最終話 敵国将軍の、愛妾のはずが…?
アモル王国を襲撃した魔獣たちは紫竜イクシオンに恭順な姿勢を見せてきた。
イクシオンは私のことを背に乗せたまま、魔獣たちを先導して王国との再度の交渉に当たった。
紫竜からひと睨みされた宰相たちは怖気づき、泡を吹いて倒れる者たちまで出現した。一方で魔術師たちや竜信仰者たちからは絶賛の声を浴びていた。
そうして……
結果的に、魔獣による人的被害はなかったものの、物的被害や政治が滞るなどの事態に陥った経緯がある。
紫竜のイクシオンに服従の姿勢を見せた魔獣たちは、リンダの指揮の下、王都で破壊した場所の復旧に当たってから山に帰っていった。
ただの獣たちよりも知性が高い彼等だが、完全に竜の番――妃とでもいうべきか――となっていたラフィーネの魔力に酔ってしまっていたそうだ。
アモル王国一帯の魔獣のリーダー的存在と、王都の守備を交換条件として、今後は王城の中の泉を魔獣も使用できるようにイクシオンが交渉をおこなった。
アモルの宰相は、国王やラフィーネの侮辱罪や、これまでの横領罪などが老大臣たちから暴かれ、粛清されることになったという。
王都を混乱に陥れた原因でもあるラフィーネは国民への謝罪を済ませた後、ロクスへの帰路につくことになった。「アモルには申し訳ないことをしました」と謝ったところ、兄王からは「結果として、魔獣と言う自衛手段を得たから良しにしよう。シヴァによろしく頼むよ」と言ってもらえたり、国民たちからも感謝の念を告げられたのでだいぶ心は軽くなった。
当のイクシオンは記憶がまだ曖昧なようだったが、「月の女神」とラフィーネ姫が同一人物であることは把握できたようだ。
(結局、イクシオンに口づけた時に起きた光の原因はなんだったのかしら? 彼が竜の赤ん坊だった頃よりも強い光だったけど、体が大きくなったせいかしら?)
光の原因に関しては、数月後に判明するのだが……
けれども、ここで事件が起こる。
共にロクスへの帰路につく途中、イクシオンの力は尽きてしまったのだ。
※※※
迎えたイクシオンの誕生日。
王城の広間は、晴れやかなドレスに身を包む女性たちや貴族達でひしめき合っていた。
豪華なシャンデリアがキラキラと輝く。酒や花の香りに紛れ、グラスの鳴る音や、人々の談笑が耳をにぎわせてくる。
ピアノやチェロによる美しい音色が奏でられる中、談笑していたシヴァ女王陛下と私の元へと、イクシオンの師であるランベイル・ボードウィン卿が現れた。
「……イクシオンは残念でした」
黒髪青瞳の美青年は淡々と告げてきた。
すると、紅いドレスに身を包んだシヴァ女王陛下もため息を吐く。
「ああ、本当に我が弟ながら残念なやつだ。申し訳ございません、ラフィーネ姫」
「いいえ、お気になさらず」
そう。
せっかくの祝賀だというのに……主役であるはずのイクシオンの姿はなかったのだ。
ボードウィン卿とシヴァは物悲し気に話す。
「イクシオンも無念だろう」
「本当に……せっかくラフィーネ姫様は、こんな美しい出で立ちでいらっしゃるというのに……この晴れ姿を見ずにあんなことになるとは……」
ラベンダーカラーのふんわりとしたシフォンで出来たドレスに身を包んだラフィーネは、頬を膨らませながら二人に抗議した。
「もう、お二人とも、シオンに何かあったみたいに話さないでください」
実は……
巨大な竜の姿になったイクシオンは、しばらくそのままで過ごしていたのだが――魔力をすり減らしたのか、また赤ん坊の姿に戻ってしまっていたのだ。
(眠っているだけで、私のそばにいれば、いずれは回復するとは思うのだけれど……)
ロクス王国に到着してからは、竜の赤ん坊の世話にラフィーネは明け暮れることになったのだ。
(だけど、祝賀に関しては皆と同じ意見ね)
主役不在の誕生パーティに皆が残念がった。
警護に当たっている騎士達からも、「将軍、体調悪いらしいよ」「遠足で熱を出す性格」「もうこりゃあ、一生ラフィーネ姫に気持ちを伝えるのは無理だ」なんて噂されている。
「まだシオンの記憶も曖昧なようですし……リンダさんとお世話の交代に向かいますね」
現在、魔獣リンダに竜の赤ん坊イクシオンの世話を任せている。
客室で身体を休めているはずなので、広間を抜け出し向かった。
途中、パピヨン嬢と出会ったのが、「お姉様、相変わらずお美しいですわ。これなら将軍も、むぐぐ」と何か言いかけたが颯爽と去っていった。
「シオン? リンダさん?」
部屋に着くと声を掛けたが、中に彼らの姿はない。
「どこに行ったのかしら?」
そんなことを思っていると……
「紫竜の番の姫」
突然、凛とした男の声が聴こえる。
思わず悲鳴を上げかけたが耐えて、声の方を振り向く。
私が振り向いた先には、紅い髪に碧の瞳を持った美青年が立っていた。
ローブに身を包んだ彼の腰に、ひと振りの剣が見える。
「驚かせたようですまない」
「貴方はもしかして……?」
どことなく聞き覚えがあった。
アモルの村で出会った行商人と同じ声調。
おそらくだが、イクシオンの中のラフィーネの記憶と交換に、生命力を吸わないようにしたという神。
私は死なずにすんだため、感謝すべきだとは頭では分かっている。けれども、命を落とさないようにするために、イクシオンの持つ私の記憶と交換だったというのが、私の心に引っかかっていた。
神は知り尽くしたような口調で告げる。
「記憶を奪う形になって申し訳なかった。だが、あの将軍の作戦勝ちのようだ」
唐突に話しかけられたため、私が困惑していると、彼は続けた。
「紫竜から代償にラフィーネ姫との記憶を持ち掛けられた時は、正気を疑ったが……『俺の生涯はラフィーネに捧げてきたようなものだから、絶対に記憶に齟齬が出てくる。彼女なしだと自分の人生はあり得ないから、絶対に思い出す。仮に無理でも記憶が消えても魂が覚えている』と言って聞かずに、私の方が困り果てたのだよ……」
「シオンがそんなことを……」
「思い出されては誓約の意味もあったものではないのだがな……絶対的な呪いや、時の綻びを乗り越えたものもいる。あの将軍は弱い心の持ち主に見えたが、姫がそばにいれば違ったようだな。そうそう、これから先も貴女はどうしても将軍に一定量は生命力を吸われてしまう。その時はちゃんと地脈点に帰るのだよ。それではどうか紫竜と幸せに……」
言いたいことを言うだけ言って、神は消えてしまった。
私ははっとなる。
「シオンとリンダさんを探さなきゃ……」
気を取りなおして部屋を出ると……
「姫様」
捜し人?捜し魔物である魔獣リンダと遭遇した。
「リンダさん、シオンはどこに?」
竜の赤ん坊の姿のままだから心配だ。
「こちらにいますよ、姫様」
リンダさんに先導されて到着したのは大広間だった。
「まさか、シオン、赤ん坊の姿のまま、誕生日の祝賀に出席ですか?」
困惑していると、リンダが愉快そうにしていた。
周囲の騎士達もにこにこ笑っている。
「さて、どうでしょうか。では……」
そうして、彼女が声をかけると、広間に続く荘厳な扉が開いた。
大勢の人々が立ち並んでいるにも関わらず、中は静かだった。
合奏も今は鳴りやんでいる。
「ラフィーネ」
困惑していると、隣から出てきた金髪碧眼の優男は――まさかのアモルの兄王だった。
「お兄様! アモル王城の復興はどうなさったのですか?」
「まあまあ、イクシオン将軍のおかげで被害は軽微だったからね。さあ、行こうか、ラフィーネ」
手を引かれ、人々の合間を抜ける。
そうして……奥の開けた場所へと到着する。
玉座近くのシヴァ女王陛下の隣。
そこに立っていたのは……
「あ……」
……夜空のような藍色の髪に、焔のような赤紫色の瞳を持った、長身痩躯の青年。
騎士団の白いコートの襟に光る徽章が示す地位は将軍。
艶めいた声の持ち主である彼が口を開いた。
「まだ若い方だとは思うが、こんな地位についている。貴女も知っての通り、誰かから恨みを買うことだって多い。いつ死ぬかもわからない。そんな俺の隣に立つ女性には、余計な重荷を背負わせてしまうことになるのは重々承知だ。だから、今から伝える言葉を断りたいと思うのなら、断ってもらっても構わない」
軍靴をつかつかと鳴らして、こちらに向かってきた彼は、そっとラフィーネの白金にも見える金の髪をひと房掴んできた。
「月光姫ラフィーネ・アモル様」
停戦協定の場を思い出した。
だけど、あの時とは異なる心臓の高鳴りを覚える。
「ロクス王国の……いいや、俺の望みは……」
アモルに単騎で乗り込む前に練習したという台詞。
「俺は、ラフィーネ姫を……」
シンと静まり返った場で、彼の艶めいた声音が響く。
「…………愛」
やはりというべきか、彼の声が小さくなった。
今回は優しく見守ることにする。
「……愛……」
なかなか次の言葉が出てこない。
周囲の者たちも固唾を呑んで見守っている。
私は痺れを切らしかけたが……
(待つのも大事ね……)
「愛……」
彼の声が震えてきて、シヴァ女王陛下が笑いをこらえているように見えるが気のせいだろう。
そうして……イクシオンは真剣な眼差しで告げてくる。
「俺は……ラフィーネ姫を愛しています」
私はしばらくの間、彼のことをじっと見つめた。
「シオン、それだけですか?」
すると、イクシオンはたじろぐ。
「ええっと、どのぐらい愛しているかと言えば……ものすごく」
私はじっと見つめ続ける。
「程度の話ですか? それ以外は?」
「……俺以上にラフィのことを愛している男はいないと断言できます!」
さらに彼をじっと見つめる。
「ええっと……」
緊張して台詞が飛んだのだろうか?
イクシオンはたじろいでいた。
私はくすくす笑いながら返す。
「愛していると言われて、とても嬉しいですが、それは気持ちですから……何を断れば良いのかが分かりません」
すると、イクシオンは合点がいったのか、慌てた様子で叫んだ。
「……ぜひ! 俺の妻になってくださいませんか!?」
私は彼をじっと見つめたまま、しばらく返さないでみる。
すると、イクシオンがぶつぶつ何か呟きはじめた。
「え? 心と体は別ですか? 俺は遊ばれた? やっぱり、月の女神に二回童貞を奪われただけなのか? 竜になった時に愛してるって言われた気がしたけど、気のせいだったのか……?」
他国も恐れる将軍のはずなのに、彼は少しだけ泣きそうなポムウルフに見える。
周囲もはらはらしながら我々のことを見守っているのが分かった。
「シオン」
私が一歩近づくと、彼がびくりと身体を震わせた。
「いつ死ぬのか分からないような殿方のことを、私はあまり好みません」
ラフィーネは上目遣いでイクシオンのことを見上げる。
「そうですよね、いつ死ぬのか分からないような男は好きじゃないですよね……」
イクシオンの顔がぐしゃりと歪んでいく。
私はまた一歩距離を詰める。
「だから、シオンにお願いがあります」
「ふ、振られた身ですが、貴女様のお願いなら何でも聞きます……」
もうイクシオンの中では、私から振られたことになっているようだ。
私はそっと彼の頬を両手で包み込んだ。
「え? あの、ラフィ……そんなに近いと勘違いして……」
私は蕩けるような笑みを浮かべる。
「シオン、貴方の隣に立てるのは私ぐらいしかいないと思いますよ」
「え? え? どういう意味か、全然分からな……」
当惑している彼に私はそっと口づけた。
イクシオンの頬は一気に紅潮していく。
「私は……私の隣に立ってくれないような殿方に、こんな風に近付いたり、わざわざ命をかけてまで純潔を捧げたりはしません」
だがしかし、将軍は混乱しているようだ。
「え? え? それは……つまるところ、どういう意味でしょう……だって、今、好まないって……」
イクシオンの隣に控えているシヴァ女王陛下がイラついている。
リンダも呆れた様子だし、騎士達もため息をついている。
アモルの兄王は「イクシオンは他は完璧だけど、昔からラフィーネにだけはこうだよね。停戦協定の場でもやらかしたなって思ってたよ」とポツリと呟いた。
端にたたずむボードウィン卿だけが無表情だ。
イクシオンに向きなおって、私は告げる。
「お願いは……私のために無理をしないこと。そしてどうか、私の夫になって、一緒に長く生きてください、シオン」
しばらくイクシオンから反応がなかった。
だが、じわじわと私の話の内容を理解してきたようだ。
「もちろんです……! ラフィ!」
嬉しそうに胸に飛び込んできたラフィーネをイクシオンは力強く抱きしめた。
どこからか、手を叩く音が聴こえる。
次第に波が拡がっていく。
広間に拍手喝さいが鳴り響いた。
「そうだ、ラフィにこれを」
イクシオンの体から離れると、そっと手をとられる。
そうして……そっと薬指に何かが嵌められた。
ダイヤモンドの指輪だ。
「綺麗……そういえば、アモルの村で『準備している』と仰っていたものですね」
姫の黄金の瞳が潤んだ。
「はい。渡すのが遅くなってしまいました。ラフィ、改めて、愛しています……私の妻として一緒に生きてください。貴女を幸せに出来るように努力します。貴女がそばにいるだけで、俺はもう幸せだから」
「シオン、ありがとうございます」
イクシオンがラフィーネの体を抱き寄せた。
鳴りやまない拍手の中、二人はそっと口づけ合う。
多くの人々に見守られる中、臆病な将軍はようやっと愛妾を妻に迎え入れることが出来たのだった。
※※※
祝賀の後、晴れて婚約関係となった二人は屋敷に帰った。
寝室のベッドの上、イクシオンがそっと私の身体を横たえた。
「ラフィ……まだ完全に記憶は戻っていないが、貴女を愛している気持ちは本当だ」
「シオン……」
口づけを交わしながら、そっと薄手の夜着を脱がされていく。
まだ三度目だが、イクシオンはだいぶ手慣れてしまっていた。
(今にして思えば、元々器用だから、回を重ねればシオンはなんでも出来るのね……)
「ラフィ、愛している」
改めてイクシオンが告白してくる。
というよりも、一度「愛している」と告げることが出来た彼は――城の中から馬車の中――そうして現在に至るまで、壊れたからくり人形のように何度も愛を囁いてくるようになってしまっていた。
金の長い髪を手に取り、彼はそっと口づける。
「愛している。貴女の髪も、瞳も、頬も、唇も、身体も――」
そうして、告げた部位全てを彼の唇が這いはじめた。首筋から足先まで全て。
「――全てを愛している」
彼と身体を交えるのは、これが初めてではない。
なのに、愛していると言われるだけで、今までで一番、身体が気持ち良いと訴えてくるのはなぜだろうか。
全ての箇所を口づけられた頃には、息が上がってしまっていた。
彼の呼吸も心なしか早いのが分かる。
そうして、また彼と唇同士を貪り合った。
「ラフィの全てが愛おしい。何よりも貴女の心を愛しているが――」
「シオンっ……」
「……身体も何もかもを俺のものにしたい」
彼は羽織っていた衣服を脱ぎ捨てた。
逞しい体躯を見ていると、ラフィーネの心臓は落ち着かない。
源泉で多少は見たものの、改めて見ると緊張してしまう。
「ラフィ、俺には生涯貴女だけだ。愛している」
心臓がドキンと跳ねる。
「シオン、私もです……貴方だけを愛しています」
そっと彼の首に抱き着くと同時に、唇をまた重ね合う。
唇が離れると、甘い声が漏れ出る。
「ラフィ……愛してる」
呼吸を整えた彼が、耳元で囁いてくる。
「愛妾にしてしまったことは本当に申し訳ありませんでした。だから、その分、これから毎日愛を伝え続けますので、覚悟してくださいね」
「はい、楽しみにしていますね、シオン。だけど、どうやってですか?」
彼は少年のような極上の笑みを浮かべた。
「もちろん、言葉だけじゃなく身体で――愛しています、ラフィ、俺の最愛の女神……」
そうして口づけて来た彼は――言葉だけではなく、ちゃんと態度で愛を毎日示してくるようになり、私が「眠れません!」と怒りだすのに、そう時間はかからなかったのだった。
※※※
大陸の北にある国々はかつて分裂と統合を繰り返していた。
そんな無数にあった国々を帝国としてまとめ上げたのが、ロクス帝国の初代皇帝の父となる将軍イクシオン・ロクス。紫の焔を操り、凍焔将軍の二つ名を持つ彼は、類い稀なる魔法と剣の腕前で他国を次々と征していく。彼一人による圧倒的戦力により、戦う前に彼にひれ伏す国々が多かったと言われ、戦時による人口減少が少なかったのもひとえに彼の功績の一つだろう。
イクシオン・ロクスの妻である月光姫ラフィーネ・アモルは、魔力の衰退を見越し、以降、医学や薬学の発展に寄与し、ロクス帝国の地位を盤石にした人物としても知られている。
晩年のイクシオン将軍は息子に治世を託し、妻ラフィーネの生地アモルで余生を過ごしたとされている。
その後、ロクス帝国はアモルに首都を移し、彼らの住んだ場所は聖地となり神殿が立てられ、鎮護の竜がそこに住まうようになったという。
彼の生存時期には、月の女神を背に乗せた紫色の竜が空を舞っていたと言われている。それが、後世の者達が残した伝承だったのか真実だったのかは分かっていない。だが、二人の結婚指輪や出征時の手紙のやりとりなどが残っており、非常に仲睦まじい夫婦だったことはしっかりと後世に語り継がれている。
彼らが新婚時に向かったアルパイン山の泉源は、平和な時代になった折には、帝国国民の新婚旅行先として定番になったということだ。
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