「ニャ……」
「な……」
『30年……で、朕の長期休暇は無念にも終わった』
「ニャン。30年……それでも、無念だったんニャ」
「と、とにかく、休暇を終えられたのですね」
『うむ。朕は後宮に籠もってから30年後、58歳で崩御したのでな』
「にゃ~」
「結局のところ、亡くなられるまで休暇を続けられたのですか……」
コンデッサは溜息をついた。万暦帝の休暇への異常な執着、その徹底した態度への感嘆の溜息なのか、あまりの怠惰ぶりに心の底から呆れかえった故の溜息なのか、コンデッサ自身にも分からなかった。
「そんにゃに休んで、万暦帝さんの家来さん達は文句を言ってこなかったニョ?」
『抗議や非難の声が殺到したぞ』
「やっぱりニャン」
『賢臣たちは諫言を繰り返し、失望して1人1人、最後には全員が政府を去って行った』
「にゃ」
『残ったのは奸臣ばかりであった』
「悪い家来さん達は、好き勝手に悪事をしたんニャ。『わが世の春だ!』と、得意絶頂だったに違いないニャン」
『そうでも無い。朕は休暇中であるため、政府の閣僚に欠員が出ても補充しなかった。国家を動かすために、イヤイヤながらではあったが奸臣も働かねばならず、だが課される仕事は増え続け、ついには彼らも悲鳴を上げた。奸臣どもは朕に「私たちが悪うございました。反省します。お願いですから、休暇をやめて朝堂に出てきてください。山積みになっている政務の決裁をしてください」と泣きついてきた。しかし、朕は張先生ゆずりの鋼の意志を持って、これを拒否した。奸臣も疲れ果て、職を辞した』
「にゃ……」
『そして、誰も居なくなった』
「…………」
言葉を失うツバキへ、万暦帝は教え諭す。
『よいか、黒猫よ。長期休暇を続ける秘訣とは《なにがあっても働かない》という決然たる意志を貫くことだ。「少しは働いたほうが良いかな?」などと夢にも思ってはならぬ。心の回復を最優先にするのだ。それが【長期休暇の専門家】である朕から其方へ贈ることができる、ただひとつの助言である』
「心にょ回復……それは、もはや働かないことへの単なる言い訳にょような……。万暦帝さんは一般人じゃ無くて、皇帝様にゃんだし……責任があるし……ちょっとは働かニャいと……」
ツバキは小声で述べるが、その反論は万暦帝の耳に届かなかったようだ。彼の姿はドロンと消えた。言いたいことを言ったため、満足したらしい。
後には、コンデッサとツバキが呆然としつつ取り残された。
「万暦帝さん、姿を消しちゃったニャン」
「時間が経って《召喚魔法》の効果が無くなったのだろう。……なにはともあれ、すごい皇帝陛下だった」
「圧倒されたニャン。『長期休暇中にするべきこと』とか、訊くヒマも無かったニャ。30年は長すぎて、そんにゃのを質問すること自体が無意味としか思えなかったニャン」
「まぁな」
「〝長期休暇のぷろふぇっしょにゃる〟……世界は広く、歴史は長いのニャン。ご主人様、アタシは知ったのニャ。上には上がいるものニャんにゃね」
「いや。万暦帝は、どう考えても『下には下がいる』というケースだろ」
ツバキのつぶやきに、コンデッサはツッコんだ。
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《長期休暇の真理を知り、その専門家となるための道程》――それは、まさに深淵(〝深遠〟の誤字に非ず)そのものであった。
◯深遠――プラスの意味で奥深いこと
◯深淵――マイナスの意味で奥深いこと
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。
長期休暇の道を究めようとすると、人は必然的にニートになってしまう。
……猫はおそらく、ならないが。もとから、ニートっぽいので。
ちなみに、万暦帝の廟号は【神宗】である。
『ニートの神だ!』などと、決して思ってはならない。
♢
後日。
旧世界の明帝国について調べたコンデッサは、知り得た情報をツバキへ教えた。
「ツバキ。明国に万暦帝という皇帝は実在していたぞ」
「アタシ達が会った、あの人なのニャン?」
「そのようだ。旧世界の時代区分における16世紀後半から17世紀前半に、中華の地を治めた皇帝陛下だな」
「治めたニョ?」
「……厳密には、治め――統治はしていないか」
軽く肩をすくめ、コンデッサは妙に達観した表情になる。彼女なりに、思うところがあるらしい。
「万暦帝は皇帝の仕事を30年間にわたって休み続け、そのため国家はボロボロになり、各地に反乱が頻発するようになった。そして万暦帝の崩御から24年後に、明国は滅びた」
「ニャン……」
「後世の史家は口を揃えて言ったそうだ。『明朝は万暦に滅ぶ(明朝が実質的に滅んだのは、万暦帝の時代だ)』――と」
「つまり、長期休暇の果てに待っているニョは、滅亡なニョ?」
怯えてプルプル震えるツバキを、コンデッサは撫でながら慰めた。
「大丈夫だ、ツバキ。万暦帝がやったのは【長期休暇】では無くて【職務放棄】だからな!」
「職務放棄! そ、そうにゃんね! 納得にゃん。事情が分かって、ホッとしたニャ。アタシは職務放棄はしないのニャ。頑張って働くのニャ!」
「ああ。頼りにしているぞ、ツバキ」
「任せるにゃ。ご主人様!」
それからツバキは頑張って仕事をした。要するに、家の中でゴロゴロした。
使い魔であるツバキが側でゴロゴロしていると、主人であるコンデッサは安心する。だから、それで良いのである。
~おしまい~
◯ちょっと解説
万暦帝も張居正も、中国史における実在の人物です。ただしコメディー作品(本作)への出演にあたり、その描写はかなり誇張されています。……というか、史実の人物はあくまでモデルですね。ご注意ください m(_ _)m
◯万暦帝……「中国史を代表する最悪のニート皇帝」などと呼ばれたりもしますが、彼が後宮に籠もりっきりになった要因として、自身の健康問題や官僚同士の激しい党争と距離を置きたい思惑もあったらしく、単に怠けていただけでは無いようです。重要な局面(特に戦争)でそれなりの指令を出したこともあり、本来は頭脳明晰なタイプだった気配もあります。
まぁ、けた外れに金銭を浪費する・個人的な贅沢にふける・増税して庶民を苦しめる・家庭内は不和な状態・政府機構の空洞化を放置する(というより、敢えて助長する)・国庫を枯渇させる、などなど……やった事に弁明の余地は無く、暗君であるのは間違いないのですが(汗)。
◯張居正……16世紀、明国の大政治家・名宰相です。卓越した手腕で政治を主導し、傾きかけていた帝国を立て直しました。政敵を謀略で蹴落とすなど、冷酷な面もあります。彼の生涯における最大の痛恨事は、万暦帝への教育の失敗ですね。あまりにも厳しくしすぎたみたいで、その反動により、成人後の万暦帝は……(>_<)
♢
ツバキ「万暦帝さんと張居正さんは天国で会って、仲直りしていると良いニャンね」
コンデッサ「2人は天国に居ると、迷いもなく思えてしまうツバキの純粋さが眩しい!」
ご覧いただき、ありがとうございました。
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♢追記
コンデッサは以前に《召喚魔法》で【恋の専門家】を呼び出したこともあります。
本編『黒猫ツバキと魔女コンデッサ』の「恋のスペシャリスト」の回です。
( https://ncode.syosetu.com/n0994fw/31/ )
その時、出てきたのはラグビーボールでした(爆)。




