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第17話 敵国将軍は、温泉で愛を叫ぶ



 アルパイン山の東側の中腹にある温泉。

 時折、周囲に湯煙がくゆる。

 私は裸で湯の中に浸かっていることも忘れ、目の前に立つ幼馴染イクシオンの姿をまっすぐに見つめた。

 ロクス一族が追放されるきっかけとなった出来事を、私はずっと負い目に感じていた。

 そんなことは気にしていないと彼は言ってくれているが……


(あの事件が契機になったことに間違いはなくって……だからこそ、イクシオンから妻ではなく愛妾にされたとしても、おかしくはないと思っていたのに)


 だけど、どうしても彼の態度に矛盾を感じていた。

 挙句、当時の姿をしたイクシオンから、「貴方が苦しむ必要などない」と言われ、私は複雑な気持ちだ。


(イクシオンは、妻がいれば愛妾は要らないと言っていた)


 旅の道中、イクシオンの師であるボードウィン卿と盟友である魔獣リンダから話を聞いた。

 聞く限りでは、イクシオンは女性に対して潔癖で真面目に接する人物のようだった。

 だからこそ、愛妾を置いた目的が分からなかったのだ。

 本当は妻にはしたくないけれど、幼馴染である姫を助けたいという思いがあった可能性だって考えた。

 けれど……どうしても自分の都合の良い期待を抱いてしまう。


(シオンは、もしかしたら私のことを……? そうだったとして、私はシオンのことをどう思っている……?)


 イクシオンの焔のような赤紫色の瞳に絡めとられて身動きがとれない。

 熱心に言葉を紡ぐ彼の唇を見ていると、どうしてだか無性に触れたくなった。


「だったら、まだ分からないままで良い。俺はラフィーネ姫のことを……」


 気づけば、私は両手で彼の両頬をそっと包んでいた。


「ラフィー?」


 発言を遮られたイクシオンの声に戸惑いが孕む。


「シオン……私は、どんな姿の貴方でも……」


 ……構わない。


 どうしてだか、そんな考えが頭に浮かんでしまって……


 次の瞬間、彼の唇を思わず奪ってしまっていた。


「……っ」


 触れ合う唇の柔らかさを感じていると、彼に背を抱き寄せられる。

 濡れた肌同士がしっとりと密着し合った。

 少年のものに戻っているが、胸板が充分に硬くて逞しい。

 吐息も漏らさぬほどに深い口づけへと移行する。


「んっ」


 イクシオンがはっとして、艶めかしい手の動きが止まった。


「ラフィ、悪い、俺はまた勝手に……」


「この前も言おうと思っていたのですが、貴方の愛妾になった段階で、このようなことは想定はしてあって……」


「だが、ラフィの意志に反することは……」


 頬が紅潮するのが自分でも分かる。


「私の意思に……反しては……いませんから…」


 すると、私の身体をイクシオンが抱きしめてきた。

 彼の髪から雫が落ちて、私の頬を濡らしてくる。


「ラフィ……俺にはお前しか……」


「シオンっ……」


 しばらく唇を重ね合わせていると、なんとなく彼の手の大きさと触れてくる剛直に違和感が出現しはじめた。

 うっすらと瞼を持ち上げると、目を瞑るイクシオンの顔が見える。

 そうして、思わず目を見張った。


「――っ……」


 彼自身も何かに気づいたようで、そっと唇が離れる。かと思えば、ばっと水面に映る自分自身の姿を確認した。


「俺は……元に、戻ってる……?」


 言葉通り、少年の姿をしたイクシオンは、本来の青年の出で立ちに戻っていたのだった。


「理屈は分からないが、戻れて良かった」


 心底安堵している彼の様子を見て、こちらもほっとする。


「シオン、良かった……」


 にっこりと微笑むと、抱きしめられる力が強くなった。


「ラフィ、あの、ちょっと俺が落ち着かなくて、その……」


 恥ずかしそうにイクシオンが呟いてきたので、察した私は慌てて口を開く。


「その件に関して、シオン、貴方に言っておかないといけないことがあります」

「ラフィー、うっかりまた順番を間違えかけたが、貴女に言いたいことがある――」


 二人の声が重なってしまった。


「ラフィから、どうぞ」


 先に言われ、おずおずと気持ちを口にする。


「……シオン……妾の立場のため、覚悟は決めていましたが、その……」


「なんでしょう?」


 改めて伝えると恥ずかしく感じてしまった。


「その……」


 視線を合わせることが出来ない。

 全身、まるで林檎のように真っ赤になりながら伝えた。



「初めては湯の中ではなく、ちゃんとしたベッドの上で、貴方にキスをたくさんしていただいた後に、しっかり抱きしめられたいのです」



 すると、目の前のイクシオンが硬直した。


(今のは、はしたなかったかもしれない……)


 私が少しだけ後悔していると……


「初めては、ちゃんとベッドの上、キスをたくさん、しっかり抱きしめられ……」


 イクシオンが反芻していた。


「シオン?」


 首を傾げながら、彼の顔を見上げた。


「ラフィー!」


「シオン……っ」

 

 勢い良く彼の頭が私に近づいてきて…… 

 そのまま私の腕の中に彼の身体がガクリと凭れ……意識を失ったのだった。




※※※




 結局、イクシオンが倒れた理由が、湯あたりだったのか何だったのか、原因ははっきりとしなかった。

 催眠から目覚めたリンダさんに手伝ってもらって、イクシオンの身体を湯から引き揚げ、近くにあった布で覆って、岩の上で意識が戻るまで待った。

 そうこうしていたら、イクシオンが目を覚ます。


「良かった、シオン、湯の中で倒れたのですよ」


「ラフィ、ちゃんと服着てる……」


 なぜか彼の第一声がそれだった。その後何やらぶつぶつと呟く。


「すみません、色々と刺激が強すぎて……」


「え?」


「ああ、いや、何でもないです! 忘れてください、姫様!」


 そんな我々のやり取りを見て、魔獣リンダさんがはあっとため息を吐く。


「やれやれ、何があったか知らないが、もう姫様を困らせるのではないぞ、イクシオン」


「はあ……分かってるよ、リンダ。そういえば、師匠は?」


「ボードウィン卿はなぜか不在だ。(わらわ)と共に見張りをしていたはずなのに」


 そんな中、裸に布一枚のイクシオンが、私の目の前で土下座をしてきた。


「竜から元の姿に戻るのに、魔力の塊である血液を吸えば良いのではないかと思っていて、実行したのですが……もしかしたらと思っていたのに試さずにしばらく過ごしてしまって、本当に申し訳ありませんでした!」


 あまりの勢いに私は目を真ん丸に見開いた。


「いいえ、その……実は、こっそり眠る赤ん坊のイクシオンの上顎に口づけて、生気を与えられないか試したのですが、ダメだったのです……そう、体液や血液を与えれば良かったのですね」


「貴女が自分からそれらを差し出すのは難しかったでしょうから、俺が試さないといけなかった。それなのに、全部俺が悪いんです!」


「いいえ、貴方は悪くありません」


 それからしばらくの間、「いいや、俺が悪いんです!」「いいえ、私が……!」と、同じことの応酬を繰り返した。

 すると、痺れを切らしたリンダさんが叫ぶ。


「ええい! 姫様はともかくイクシオン! 不毛なやり取りをするでない!!」


 イクシオンと私のどっちが悪い悪くない論争は、リンダさんの一喝でピタリと止んだ。

 イクシオンが不満を訴える。


「リンダ、なんで俺だけ怒られてるんだよ」


「お前がしっかりしていないからだ!」


「リンダの方こそ、不毛だ!」


「ええい、この黄金の毛が目に入らないのか、イクシオン!」


 今度はイクシオンとリンダが言い争いをはじめてしまった。

 その時、岩陰からゆらりとボードウィン卿が姿を現す。


「師匠!」


 イクシオンが目をキラキラと輝かせながら歓喜の声を上げる。


(人間同士の二人のやりとりを見るのは初めてだけど……)


 イクシオンのボードウィン卿へと向ける純真な眼差しを見るに、ものすごく慕っていることが伝わってきた。

 ボードウィン卿は無表情なままリンダへと視線を向ける。


「すまない、リンダ殿に二人を任せて、周囲の探索に向かっていた」


 黒髪青瞳のボードウィン卿は、ちらりとイクシオンへと振り向くと続ける。


「イクシオン、元に戻って何よりだ」


「師匠、旅の道中、ラフィーネ姫と俺のことを守ってくださり、本当にありがとうございました」


 イクシオンは爛爛と目を光らせながらボードウィン卿に謝礼を告げた。


(本当にボードウィン卿のことを慕っているのね……)


 今度、二人の出会いを聴いてみたいなと漠然と思った。

 ボードウィン卿が淡々と口にする。


「探索の結果、近くに小屋のようなものを見つけた。しばらく前まで住んでいる跡があったが……もうそこには残念ながら人の姿はなかった」


 心臓がドキドキと跳ねる。

 そこに、イクシオンの体質――というよりも竜に詳しい人物がいたのだろうか?


「誰もいなかったが、これみよがしに古文書のようなものが置いてあったので、拝借してきた。古文書を解析したら、何か分かるかもしれない」


 無表情のままボードウィン卿は答えた。彼の手には、古文書と思しきものがある。

 対照的に我々三人(?)――イクシオンと私とリンダさんの表情は、ぱあっと明るくなる。


「何か書いてあれば良いですが……だが、解決してしまうと、その……」


 どうしてだか複雑そうな顔をしたイクシオンに向かって、私は告げた。


「シオン、解決したとして、すぐすぐには貴方の元を離れません。ちゃんと、貴方と話し合ってから、出ていくかどうか決めますから」


 すると、イクシオンの表情に喜色が灯る。


「ラフィーネ姫!」


 私の口元が思わず綻んだ。


(良かった、シオンは嬉しそうだわ)


 喜ぶ我々を尻目に……ボードウィン卿がリンダさんに事情の補足をはじめた。


「眠るリンダ殿を置いていって悪かった」


「いいえ、お気になさらず。ちゃんと怪鳥はイクシオンが対峙していましたゆえ」


「そうだった。怪鳥をイクシオンが倒し、リンダ殿を岩陰に隠した後、二人が睦み合いはじめ……」


 ボードウィン卿はそこで口を噤んだ。


(……?)


 だが、私の視線が気になったのか、ボードウィン卿から返答があった。


「ああ、安心しろ。お前たちが睦あっている姿など……断じて見ていない」


「え?」

「え?」


 その発言は、どう聞いても「見ていた」ように聴こえるのだが……


「イクシオンが元の姿に戻るのを確認してから立ち去ってなど……断じて……していない」


 …………。


 だんだんと状況を把握してくる。


(それはつまるところ、卿は私たちのことをみ、み、み、見て……)


 私が戦慄いていると、イクシオンが喜々とした声を上げる。


「そうだ、ラフィー!」


「きゃっ!」


 羞恥で顔を真っ赤にしている私に向かって、なぜか満面の笑みを浮かべながらイクシオンが抱き着いてきた。

 もちろん裸のままだ。

 卿から見られていたという事実がただでさえ恥ずかしいのに、皆の前で抱きしめられてしまって、私の頭は沸騰寸前だ。

 わなわなと身体が震える。私は深呼吸をして叫んだ。


「人が見ているのに弁えない殿方は嫌いです!! 当分、接近は禁止です!!!!」

「いっそ皆の前で告は……」


 私は勢いよく彼の身体を弾き返す。


「さあ、皆様、帰りましょう!」


 裸のまま愕然としたイクシオンを置いて、私はさっさと下山を開始した。

 帰り道の間は……お触り禁止を貫いたのは言うまでもない。


 そうして――王都について古文書を解読したことで、彼の身体をどうにかするためには、私の身体が必要になるとは、この頃には思ってもみなかったのだ。




お読みくださってありがとうございました!

これにて第3章は終了です!

ブックマーク・★評価・いいね!などしてくださいましたら喜びます!

続きは明日までに投稿して完結予定です!

どうぞよろしくお願いします!

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