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全自動勇者

作者: キュラス
掲載日:2026/04/15

王宮魔法省の地下深くにある大召喚の間。

百人を超える高位魔導士たちが、三日三晩不眠不休で魔力を練り上げ、床に描かれた巨大な魔法陣に向かって長々しい古代語の呪文を詠唱していた。

彼らの目的は一つ。世界を脅かす魔王を討伐するための「勇者」を、異世界から召喚することである。


「おお、神よ! 我らの祈りを聞き届け、今こそ救世の光を……ッ!」


神官長が血を吐くような声で叫び、魔法陣がまばゆい光を放ち始めたその時。

部屋の隅に設置された魔導端末の前に座っていた魔導エンジニアのゼノは、冷めた目でその光景を眺めながら、手元のキーボードを叩いた。


「ヒューマンエラーの温床ですね。詠唱時間が長すぎますし、魔力効率も最悪です。なにより、三日も徹夜するなど労働基準法に抵触します」

「なっ、貴様! 神聖なる儀式の最中に何を……!」

「儀式という名のレガシーシステム(旧時代の遺物)ですよ。すでに私が魔法陣の構造(ソースコード)を解析し、無駄なプロセスをすべて削除して最適化しておきました」


ゼノがエンターキーをターンッと叩いた瞬間。

百人の魔導士たちの詠唱が強制的にキャンセルされ、巨大な魔法陣の光がシステム音と共に一瞬で収束した。

そして魔法陣の中心に現れたのは、聖剣を持った生身の人間ではなく、青白い光で構成された半透明の人型ホログラムだった。


「なんじゃあれは! 勇者殿ではないのか!」


玉座から身を乗り出した国王が、目を丸くして叫んだ。


「ご説明します、陛下。あれは私が組み上げた勇者召喚バッチ処理によって生成された、自律型魔法人工知能『オートメーション・ワン』です。通称、自動勇者と呼んでください」

「じ、じどう……?」

「はい。生身の人間を召喚すると、感情のケア、食事の用意、睡眠時間の確保、さらには仲間との衝突や恋愛トラブルなど、魔王討伐という本来の目的以外の『無駄な工数』が大量に発生します。しかしこの自動勇者には感情も疲労もありません。魔王討伐というタスクを、最短工数・最小リソースで実行することだけを目的に稼働します」


ゼノは淡々と説明しながら、魔導端末の画面に設定ウィンドウを展開した。


「まずはレベル上げ(レベリング)の工程ですが、手作業で魔物を一匹ずつ狩るなど非効率の極みです。スライムが無限に湧き続ける平原の座標を取得しましたので、ここに自動勇者をデプロイ(配置)し、一晩放置します」


ゼノがマウスをクリックすると、魔法陣の上のホログラムが一瞬にして転送され、姿を消した。

大画面のモニターには、王都から遠く離れたスライム平原に降り立った自動勇者の映像が映し出される。


「見よ、スライムの群れだ! 自動勇者とやら、どう戦う気だ!」


騎士団長が固唾を飲んで見守る中、画面の中の自動勇者は、生身の人間ではありえない挙動を見せ始めた。

一切の無駄がない、まるで機械のような完璧な直線移動。スライムが攻撃のモーションに入るコンマ一秒前に、必要な最小限の魔力だけを消費して風の刃を放つ。さらに、倒したスライムが落とすドロップアイテムのうち、換金率の低いゴミアイテムは完全に無視し、レアアイテムだけを正確に拾い上げていく。


「な、なんだあの動きは……! 予備動作が全くない! それに、なぜあんなに都合よくレアアイテムばかりが落ちるのだ!」

「乱数調整です」

「らんすう……?」

「魔物がアイテムを落とす確率の計算式に干渉し、常に一番良い結果が出るフレーム(タイミング)でトドメを刺すようにスクリプトを組んであります。泥臭い努力や運任せのドロップ狙いなど、作業の無駄ですからね」


映像の中の自動勇者は、瞬きする間もなく周囲のスライムを殲滅し、すぐさま次の出現ポイントへとミリ単位の狂いもなく移動して狩りを続けていた。その動きはまさに、最適化されたプログラムそのものであった。

国王も神官長も、ただ口をポカンと開けてその異常な光景を眺めることしかできない。そこには、勇者が傷つきながらも立ち上がり、仲間との絆で強大な敵を打ち倒すという、彼らが期待していた「感動的なドラマ」など微塵も存在しなかった。


◆ ◆ ◆


翌朝。

王宮魔法省のゼノのデスクに、国王と騎士団長が血相を変えて飛び込んできた。


「ゼ、ゼノよ! たった今、スライム平原の監視部隊から報告が入ったぞ! あの自動勇者とやら、一晩でスライムを十万匹狩り尽くし、レベルが人間界の上限である99に到達したそうではないか!」

「ええ。昨夜設定したバッチ処理が正常に終了しただけです。ログを確認しましたが、エラーも吐いていませんし、処理速度も想定通りですね」


ゼノは手元のコーヒーをすすりながら、キーボードを叩いて次のタスクを設定し始めた。


「さて、レベルがカンストしましたので、次は装備の調達です。伝説の聖剣が眠るという『試練の迷宮』に向かわせます」

「おお! あの迷宮は数々のトラップと謎解きが隠された難攻不落のダンジョン! いかに自動勇者と言えど、そう簡単には……」


国王の言葉を遮るように、モニターに迷宮内部の映像が映し出された。

自動勇者は、複雑な迷路の入り口に立つと、迷路を解くこともなく、罠を解除することもなく、いきなり迷宮の壁に向かって極大魔法を放ち始めた。


ドゴォォォォンッ!!


「なっ!? 迷宮の壁を物理的にぶち抜いたぞ!?」

「謎解きなど時間の無駄です。聖剣の座標はすでに特定していますので、障害物となる壁をすべて破壊して直線距離で向かわせるのが一番早いです」


映像の中の自動勇者は、崩れ落ちた壁の瓦礫の上を最短距離で走り抜け、聖剣を守るはずのガーディアンが起動する前に、安置された聖剣だけを奪い取って一瞬で帰還ポイントへと転送された。

迷宮の探索開始から聖剣取得まで、かかった時間はわずか三分であった。


「……ありえん。勇者が試練を乗り越え、聖剣に認められるという伝説のロマンが……」

「ロマンで魔王は倒せませんからね。これで魔王討伐に必要な必須フラグはすべて回収しました」


ゼノは立ち上がり、椅子に掛けられていたコートを手に取った。

窓の外を見ると、王都の時計塔がちょうど夕方の五時を告げる鐘を鳴らしていた。


「魔王城の結界解除と、魔王への自動攻撃スクリプトはすでにタイマーでセットしてあります。今夜の深夜二時に自動で実行され、明日の朝には魔王討伐の完了報告が届く手はずになっています」

「な、なんだと!? 魔王との最終決戦すらも見ずに帰るというのか!?」

「ええ。システムは完全に自動化されています。これ以上私が監視する必要はありません」


ゼノは呆然とする国王と騎士団長に向かって、深々と一礼した。


「タスク完了、エラーなし。本日の業務はすべて終了しましたので、私は定時で退社させていただきます。お疲れ様でした」


世界を揺るがす壮大な魔王討伐の物語は、ひとりの魔導エンジニアの徹底的な業務効率化によって、一切のドラマも苦労も感動もなく、ただの「一晩のバックグラウンド処理」として片付けられようとしていた。ゼノは冷めたコーヒーのカップを置き、足早に魔法省を後にした。明日の有給休暇の申請書の書き方を考えながら。


◆ ◆ ◆


その頃、世界を絶望の淵に陥れている魔界の中心、暗黒大陸の最奥にそびえ立つ『魔王城』では、静かなる緊張感が漂っていた。

 玉座の間に集結しているのは、魔王軍を統べる強大な四天王たちと、圧倒的な闇の魔力を身に纏う魔王・ゼスベル。彼らは来るべき「光の勇者」との最終決戦に向け、綿密な軍議を開いていた。


「魔王様。斥候からの報告によれば、人間共が神聖なる召喚の儀式を執り行ったとのこと。いよいよ勇者がこの世界に降り立ったようです」

「フッ……来るがいい。我が城に至るまでには、四天王であるお前たちが待ち受ける四つの死地がある。勇者とやらがそこを突破し、ここまで辿り着くのに、早くとも半年はかかるだろう」


魔王ゼスベルは玉座でワイングラスを傾けながら、傲慢な笑みを浮かべた。

 彼らは「ファンタジーの様式美」を重んじる魔族であった。勇者が仲間を集め、苦難を乗り越え、少しずつ成長して魔王城に辿り着く。その熱いドラマの果てに、己の圧倒的な力で彼らを絶望に叩き落とすことこそが、魔王としての至高の悦びなのだ。


「勇者がこの玉座に辿り着いた時、我はまず玉座から立ち上がらずに三割の力で戦おう。そして一度敗北を装い、『まさか我がここまで押されるとはな……だが、ここからが真の絶望だ!』と高笑いと共に第二形態へと変身する。お前たち、変身中の無敵時間における照明(エフェクト)の準備はできているな?」

「ハッ! 完璧にございます。勇者に語って聞かせる、魔王様の『悲しき過去』の原稿も推敲を重ねておきました」


魔王と四天王が、来るべき名シーンの演出について熱く語り合っていた、その時である。

 深夜二時。魔王城の玉座の間の空間が、唐突にグニャリと歪んだ。


「む? なんだ、空間転移の魔法陣だと? こんな玉座のド真ん中に……誰だ!」


青白い光と共に現れたのは、無機質な光の粒子で構成された人型――ゼノが放った『自動勇者(オートメーション・ワン)』であった。

 自動勇者はゼノの組んだスクリプトに従い、魔王城に張り巡らされたすべての結界や罠、ダンジョンの道のり、果ては四天王との熱い前哨戦すらも完全にスキップ(座標の直接指定による強制転移)して、いきなり最終ボスの目の前に出現したのである。


「貴様、何者だ! まさか勇者か!? いや、しかし道中の四天王は……それに、なぜいきなりここに!」

 

 魔王ゼスベルが玉座から立ち上がり、威厳たっぷりにマントを翻して名乗りを上げようとした。

 しかし、自動勇者には「敵の会話イベントを待つ」という概念が存在しない。敵対ターゲット(魔王)を視界に収めた瞬間、一切の予備動作なく聖剣を引き抜き、神速の踏み込みでゼスベルの懐へと潜り込んだ。


「待て、我が名は魔王ゼス――」


ズバァァァァァッ!!

 名乗りの途中で、容赦のない聖剣の一撃が魔王の鳩尾(みぞおち)に深く突き刺さった。


「グハァッ!? き、貴様……! 人が話している途中に攻撃するなど、戦士としての誇りは……ッ!」


自動勇者は無言である。さらに恐ろしいことに、自動勇者は通常攻撃のモーション(剣を振り抜く動作)の硬直時間を、下級魔法である『風の刃』を極小の魔力で発動させることで強制的にキャンセル(通称:モーションキャンセル)し、物理攻撃と魔法攻撃を異常な速度で交互に叩き込み始めたのだ。


「グオォォッ!? は、速すぎる……! なんだこの途切れない連続攻撃は!」

「魔王様!! おのれ卑怯者め、我ら四天王が相手だ!」


慌てて四天王たちが武器を構えて飛び込もうとするが、自動勇者は魔王を攻撃しながら、一切の視線を向けずに背後へ向けて「状態異常付与・全体麻痺」の高位魔法を放った。事前の乱数調整と必中計算が組み込まれたその魔法により、四天王たちは一歩も動けぬまま石像のように固まってしまう。


「ええい、舐めるな! こうなれば出し惜しみはせん! 見よ、我が真の姿、第二形た――」


ゼスベルが莫大な闇の魔力を解放し、体が巨大な化け物へと変異しようとした瞬間。

 ポカッ、と。

 自動勇者が放った最弱の小石をぶつける魔法が、魔王の鼻先に直撃した。

 ダメージ自体はゼロに等しいが、それによって魔王の「変身モーション」が強制的に中断(インターラプト)されてしまったのである。


「なっ……!? 変身が、キャンセルされただと!?」


ゼスベルが驚愕に目を見開いた隙に、自動勇者はすでに最大火力の究極魔法『ホーリー・ノヴァ』のチャージを完了していた。本来なら十秒はかかる詠唱を、ショートカットキーのごとく一瞬で呼び出している。


「待て! せめて、せめて我の悲しき過去の話だけでも聞いて……!」


カッ!!

 魔王の懇願は、部屋全体を包み込む絶対的な光の奔流によって完全に掻き消された。

 深夜二時三分。

 世界を恐怖に陥れていた魔王は、一切のドラマを見せることも、真の力を発揮することも、悲しき過去を語ることも許されず、システムによる最適化されたDPS(秒間ダメージ)の暴力によって、ただのデータ領域の塵となって消滅した。


◆ ◆ ◆


翌朝、午前八時五十五分。

 王宮魔法省の自席に到着したゼノは、マグカップにコーヒーを注ぎながら、ゆっくりと魔導端末の電源を入れた。


「おはようございます。今日もいい天気ですね」


彼がのんびりとあくびをしていると、廊下の奥から凄まじい足音と共に、国王と騎士団長、そして大勢の文官たちが雪崩を打って部屋に飛び込んできた。全員、信じられないものを見たような、歓喜と恐怖の入り混じった顔をしている。


「ゼ、ゼノォォォォッ!! あ、朝起きたら、王都を覆っていた魔界の暗雲が完全に晴れ渡っておった! 神託の水晶にも『魔王消滅』の文字が……っ! 本当なのか! 本当に、一晩で魔王を討ち果たしたというのか!?」

「ああ、陛下。おはようございます」


ゼノは焦る様子もなく、端末のログ画面を開いた。


「ええと、バッチ処理の実行結果ログですね。……『02:00:00』に魔王城玉座へ転送完了。『02:00:03』に魔王ゼスベルのHPがゼロになり討伐完了。ドロップアイテムとして『魔王の王冠』を自動回収。その後、『02:00:05』にセーフゾーンへ帰還し、処理を正常終了していますね」


「さ、三分……!? あの伝説の魔王を、たった三分で殺したというのか!?」

「転送時間と帰還時間を引けば、実質的な戦闘時間は二分五十八秒ですね。変身モーションの無敵時間を与えると討伐効率が落ちるので、変身プロセスに割り込み処理を入れてキャンセルさせたのが功を奏したようです」


ゼノは引き出しから、自動勇者が持ち帰った禍々しい『魔王の王冠』を取り出し、国王の胸にドンッと押し付けた。


「ヒッ!?」

「クエスト完了の納品物です。これで私の『勇者召喚による魔王討伐プロジェクト』のタスクはすべてクローズとなります。システムにバグもありませんでしたし、保守運用も不要ですね。いやあ、良い仕事ができました」


何万という兵士が血を流し、何世代にもわたって世界が苦しんできた魔王の存在を、ゼノは「ただの一晩のプログラム処理」として片付けてしまった。

 国王も騎士団長も、ゼノの圧倒的すぎるシステム工学の前に、もはや畏怖の念しか抱けなかった。剣や魔法の才能などなくとも、この男は「効率」という神の力で世界をねじ伏せてしまったのだ。


「というわけで陛下」


ゼノは満足げに頷くと、デスクの上に一枚の紙を提出した。


「プロジェクトが完了しましたので、本日より溜まっていた有給休暇を二週間ほど消化させていただきます。休暇中の連絡は一切受け付けませんので、あしからず。では、お疲れ様でした」


世界を救った最大の英雄は、パニックに陥る王宮の人間たちを尻目に、一切の残業をすることなく、定時より前に足早に職場を後にするのであった。

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