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第19話 敵国将軍に、純潔を捧げます!


 王城の玉座の間に呼び出され、私とイクシオンはシヴァ女王に挨拶を済ませた。

 その後、客間に向かうと、魔術考古学である副魔術師長から内々に話を聞くことになったのだが、あまりにも壮大な話だった。

 眼鏡をかけた人の良さそうな青年が、魔術考古学および魔術史学の権威であり、数人いる副魔術長のうちの一人だという。少しだけ緑がかった髪の持ち主である。年若い副魔術師長は、イクシオンと私に向かって問いかけてくる。


「将軍、姫様。魔術を使える者達が、古の神の末裔だという話はご存じでしょうか?」


「ああ、まあ一応はそう習うな。おっかない聖教皇もそれを推してきてるし」


「学問としては、同じくそのように教わりますね。『神の血を継ぐ者、その身に力を宿したまま、人の世に顕現せん』と大陸共通の魔術大全の初めにも書かれてありますし」


 我々の意見を聞いた後、副魔術師長は話を引き継いだ。


「さすが姫様、序文を覚えておいでですか。魔術の講義でも何度か音読させられますものねぇ」


 彼は続ける。


「考古学やら、神話を含む史学やらについて調べておきながら、こういうのもなんですが……さすがに僕も迷信だと思っていたのですよ。イクシオン殿下のお身体の話を聞いて以来、あながちそうでもないのかと思うようになったんですねぇ。だから、ここにいる三人とも神の末裔。ひとまず、その前提で、解読個所についての話を聞いていただければと」

 

 眼鏡の縁を上げ直しながら、副魔術師長は続ける。


「どういう理由や理屈かの解析が出来ていないので分かりませんが、古文書を解読して分かったことは、神の末裔の中に、イクシオン将軍のように『竜に覚醒する者』が出現するようです。竜って言うのは伝承でよく聞く、異形の怪物ですよ、もちろん」


 研究者らしく、目を爛爛と輝かせながら彼は話す。


「いやぁ、まさか、そういうカラクリだなんて思わないですよね、魔獣みたいに竜単体で生息しているわけじゃなくて、人の姿をした神の末裔が変身した姿が『竜』だなんて」


 ――神の末裔の中が、どういう理由か変貌を遂げた姿が『竜』。

 イクシオンが竜の赤ん坊になるところを実際にこの目で見たのだから、竜がいてもおかしくはないのだろう。


「割合としてはかなり低いようですが、どうもこの古文書に書かれている頃には、空を飛び交っていることもあったそうです。性別としては大半が男、稀に女も竜になる、と」


 話は続く。


「『竜に覚醒する者』は、人の姿になったり、竜の姿をとったりするそうで……新月になると、人としての魔力が薄れ、竜の姿になるそうです。どうもこの時期に竜にならないようにするのは難しいようなので、将軍も新月の日に竜になることについては諦めた方がよろしいかと」


 わりと軽い調子で言われてしまった。


「まあ、本題はここからですが――『竜に覚醒する者』には、動物でいうところの番みたいな存在がいるそうなんですよねぇ」


「番?」

「番ですか?」


 イクシオンと私は同時に声を上げる。

 副魔術師長が続けた。


「国によりますが、『贄』と言ったりすることもあるそうです。物騒な言い回しですが、よく伝承なんかでもありますよねぇ、巨大な怪物に処女の女の人を捧げる類の話。あれに近い感じのニュアンスで書かれていますね」


 話は続いた。


「で、この『番』に当たる人物は、『竜に覚醒する者』の『エネルギー』そのものにもなるし、竜になったり戻ったりするための『触媒』たりうる存在らしいです。この点から見ても、いわゆるイクシオン将軍の『番』に当たる方が――」


 副魔術師長はにこにこと笑顔のまま、私の方を見て来た。



「――シオンの番が、私、ということですか?」



「ご名答」


 副魔術師が満面の笑みで即答してくる。

 イクシオンの表情をちらりと見たが、何を考えているのか伺い知ることは出来なかった。


「『竜に覚醒する者』は『番』を見ると、血が騒いだりして本能的に分かるそうなので、将軍はもしかしたら最初からわかっていたのかもしれませんねぇ。まあ、それで、いわゆる覚醒のタイミングが、『番』の女性が成熟しはじめた頃のようでしてねぇ」


 そこでイクシオンが、一瞬だけ顔をしかめた後、はあっとため息をつく。


(……シオン、苦しそう?)


 私の心配を尻目に、イクシオンが返事をする。


「アモルにいた頃から、少しずつだが体質の変化が起きてはいたんだ。だが、それがはっきりわかってきたのは、ここ数年で……その古文書に書いてあることと、大きな矛盾はないとは思う。それで、新月の日は諦めるとして、それ以外の日にも鱗に浸食されているのが、俺としては気になっている」


 副魔術師長は答えた。


「そうですね、今回の本題に近い部分だ。つまるところ……」


 私は彼の発言を固唾を呑んで見守った。

 副魔術師長の立てた仮説は正しかったということだろう。

 番の話に、月の満ち欠けの要素と竜の要因が絡まって、複雑に見えただけなのかもしれない。


「未熟な『竜に覚醒する者』と純潔の『番』が結ばれて、直接的に力の交換が出きれば、不完全な力が安定して、大半を人間で過ごせるようです。ただし、結ばれないまま長時間過ごしたり、番が別の誰かに純潔を捧げたりすると、人である番からの力は得られなかったとみなされ、化け物の竜の姿で一生を過ごさないといけないようですよ」


 つまり、私が純潔を捧げれば、イクシオンの体質の問題は解決する。

 そうでなければ、人としてはもう生きられない。


「現在、イクシオン将軍の竜化の進行は加速の一途をたどっている。いつ竜になるかも分からないから、急いだほうが良いかもしれませんね。僕の見解では、次の新月までが期限かなと。一応、報告はここまでです」


 結論としては、イクシオンと私がいち早く結ばれれば良いということだろう。


「――番となる姫に関しての記述は破損していて、書いてないのは残念ですねぇ」


 副魔術師長は我々に挨拶をしてきた後、部屋から立ち去っていったのだった。




※※※




 夜、食事と湯浴みをすませて、私は寝室へと戻った。

 副魔術師長が立ち去った後から、イクシオンはずっと考え事をしている。


(結局、竜になること自体を避けられるわけではないようだった。シオンは、それが嫌なのかもしれない……)


 これから先ずっと、人の身体と竜の身体を行ったり来たりするのだ。ある意味、症状が完治しない慢性疾患を告知されたに等しい。普段は明るいイクシオンだが、特異体質になってしまったことを思えば、落ち込んだとしても無理からぬことだ。

 黙っているイクシオンの隣に、私が腰かけると、ベッドがぎしりと鳴った。そうして、彼の二の腕にそっと手を添える。彼がびくりと反応したので、ちょっとだけ驚いてしまう。


「シオン、新月に竜になるのは避けられないので残念でしたが……また竜の赤ん坊になるようだったら、新月の夜は私が貴方のお世話をしますので、ご安心ください」


 すると、ロクスの将軍は勢いよくこちらを振り向いてきた。

 切れ長の眼を真ん丸に見開き、唇を戦慄かせながら、こちらを見てきている。


「……どうしましたか?」


 ショックが大きすぎるのだろうか?

 だがしかし、イクシオンはぱあっと花でも咲いたかのように明るい表情になった。


「いいえ。新月の度に竜になるのは嫌だなと思っていましたが……夢のような日々になりそうだなと」


「は、はあ……」


 想像以上に竜化について前向きなようだった。

 私はそっと伏し目がちになりながら続ける。


「……以前も話しましたが、妾になった段階で覚悟は出来ているので、その……貴方の完全なる竜化を避けられるというのでしたら……」


 ――純潔をどうぞ。

 自分からは言い難かったので口を噤んだが、イクシオンは意図を察したようだ。

 少年のような笑みを浮かべ……というよりも、へらへらして見える。


(なぜでしょう……喜ばれているのは分かるのだけど、気持ちが悪いのは……)


 うっかり白けた目を向けてしまった。

 私の刺さるような視線に気づかないイクシオンが、はしゃいだ調子で話しはじめる。


「副魔術師長が仰っていたように、わりと進行が速いので、姫様が嫌じゃないなら、早めに手を打っていただけたら嬉しく思いましてっ! だけど、そのっ、来月、俺の誕生日があるんですけど、とある準備をしているのでっ……! せっかくここまで耐えたので、初夜はそれから後でも良いでしょうか?」


 ――準備とは何だろう?


「その……何を準備なさっているのか知りませんが、そんな悠長にしている時間はないのではないでしょうか? 来月だと、次の新月はもう過ぎた後です。このまま私と結ばれなければ、下手をしたら、次の誕生日以降はずっと竜の姿のままの可能性もありますよ」


 私に諭されてしまい、彼の勢いはみるみる萎れていく。

 しばらく経つと、ポツポツと口を開きはじめた。


「でも……できれば、俺はちゃんとやり直したいんです……もしかしたら、来月まで待っても、竜になってないかもしれないじゃないですか……」


「問題の先延ばしでは?」


「でも、俺が竜の姿になっても、姫様が世話をしてくれるんですよね!?」


「え? はあ、まあ、そのつもりですが……竜の姿のまま、どのように軍を動かすおつもりなのですか? 確かリンダさんのようには会話が出来ない状態でしたよね? そもそも竜に怯えて、皆、指揮に逆らってしまうかも……」


「その時は、別のやつに将軍職を任せて、俺は姫様とずっと一緒に……」


 イクシオンの言葉を私はぴしゃりと跳ねのけた。


「私は自分の職責を放棄するような殿方は好きではありません。そもそもご自身の身体のこと以上に、大事な準備とはいったい何なのですか?」


 イクシオンが消え入りそうになりながら、ぶつぶつ口にする。


「……それは、その、姫様にだけは言えなくって……」


 ――私にだけは言えない。


 わりと距離は縮まってきたと思っていたし、彼との信頼関係もだいぶ取り戻してきている。何より……


(シオンに少なからず好かれていると思っていたけれど……)


 やはり気のせいだったようだ。


「そうですか、わかりました。では、どうぞご自由になさってください」


 なんだか胸の内が落ち着かなくて、私はその場に立ち上がる。


「姫様、なんで急に機嫌が悪く……?」


 彼の狼狽える声が聴こえたが、胸はざわついたままだ。

 じわりと目頭が熱くなってきて、唇が戦慄いてうまく説明することが出来ない。


「今日は、私は隣の続き間のソファででも眠りますのでご心配なく……!」


 そうして、その場を逃げ出そうとしたのだが――イクシオンの大きな手が、私の片手首を掴んでくる。


「離してください!」


「離しません。機嫌が悪くなったなんて言って申し訳ありませんでした。だけど、貴女が泣きそうになっているのに気付けないのは、もう嫌なんです」


「――っ」


 私は無理矢理振り向かされたかと思うと、彼の両腕の中に抱きしめられてしまう。


「泣きそうなんかでは……!」


 彼の腕の力がぎゅっと強くなって抜け出すことが出来ない。


「私は……貴方の身体が大変な時なのに、貴方に信頼されていないのかもしれないと、愚かな考えを抱いてしまって……」


 すると、彼の節だった指が私の頬を伝う涙を拭ってくる。


「また俺は、言い方を間違えてしまったみたいだ」


 私は彼の顔を見上げる。

 赤紫色の瞳と真っすぐに出会う。

 そうして……

 イクシオンが意を決したように告げてくる。



「姫様だけに言えないと言ったのは、伝える相手が貴女だからです」



 はっとして、彼の顔をまじまじと見つめた。

 赤紫色の瞳の中の光がゆらゆらと揺らいでいる。



「言い方を間違ったのとは違うのか……本当は、アモルに乗り込んだ時に言わないといけなかったのに、俺に意気地がなかったせいで……だから、ちゃんとした場を借りて、今度こそ逃げずに言おうと思っていたのですが……」


 

 ――アモルに乗り込んだ時に。


 イクシオンが決死の覚悟を決めた様子で口を開く。



「こんなくだらないことで貴方の機嫌を損ねるぐらいなら、今告げた方がマシです。俺はラフィーネ姫のことを愛……」



 私はそっと人差し指を彼の唇にあてがった。

 もう片方の手を、彼の腕に添える。


「……っ」


 案の定、イクシオンは眉をひそめた。


「シオンにとっては……自身の身体の苦しみに耐えてでも、その時に告げたいことなのですか?」


「姫様、気づいて……」


 おそらく彼の腕は鱗に寝食されてしまっている。しかも、かなりの激痛を伴っているはずだ。

 時折辛そうにしていたし、おそらく魔力の交換がいよいよ追いつかなくなってきているのだろう。


「できれば、そうしたいですが、姫様に嫌われたくはなくて……」


「シオンは、妾だろうが恋人だろうが妻だろうが、ただ一人の女性がそばにいればそれで良いのですか?」


 イクシオンの真剣な眼差しに射抜かれる。



「もちろん、俺はたった一人の女性がそばにいれば、それで良い。そうして、そばにいてくれるのが貴女なら……俺はもうそれで充分です」



 彼の言葉が胸に響く。

 まるで春の風が吹いてきたかのような錯覚に陥ってしまう。

 私の頬を温かな涙が伝った。


(もう、ほとんど、彼が何を言い直したいのか分かってしまった気がする……)


 私はそっと彼の頬に両手を添える。


「伝えていただくのは、貴方の誕生日で構いませんから」


「いや、でも、それだと俺としては、順番が良くないのかなと思ったり……女性にとっては、純潔は特別だと言うし……それに、俺は貴女の体も欲しいけれど、何よりも心が……」


 ――心。


(シオンは私の心を……)


 胸のざわつきはどこかに行って、心地よい高鳴りに変わっていた。


「あと、俺の体質が改善してしまったら、姫様は俺のそばから離れるんじゃないかって……」


 今更ながら、私がどこかにいくのに怯えているイクシオンが、なんだかおかしかった。

 背伸びをして、そっと彼の唇に自身のそれを重ねてから離れる。 

 イクシオンの昔から変わらない真っすぐな瞳を見ると、ひどく幸せな気持ちになるのはどうしてだろう。


「先日、貴方に相談してから決めると言ったはずです。それと、気持ちだけでも、もう十分ですが……」


「姫様……」


「言葉で伝えられないというのなら……その分、態度や行動で示して……くだされば……良いですから」


 こんな時でも可愛くない言い方しか出来ない自分が嫌になる。

 だけど、私と結ばれることで彼の役に立てるのは、なんて幸せなことだろうか。


「姫様……ラフィーネ……」


 名を呼ばれると口付けられた。

 彼の大きな手で後頭部を引き寄せられ、息も漏れない程に深い口づけを、角度を変えて何度も繰り返す。

 互いの息遣いがだんだん荒くなり、熱を帯びていった。

 ひとしきり口付けを交わした後、熱っぽく告げられる。


「ラフィ……精一杯、貴女を大事にしますから」


 彼に抱きかかえられ、ベッドに戻った。

 そうして、私の身体の上に彼の身体がゆっくりと重なってきたのだった。




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