第1話 魔王って死んだはずですよね?
「リジー、5番テーブルに運んでちょうだい!」
「はいっ!」
王都から少し離れた、鉱山のある町の酒場『オーク亭』で私は働いている。
異世界転生でこの世界にやってきて5年。
いろいろあっていまはこの店でバイトをしている。
元炭鉱夫だった旦那さんとその女将さんが営む小さな店だ。
店には炭鉱帰りの労働者たちがたくさん集まってくる。
仕事終わりに飲むビールは最高なんだとか。
店の扉についた鈴が鳴り、またお客さんがやってきた。
でもその人たちの服装を見て、店にいた炭鉱夫たちは急に黙り込んだ。
「なんだよ、労役組かよ」
「酒がまずくなるぜ」
『労役組』とは、悪いことをして捕まった囚人たちのことだ。罰として、一般の炭鉱夫よりも危険な作業をさせられている。
労役組の彼らが来ると、炭鉱夫たちの機嫌が悪くなる。
だから自然に、店の右側は炭鉱夫、左側は労役組と分けて案内するようになっていた。
「こんばんは、リジーちゃん。今日もいいケツしてんなあ」
当然治安は悪くなる。
いかにも悪人ヅラの男が下卑た笑いを浮かべながらこちらに手を伸ばしてくる。
でも私も伊達にここの看板娘をやっているわけじゃない。
こんなことは日常。こんな男共のあしらい方なんて慣れている。
「やめてください!」
毅然とした態度で手を払いのけようとした、その時だった。
「貴様、女性に向かってなんだその態度は!」
そう言って男の手を掴んで捻り上げたのは、つややかな黒髪を長く伸ばした、美しい青年だった。
すごく素敵な人……。なんてかっこいいの。
「大丈夫か、お嬢さん」
あー声もいい。低めの声が耳に心地よく響く。
「は、はい。ありがとうございます……」
私は顔が赤くなっているのを隠すように下を向いてお礼を言った。
が、そこに書かれていた文字に思わず言葉を失った。
労役組の作業着の胸の部分には、脱走防止のためにでかでかと名前の書かれた布が縫い付けられている。
目の前の美しい男の服には、手書きの大きな文字で『魔王』と書かれていた。
思わず二度見する。
え? 魔王ってあの魔王? 世界を滅ぼそうとしていた邪悪な魔王?
「どうかしたか?」
ほんとにこの人、魔王?
一度も悪いことしたことがなさそうな澄んだ目をしてるのに。
というか、魔王って死んだんじゃなかったの——⁉
次回 『2話 勇者を食べないでください』




