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第8話 獣の将軍に、襲われています!




 夜中、雷はなかなか止まず。

 外でまだゴロゴロと音を立ていた。

 寝室の続きの間では、仄かにランプが灯る。


「あっ……だめっ……そんなしちゃっ……」


「姫様、そんなこと言っても相手を煽るだけで逆効果ですよ」


「でもっ……ひゃあっ……!」


 頬を舌でぺろりと舐められ、びくんと跳ねる。

 今、ふかふかのソファに座る私の身体の上、蠢く相手に翻弄されてしまう。どうにかして制しようとして、相手の胴体をきつく抱きしめた。


「嫌だったら、やめさせれば良い」


「将軍っ、そんなこと言ってもっ……きゃあっ……!」


 荒い呼吸とともに、相手は胸元に顔を埋めてくる。

 その時、胸の上に乗っていたものが、ぐいんと引きはがされた。

 離れたのはイクシオンではなく……

 

「お前、さすがに魔物の分際で、姫様に色々やり過ぎだ」


 座る私の前に立つ彼は、私から引きはがした生き物に声をかける。

 険のある声音を放つイクシオンは、かの生き物の両脇を抱えていた。


「ポムウルフのシオンくん、可愛らしいですね。また私に抱っこさせてもらってもよろしいですか?」


 そう、この部屋には今、イクシオンと私……そうして、ポムウルフが一緒に過ごしている。


「え、ああ、はい」


 黄金色の毛並みをした狼型の魔物ポムウルフ。まだ子どものポムウルフを屋敷で預かっていたそうで、イクシオンが使用人に頼んで連れてきてくれたのだった。


(雷が聴こえなくなるようなこととはなんだろうと思っていたら、まさかポムウルフを連れてきてくれるんて)


 室内用で大人しめの子どもは、円らな瞳で私をじっと見つめてくる。


(可愛い……)


 ふかふかでもふもふの魔物の毛並みに心が癒される。

 子どもポムウルフは、ふわあと欠伸をしていた。

 ふわふわの身体を撫でながら、声をかける。


「シオンくん、もう夜だから寝ましょうね」


 実はこの幼獣の名前も「シオン」というのだそうだ。

 そばにいるイクシオンは少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。

 しばらくすると眠りについた「シオン」を抱え、続きの間から寝室へと戻る。

 近くにあるソファにポムウルフを寝かせると、ベッドに腰かけた。

 

「可愛かった……」

 

 うっとりしていると、側に跪いてきたイクシオンが声をかけてくる。

 ちょうど視線が同じぐらいの高さになった。


「気は紛れましたか?」


「はい、お気遣いいただき、ありがとうございます。イクシオン将軍がシオンくんを連れてきてくれたおかげで気が紛れました」


 ふっとイクシオンが微笑んだ。


「姫様は、昔から見た目は大人びていたけれど、可愛いものに目がなかったですものね」


「はい、似合わないかとは思いますが……」


「……いいや、そんなことはない」


 彼の言葉に反応する。

 目の前のイクシオンが一度ごくりと唾を飲み込み、深呼吸をして告げてくる。


「ラフィーネ姫様なら、なんでも似合う。いやむしろ、どんな愛らしいドレスや綺麗な宝石だって、貴女の前ではかすんでしまう」


 女性へのよくある口説き文句のようにも見えたが、彼の顔は真っ赤で、それを見ていると自分まで恥ずかしくなってしまう。


「あ……ありがとうございます」


 気づけば、だいぶ雷の音も遠ざかっていた。

 まだ鳴ってはいるが、近くに落ちていた頃に比べると、私の鼓動も落ち着いている。

 そのままじっとしていると、無言だったイクシオンが声をかけてきた。


「もう少ししたら、雷も去るでしょうね」


「ええ、そうですね」


「その前に……」


 すると、膝の上に置いていた手を、彼の大きな手に包み込まれる。


「……褒美がほしいです、姫様」


「え? 褒美……ですか?」


 褒美と言われて、戸惑いを隠せない。

 色香の強いイクシオンの真摯な赤紫色の瞳からの視線に絡めとられたかのように、その場から動けなかった。


「……モスフロックスの花が咲いていた場所以来、口づけていない。良かったら、貴女の唇がほしい」


 微かに唇が戦慄く。


「だけど、この部屋は将来、妻となる方と貴方が使用する寝室になるのでしょう? そのような場所で、唇とは言え、肌を合わせることは私には出来ません」


 すると、ぎゅっと強い力で手を握られる。

 いつになく真剣な眼差しで見つめられ、心臓が落ち着かない。


「前も言ったはずだが、この屋敷は貴女のために建てたものだ。だから、この部屋だって姫様のためにある」


「あ……それはどういう……」


 どういう意味なのだろうか?

 私のために建てられた新居だと説明されてはいたが、同時に夫婦の寝室だとイクシオンは言っていた。

 だけど、私は愛妾の立場のはずで……


(何だろう? 何かが噛み合わない)


 今日も騎士達とのやり取りの中で、振られるだとか振られないだとか、そんな話をしていなかったか。


「ラフィーネ姫様。俺は……」


 思考を巡らせていると、名を呼ばれ、はっとなる。


「……私も、愛妾の務めを果たさないといけませんね」


 緊張で震える手で、彼の綺麗な顔を挟み込む。


「姫様、その、愛妾の件は……」


 彼の言葉を遮るかのように、迷いたくなくて唇を重ねた。

 勢いが良すぎたのか、歯がカチリとぶつかってしまう。

 だが、柔らかな唇同士をしっかり合わせ直す。

 自分からは触れるだけの口づけしか落とさなかったのだが、いつの間にか口の中に、彼の舌が侵入してきていた。

 だんだんと互いの息遣いが荒くなっていく。

 細い項を彼の手で抑えつけられ、再び深い口づけを交わしていると……

 立ち上がったイクシオンにそのままベッドへと押し倒される。


(あ……)


 なぜだろうか?

 あの満月の日のように、だんだんと指先に力が入らなくなってきているのは……


(今日は、月は満ちていないのに……)


 イクシオンから魔力や生命力を吸われているような感覚がある。

 だんだんと鼓動が激しくなってきて落ち着かなくなっていく。


(あ……私、このまま……)


 イクシオンといよいよ結ばれる日が来るのだろうか?


「満月の日のことで、貴女に謝らなければならないことがある」


 イクシオンが懺悔してくる。

 赤紫色の瞳には縋るような視線が垣間見えて、なんだかドキドキして落ち着かない。


「……もう、貴女の魔力は俺の中から全部出ていっていたのに、そのまま残っているふりをして、あなたの唇を欲してしまった」


「それは……」


 どういう意味だろうか?


「今は貴女の魔力に酔っているわけではないが……俺は貴女が欲しくて欲しくてたまらない」


 熱っぽい瞳と口調に、私の心臓が落ち着きを失くす。


「私は……」


「俺もその……あれなので、あれなんですけど……」


「あれなので、あれ?」


 すると、イクシオンが少々バツが悪そうな表情を浮かべた。


「いえ、なんでもありません。女性は、その、姫のように……ええっと……」


 彼の歯切れがどことなく悪かった。


(もしかして、他の女性の話をするのを躊躇ったのかしら?)


 なんとなく胸がモヤモヤしてしまう。


「俺としては、貴女が嫌がってこないようで良かった」


 イクシオンから面と向かって告げられると、私は恥ずかしくなってそっぽを向いた。


「そのようなことは……」


 けれども、彼の指が私の顎に添えられて、上向かされてしまう。


「もっと貴女が欲しい」


 熱を孕んだ声音で告げられると、再び唇を奪われる。


「ふあっ……んあっ……」


「貴方の唇は……どうしてこんなに甘いんだ。もっと、もっとだ」


 獣に貪られるように、ひとしきり唇を求められた。

 唇同士がゆっくりと離れる。

 私の頬が赤らんでいく。


「ラフィーネ姫」


 そうして、イクシオンが訴えてきた。


「順番はおかしくなってしまったが、俺は貴女のことを」


 ラフィーネは呼吸を整えながら返す。


「私のことを……?」


「ラフィーネ姫のことを愛……」


 緊張しているのか、イクシオンがまごついた。

 先ほどの行為で、身体が熱くなったのだろうか、彼は首まで真っ赤になっていた。


「……姫のことを愛……」


 今度は遮らずに、待つ。


 イクシオンは私のことを……


 彼が真摯な眼差しでこちらを見つめてきている。


「俺はラフィーネ姫のことを愛……」


 その時。



「きゃうんっ!!」



 自分ではない甲高い声が部屋の中に響いた。


「……って、うわっ……!」


 私の身体の上にいたイクシオンの頭の上に、ポムウルフのシオン君が乗っかっていたのだ。


「これからって時に起きやがって……!」


 イクシオンが怒りながらシオン君を剥ごうとする。

 私はしばし呆気に取られていたが、慌ててドレスを整えて、下半身を隠した。


(あれ?)


 彼とポムウルフがやり合っている内に、白いシャツから彼の腕がのぞく。

 眼をこすったが、やはり肌に鱗のようなものが見える。


「ああ、良いからシオン、離れろ!」


 イクシオンがシオン君を怒鳴りつけているので、慌てて助太刀した。

 ふわふわの幼獣は尻尾を振りながら、嬉しそうに私の腕の中で落ち着く。


「シオンくん、物音で起きちゃったのね」


 すると、イクシオンがものすごい形相でシオン君を見ていた。

 かつてないほど低い声で魔獣を怒鳴りつける。



「おい、シオン、お前、あとでリンダに言い聞かせておくからな!」



 リンダ――?



 明らかに女性の名前がイクシオンの口から聴こえて、少しばかし衝撃が走る。

 そういえば、女性への贈り物にポムウルフを選んでいるとか、彼が言っていた気がする。

 なんだか胸がざわざわして落ち着かない。

 だが、思い切って尋ねることにした。

 

「その……イクシオン将軍、シオン君はそのお知り合いの女性の方から預かっておられるのですか?」


「え? ああ、そうですね」


 イクシオンは表情一つ変えずに答えてくる。


「将軍の恋人ですか?」


「はあ? リンダがですか? 絶対にないです、いや本当、それだけはあり得ない」


 イクシオンは即答したが、彼の態度にもモヤモヤしてくる。


(飼い魔獣にイクシオン由来の名前を付けるぐらいなのだから、リンダさんの方はシオンのことを好きなはず……)


 イクシオンは手を左右に振りながら笑っている。


「本当に、リンダだけはないですから」


 段々と、彼の表情が軽薄な男のものに見えてきた。


(先ほどの口づけも手慣れていた気がしましたし)


 やはり噂通りの女性関係派手めな青年になってしまったのだろう。

 自分に好意を寄せる女性を馬鹿にするような大人になってしまったのかと、残念な気持ちが増してくる。


「姫、それよりも先ほどの続きを……」


 嬉々とする彼の言葉を私は遮った。



「……もう結構です」



「え?」


 イクシオン将軍の腕にシオン君を預ける。

 そうして戸惑う彼の首をむんずと掴むと、寝室の扉まで引きずる。思いのほか力が出た。


「どうしたんですか、ラフィーネ姫、なんで怒って……」


 そのままドアの向こうに、ぽいっと彼の身体を追い出した。



「良ければ、シオン君をしっかり寝かしつけてあげてください。将軍、それでは」



 部屋が揺れるほど大きな力で扉を締める。

 都合よく雷はもうどこかへ行ってしまっていた。

 もやもやする気持ちを押し殺して、部屋を暗くして横になる。


(大人げなかったわ……元気づけてくれたことに対しては、明日城に向かう際にも、ちゃんと御礼を言わないと……)


 扉の外から啜り泣く声が聴こえたような気がしたが、気のせいだと思いながら眠りに就く。


 翌日、自分がイクシオンに求められた理由の一端(とリンダの正体)に触れることになったのだ。



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