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第20話 敵国将軍は、童貞を捨てます! イクシオンside


 時間は少しだけ遡る。

 城のお茶会に参加していたラフィーネをイクシオンが迎えに行く前の話だ。

 イクシオンは王弟であり、現時点で王位継承第一位に当たる。将軍職でもあるため、誕生日となれば、それなりに大規模な祝賀が開かれる。部下に当たる騎士たち以外にも、大臣達や貴族達から、こぞって祝いの言葉を述べられるのだ。

 その場を借りて、うっかり愛妾にしてしまったラフィーネに対し、色々とやり直したいと考えた。

 そのため、騎士達を巻き込んで、数日前からとある準備を進めているのだが……


 準備をしていたある時、騎士達から「初体験はどうでしたか?」と鎌をかけられたイクシオンは、「まだ姫様に手を出すようなことは……」とうっかり真面目に途中まで答えてしまったことがあった。

 それ以来、なぜか騎士たちがイクシオンに対して色々と助言(?)をするようになっていたのだ。


「休暇中に温泉行ったそうですけど、いったい何やってたんですか?」

「将軍、初めてだと、どこにナニ挿れていいのか分からなくなるから、娼館行ってた方が良いですよ」

「恥ずかしながら、儂は初めては勃たなかった」

「それは大丈夫だったけど、すぐ出た」

「愛妾とかいってカッコつけるから……」

「妾とか響きは厭らしいのに、イクシオン様じゃあなぁ。オレが同じ立場なら……」

「でも、顔は良いから、うまそうに見えて得だよな」

「ギャップでがっかりされれば良いのに」


 好き放題喋る彼らに対し、イクシオンは抗議した。


「なんで、てめぇらの中で、俺が童貞みたいな扱いになってるんだよ!! 俺だって、夜は姫様と一緒の部屋で寝てるんだからな!!」


 騎士達は、はたと止まる。

 「同じ部屋にいるのに手を出してないのか……」「そこを主張したがるところが、ほら……」「俺は童貞とは言ってないよ、ラフィーネ姫とはまだだって話したつもりなんだけど」「わりと本人も気にしてるんだって」……等々、今度はひそひそ話がはじまった。


 ――経験人数がどうとか、イクシオンは彼らに知らせたつもりは全くなかった。

 男所帯の騎士達の間だと、女性経験があると一人前とみなされる風潮のようなものが蔓延しているので、将軍である彼は黙っていたのに……


 戦慄くイクシオンに対し、入軍したばかりの騎士が嬉々として話しはじめる。


「え、だって、有名な話ですよね? 数年前、心配した副官が、将軍を娼館に連れて行ったけど――むぐっ……」


 そこで彼は、年をとった騎士に口を閉ざされた。

 別の老騎士が、イクシオンに声をかける。


「イクシオン将軍、女王陛下からお話があるそうですじゃ。あとの稽古は適当に儂らで見ておきますゆえ……そうそう、将軍、姫様はきっと初めてじゃろうから、大事にしてあげてください。それじゃあ、行ってらっしゃい」


「ああ、分かった」


 ひとまず、その場は落ち着いて、イクシオンはラフィーネを茶会に迎えに行き、副魔術師長の話を聞くことになったのだった。




※※※




 浮足立った様子で、恋しい愛妾を迎えに行く上司の姿を見ながら、老騎士は若輩の騎士へと告げる。


「新入り、今の娼館のくだりの話は、将軍本人は知らないんじゃよ」


「え? そうなんですか?」


 老騎士は続けた。


「心配した副官が将軍を娼館に連れて行ったんじゃが……酒に弱い将軍がべろんべろんに酔って、娼婦たちに囲まれた時に『初めてはラフィが良いんです!!』って泣き叫んでいたじゃなんて、儂たちの間じゃあ有名な話じゃが……本人は覚えてないんじゃよ、そっとしておいてやりなさい」


「飲み過ぎてたのかぁ」


 壮年の騎士が話を引き継ぐ。


「それに、本人は女慣れしているのは否定しているが、女性経験はあるように見せかけているから……まあ、嘘はつかずに見栄をはって、それ風に振舞っているだけだがな……本人が困るだけだが、まあ、他人に迷惑をかける類のものじゃないし、見守ってやろうじゃないか」


 そんな話を部下からされていただなんて、駆けるイクシオン本人は気づいていなかったのだった。




※※※


 


 そうして、迎えた夜。


(あいつらの話を真面目に聞いておくべきだったか……)


 イクシオンは、適当にあしらったことを、やや後悔していた。


(だが、これまでも、ちゃんと場所は分かっていたし、ラフィも満足そうだったし……)


 今までだって何度か、ラフィーネ姫の身体に触れてきた彼だったが――いよいよ結ばれる段階になったら、緊張で心臓の音がおかしくなっていた。


(ラフィーネとついに……)


 組み敷いた女性の姿を見やる。

 透けるような白い肌に、白金にも見える金の艶やかな髪。

 どちらかというと美人だが、まだあどけなさが残る愛らしい顔立ち。

 神秘的な黄金の瞳に、アーモンド形をした桜色の唇。


(本当に綺麗だ……)


 ついつい見惚れてしまう彼女に対して、イクシオンが伝えることが出来たのは一言だけだった。



「ラフィ……精一杯、貴女を大事にしますから」



 自分自身の返答を、彼は情けなく思った。

 すると、頬を薔薇色に上気させた姫が答える。


「お願い……致します、シオン……」


 彼女のことを見ていると、異常なほどに喉が渇いた。

 手に取って口づけた髪から、湯上りの良い香りがする。


「最初の夜は口づけてほしいと、仰っていましたよね」


「はい、そうです」


 恥じらう彼女の望み通り、たっぷり口づけを施すことにした。

 唇同士を交わし合うだけで、互いの息遣いが荒くなっていく。

 しゅるりと夜着を脱がせながら、唇で彼女の柔肌の上を這っていった。

 今日のことを予見していたかのように、脱がせやすい服を着てくれている。そのおかげで、裸にするのに手間取ることはなかった。

 下着まで全て剥ぎ取ると、なだらかな乳房、くびれた腰に桃尻、華奢な手脚が顕わになった。

 瑞々しい肌は、ランプの灯りにてらてらと艶めかしく照らされている。


「あ……そんなに見ないでください……」


 全身をほんのりと紅く色づかせ、恥ずかしがるラフィーネ姫は、ひどく綺麗で神々しい。


「すみません、つい、ずっと見てしまって……とても綺麗で、今から貴方が俺のものになるのだと思ったら……その……今この瞬間、この世に俺以上に幸せな男はいないと断言できる」


「そんな……大げさです……」


 これまでは半端にドレスを着た状態か、裸でも湯の中だったりして、まじまじと見たことがなかったのだ。

 喉から飛び出してきそうな心臓を落ち着かせながら、彼女の全身に口づけを落としはじめる。

 肌に触れるたびに聴こえる甘い声が、イクシオンの脳天を痺れさせてきて、どうしようもなく落ち着かない。

 ひとしきり口づけていると、潤んだ瞳でラフィーネ姫がイクシオンの顔を覗き込んでくる。


「シオンは服を着たままなのですか? 私だけ、裸で……」


 羽織っていたシャツの前釦は全て開けたが、脱いではいなかった。


「ああ……ちょっと腕の竜化が進んでいるので、見せたくないかなと」


「私は構いませんが、貴方が嫌なら仕方がありませんね……シオンは服を着たままで熱くはないのですか? 私だけ?」


 ――あ、今の上目遣いは危なかった。


「大丈夫、暑いけれど鍛えているので――今度、治った時にでも……見たかったら見せます」


「無理には見なくてよいのですが……」


(別に俺の鍛えた身体には興味がないようだ……)


 すると、彼女ますます朱に染めながら告げてくる。


「実は、この間の温泉で貴方が倒れている時に見ていまして……あの時は鱗はなかったので……子どもの頃と比べたら、すごく逞しく育っておられましたね……今度またぜひ見せてください」


 ――今の不意打ちで、危うく果てそうだった。


(今度! ラフィの中では俺との次がちゃんとある……!)


 そのまま昇天しそうな勢いだったが、なんとか堪える。


「姫様、良かったら、もう――」


 イクシオンは片手で、さらりとラフィーネの美しい金の髪を撫でる。

 彼女のしっとりと汗で濡れた肌は、満月の夜でもないのに仄かに甘い香りを発していた。

 ラフィーネ自身も体の様子に戸惑っているようだった。しばらく待つと、声を震わせながら告げてくる。


「シオン……どうか、続きを……お願いします。そうして、あの……」


「あの――?」


「……良ければ、その……一緒になる際に、口づけていてほしいのですが――難しいでしょうか?」


 感動しすぎて気を失った――錯覚に陥った。

 平素から鍛えていて良かったと(?)、彼はしみじみ思いながら返す。


「分かりました、貴女の願いなら何でも叶えて差し上げたいので努力します」


 すると……なぜかラフィーネ姫に怪訝な表情をされたので、イクシオンはびくついてしまった。


(な、なんだ、俺はおかしなことを言ったのか……?)


 胸の中に焦りが生じてくる。

 せっかくここまでラフィーネが乗り気になってくれているのに、今回もダメになってしまうのかと――。


(落ち着け、まだダメだと決まったわけじゃない。冷静になるんだ。いつも師匠が言っていただろう、「いつでも場所を戦場だと思え」と)


 内心相当な焦燥感に見舞われていたが、イクシオンは努めて冷静に返した。

 彼女の髪に触れる指先が震えたが、気づかれていないはずだ。


「どうしましたか、ラフィーネ姫様」


 ふいっと彼女は視線を逸らす。


「シオンは、他の恋人だった女性にも同じことを言ってきたのでしょう?」


「え?」


 予想外の問いかけに、間の抜けた声が出てきた。


「姫様、何か誤解して……」


 だが、ちらりと見たラフィーネの黄金の瞳にみるみる涙が溜まっていく。


(どういうことだか、さっぱりわからないけれど……まずい気がする……)


 イクシオンの背中を冷汗が流れていく。

 そもそも、こんな状況になった女性が、ラフィーネただ一人なのだ。


「幼い頃はずっと一緒だったのに、シオンだけ先に大人になってしまったのだなと、寂しくなってしまって……」


 もしかしなくても……


(俺が女性遊びをするような不真面目な男性ではなかったけれど、手慣れていることは否定しなかったので、過去に恋人がいたのだろうと、ラフィは思い込んでいる?)


 ヤキモチを妬かれているのかと思うと嬉しい反面、泣いているということは傷付いているということで……恰好ばかりつけてきた自身の振る舞いを反省せざるを得ない。


(他の女性達とラフィーの感性を、同じ扱いした俺が悪い)


 その時、彼女が思わぬことを口にしはじめる。


「母が妾だったこともあり、子どもの頃、お互いにお互いしか知らない男性と生涯を共にできればと夢に見てきていました。見知らぬ男に嫁ぐ女性も多いのだから、贅沢なのでしょうけれど……」


 ラフィーネは伏し目がちになりながら続ける。


「小さい頃にもしも結ばれたらと夢見ていたイクシオンとせっかくこうなれたのに、私だけが初めてではないのが寂しいだけなのです。どうしようもないことなのに、ごめんなさい」


 イクシオンに衝撃が走った。

 

(今、ラフィは何て言った?)


 聞き間違いではなかったはずだ。


「姫様、今、小さい頃に俺と結ばれたらって……」


 嬉しくなって聞き返すと、ラフィーネは恥じらいながら告げてきた。


「はい、昔はそう思っていました。決して、今の貴方に対してではないのですが……ごめんなさい、この期に及んでおかしなことを口走ってしまって」


 上げて落とされたような……?

 「今の貴方に対してではないのですが」――という言葉が、無駄に胸を刺してきたが……


 自分が格好つけずにしてさえいれば、彼女は自分におかしな誤解などせずに、最初から自分をまっすぐに見てくれたのかもしれないのに。


 イクシオンは、自分が蒔いた種とは言え……愕然とした。


(ここで言い方に失敗したら、ダメな気がしてきた……)


 今更怒られるかもしれないが、正直に告げさえすれば――彼女の幼い頃の願いは叶うのだ。

 本当のことを伝えて嫌われるのが怖い。

 だけど……

 イクシオンは、ひりつく喉で、なんとか答えた。


「ラフィ……俺にも貴女しかいない。昔も今も、これから先も……俺たちはお互いだけです」


 ラフィーネは目を丸くしていた。


「どういうことですか?」


「その言葉通りの意味で、その……カッコ悪いかなと、誤魔化してしまって……申し訳ございませんでした」


 イクシオンは素直に謝った。詳細な理由を告げるのは気が引けてだんまりになる。

 ラフィーネの黄金の瞳がしばらく揺れていたが、何か察したのか、嬉しそうにふんわりと笑いかけてくる。


「……そうだったんですね」


 まるで聖女のような穏やかで愛らしい笑顔だ。


(怒られなかった……! しかも可愛い……!)


 喜ぶラフィーネに、イクシオンは再びチュッと口づける。

 逸る気持ちを落ち着けながら、彼女に告げた。



「ラフィーネ姫、これから先も貴女だけを大事にしますから……」



「……はい」


 そうして、イクシオンとラフィーネの影がゆっくりと重なり合ったのだった。




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