第6話 敵国将軍が、発情しましたっ!
夜の森の中。
布越しに感じる地面の冷たさと、覆いかぶさってきている青年の熱さとで、頭がくらくらしてきていた。
熱に浮かされたかのように、イクシオンが身体を弄ってくる。
「将軍っ……待ってください」
「ラフィ……」
旅装の胸元を暴かれてしまった。
彼の頭が沈みこんでこようとする。
藍色の髪に指を通して、必死に引き離そうとするが、力が強すぎて無理だ。
……このまま、口づけられることなく、森の中で純潔を失ってしまうのだろうか?
……妾だから、一つも理想は叶えられないのだろうか?
「ここは、嫌っ……シオン、お願いっ……」
「ラフィ」
だが、声が届いていないかのように、彼の動きは止まない。
衣服を暴かれて肌を撫でられているうちに、四肢が脱力して力が入らなくなる。
代わりに……イクシオンの昂ぶりは強くなっているではないか。
(魔力か生命力でも吸われてしまったというの……?)
自分はどんどん力が入らなくなるが、彼の方はどんどん活力に満ちていくようにさえ見えた。
「シオンっ……!」
(どれだけ訴えても聞いてもらえない。シオンが昔のように優しいこともあったから……勘違いしてしまっていた?)
……妾としての覚悟が足りなかったのだろうか?
そのまま身体を好きなようにさせていたら、イクシオンが呻き声を上げた。
ふと、彼の動きが止まる。
赤紫色の瞳を見ると、苦しそうに揺れ動いていた。
「ラフィ……俺は……」
イクシオンの身体がぶるぶると震えている。
玉のような汗を浮かべて、何かに抵抗しているようにも見える。
私の身体を弄ろうとする指の動きを、必死に自分で制しているようだ。
(やっぱり、シオンの様子がおかしい)
まだアモル王国に彼がいた頃、今と同じような状態になって……それきり、彼は私のことを避けるようになったのだ。
当時は、弄ばれたのかと悲しかったが……
(こんなに汗びっしょりになって……)
似たような状況下。
当時も今も、もしかしたら、単純に情欲に突き動かされているわけではないのかもしれない。
イクシオンの額から一粒の汗が落ちてきた。
その時、彼が放ったのは……
「もう俺は……ラフィを怖がらせたくは……」
その言葉で、私の混濁しかけていた意識がはっきりした。
(やっぱり、シオンはこういった行為に及びたかったわけじゃなくて……)
制御の利かない自分自身に抵抗していたイクシオンだったが、理性が保てなかったのか、また私へ触れてこようとしてくる。
(このままシオンの意志に反して最後まで行為に及んでは良くない)
昔と今で共通することがなかったか、思考を巡らせた。
(あの日も確か、満月の日で、私がシオンに癒しの術をかけて……そうしたら、シオンがおかしくなって……そういえば、今みたいに私は力が失くなっていったけれど、シオンはどんどん獣みたいに元気に……共通点は、それぐらい?)
そこまで考えてはっとする。
癒しの術をかけるのは、すなわち自分の魔力や生命力を相手に与える行為に近しい。
(魔物に攻撃した時にシオンの火力がいつもより高いと言っていた。もしかして、私の魔力や生命力がシオンに渡ると、何かが起こるの? あの日も……私の唇を吸ったら、元気になったような……)
確証はない。仮説でしかないが……試してみる価値はある。
力のない両手をなんとか動かして、彼の両頬を包み込む。
……昔と比べると精悍さが増した綺麗な顔立ちに、震えながら自身の顔を近づける。
そうして……
「シオン」
彼の薄い唇に、自身の唇を押し当てた。
そのまま柔らかいそれを貪る。
(傷の治りは悪くなってしまうかもしれないけれど……私が与えた分の魔力をシオンの唇から吸えば……)
ある程度吸えただろうか。
唇が離れた際に、吐息が洩れた。
すぐそばに見開いた赤紫色の瞳が視える。
イクシオンが呻くように、かつての愛称で呼んできた。
「ラフィ……」
……口づけはまだダメだと言われていたが、非常時だ。
「シオン、ごめんなさい。魔力を戻してもらいます」
また私は彼に唇を重ねる。
彼の手が私の後頭部を掴んできた。
だんだんと深い口づけに代わってくる。
(うまく吸えない……!)
とはいえ、イクシオンも正気ではないのだから仕方がない。
口づけながら相手の魔力を奪う。
「ラフィ……」
色香を孕んだ熱っぽい口調で名を呼ばれると、彼に愛されているかのような錯覚さえ覚える。
息も漏らさぬほど深く深く口づけあう。
(私、こんなにたくさんシオンに力を与えていたかしら……?)
なかなか昂ぶりが落ち着かないイクシオンと、気が遠くなるような長い時間、口づけを交わし続けたのだった。
※※※
翌朝……正気に戻ったイクシオンが土下座してきた。
「ラフィーネ姫様、女性に困っていないと言いながら、申し訳ございませんでした」
私は地面に座り込んだまま、視線をそらす。
改めて謝られると気恥ずかしさが増してしまうからだ。
「いいえ、気になさらないでください。満月や魔力のせいでおかしくなっていたのでしょうから。それに、私は貴方の妾ですし、いずれはこのようなこともあったかと……」
とはいえ、この数日で気づいたことを彼に伝えたい。
「イクシオン将軍にお話があります」
「ラフィーネ姫、昨日は魔物が途中で乱入してきたので、言いそびれましたが……!」
二人の声が重なった。
しばらく待ったが、彼がなかなか喋らないので自分から先に話す。
「イクシオン将軍。私を愛妾に望んだのは、何か理由があるのではないですか?」
彼がぴくりと反応した。
「それは……その……」
言い淀む彼を見て、やはりと思う。
「……理由は言えないのなら、構いません。最初は、王家を恨んでいる腹いせに……貴方を追放に追いやる原因を作った私を、わざと妾にしたのかと勘ぐっていましたが……貴方に悪意があるようには感じないのです。イクシオン将軍……いいえ、シオン」
かつての愛称で呼ばれたイクシオンが顔を上げる。赤紫色の瞳が揺れ動いた。
(最近、お兄様と宰相の様子もおかしかった。例えば、王族にも関わらず、不遇な環境に置かれていた私を助けるために……単騎で乗り込んでも問題ないぐらい強いシオンだもの……停戦なんてせずに、小国アモルを落とすのだって簡単だったはず……)
……敗戦国の姫という立場に私を貶めないようにしてくれたのかもしれない。
暴言を吐いてきた兵からかばうような行動をとったり、新居を準備してくれていたり、崖から落ちた時もかばってくれていた。
何より無理に手は出してこないのだ。
全部……自分に都合が良すぎる考えかもしれないけれど。
ふと見ると、イクシオンが真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「どうしましたか、イクシオン将軍?」
すると、彼が口を開く。
「その、俺は、今は独り身なので、女性関係が派手だとか言われていますが……結婚したら、妻だけで良いと思っていて……あ、いや、今も……」
もごもごして最後は聞き取れなかった。
「そうでしたか。私の知るシオンは女性に対しても誠実な男性でした」
嬉しくなって、ふっと笑顔がこぼれた。
再会して初めて、彼の前でちゃんと笑った気もする。
(やっぱり、何か事情があって、幼馴染の私を護るために、妾だと言ってアモル王国から連れ出してくれたのかもしれない)
再会して以降、昔とは違って不愛想だった彼の表情がぱあっと明るくなる。
「だから、その……妾という立場は必要なくて……あと、ぜひラフィーネ姫様には自由に生きていただきたく……」
……妾という立場は必要ない。それに、私に自由に生きてほしい。
(それはつまり、シオンが誰かと結婚したら、私はもうお役御免ということね。そうなると、自分一人の力で生きていかなければならない)
少しだけ寂しくなるのはなぜだろうか。
「そうなのですね。良かった、私と同じ考えで……私も、一人の夫には一人の妻がいればという考えです。妾の私が言うのもおかしな話ですが、妻がいれば妾は不要だと」
イクシオンの表情が輝きはじめる。嬉々として話しはじめた。
「そうなんですよ、ラフィーネ姫……! 妻がいれば妾は不要です! だから、もし貴方が色んなやつから恨みを買って生きてる俺でも旦那で良いと……」
「言わないといけないと思っていましたが……妾になる話に頷いたのは、貴方にまだ奥方がいないことを知っていたからでした。私は母のような生き方はしたくないのです。貴方と別れた後は、良ければ診療所でも開けたらと思っています。貴方はぜひ、奥様と幸せになられてください」
二人の言葉が重なった。
……イクシオンは固まっていた。
「いつか城を出て、一人で生計を立てていけたらと願っていました。そのために、城では勉学に励んできていました。もし自分が母の立場だったらと思って生きてきましたが、こんなところでその考えが役に立ってくれそうです」
(シオンからの反応がない……)
だが、突然、彼は大きな声を上げはじめた。
「……っ……俺のお手つきだって言われるんですよ? 仮に俺に妻が出来て、俺から離れたとして、他の男性と結婚できなくなるんじゃないでしょうか!?」
子どもの頃は、イクシオンのような誠実な青年と、お互いにただ一人……自分だけを愛してくれる人と結婚できればと、夢見ていたのは確かだ。
「そうかもしれません。今はまだ純潔ですが、もう貴方と口づけたり肌に触れられたりしているので、完全に純潔かと言われると難しいでしょう。他の殿方との結婚は望まない方が良いかもしれません」
「そうです! だから俺の妻……」
「だけど、貴方と一緒に暮らし続けるのよりはマシです」
……結婚して妻のできたイクシオンの日陰の身となって暮らすよりも、一人で暮らした方がいい。
「だから、シオンももう私の心配はなさらないでください」
顔を上げて彼を見ると……石像のように硬くなって動かなくなっていた。
(どうしたのかしら?)
固まった彼が復活するのを待ってしばらくしてから、森から出発することにしたのだ。
※※※
いよいよ森を抜けようかという頃、モスフロックスの花が咲き乱れる場所へと出る。
甘い香りが漂う場所に感銘を受けていると、イクシオンが声をかけてきた。
「ラフィーネ姫」
「はい、どうなさいましたか?」
真剣な眼差しで、彼は続ける。
「先ほどは結婚出来ないとか言って申し訳ございませんでした。だが、その……俺と何かあったから他の男性と結婚出来ないだとか卑下しなくて良くて、ああ、その、なんだ……」
昔と変わってしまったところもあるが、変わっていないところもある年上の幼馴染の青年。
なんとなく、謝罪と励ましの言葉を伝えてこようとしているのが分かった。
両肩に彼の両手が添えられて、心臓がドキンと跳ねる。
「その、ちゃんとやり直したいんです」
「何を……?」
「……口」
彼が何か必死に言葉を紡ごうとするのを遮らずに待った。
「……口……」
そうして……
「……口づけを」
……遊び慣れているという噂が嘘のように、彼の顔は林檎のように真っ赤だった。
「は……はい」
思わず、はいと答えてしまった。
すると、彼の両手が私の肩に乗ってくる。
顔がゆっくりと近づいてきて……
そっと唇同士が重なった。
夜のように激しい口づけではなく、重なるだけの柔らかな口づけ。
(あ……)
風がそよいで、甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。
まるで夫婦にでもなったかのようだ。
どれぐらい時間が経っただろうか?
離れると、恥ずかしそうにしているイクシオンが話題を転換した。
「では、姫様、予定より遅くなっているので、王都に急ぎましょうか」
「ええ」
そうして、彼に手をとられて歩き出す。
昔よりも大きな手に、心臓が高鳴る自分がいる。
(私は、シオンのことを、ずっと……)
……無事に国境を乗り越えることが出来た。
(私はアモルの姫。ロクスの国民たちからすれば、私は歓迎されない立場のはず)
胸に決意を秘めて、敵国へと向かう。
まさか、敵国での暮らしが、想像とは全く違うものになるなんて……
この時の私は思いもしなかったのだった。
およみくださってありがとうございます!
第1章はこちらで終了です!次から第2章になります!
見直しが済んだら投稿します!
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