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第16話 敵国将軍は、少年になります! イクシオンside



 アルパイン山東側の中腹、魔獣の傷を治すとされる源泉――いわゆる温泉にて。

 竜の赤ん坊になってしまったイクシオンを治癒する手がかりを探さないといけないとラフィーネが思っていた矢先のこと。

 イクシオンは人間の姿に戻ることができたのだ――!

 ただし……少年の姿として。

 竜の赤ん坊になるぐらいなのだから、少年になった位、驚くべきではないのかもしれないが……

 ラフィーネの黄金の瞳が揺れ動く。


「シオン……?」


「どうして? せっかく人間に戻れたのに……ラフィーの血が足りなかったのか?」


 どちらかというとイクシオンの方が動揺していた。

 青年姿の艶のある声音に比べ、少々声が高い。

 声変わりの最中の頃――つまるところ、アモル王国を追放された頃の姿のようだ。


「その……シオン、とりあえずは人間に戻れたので……良かったです」


 目の前のラフィーネが頬を朱に染めながら、瞼を伏せる。長い白金色の睫毛がふるりと揺れた。

 冷たい外気にさらされた白い肌は、湯にしっとりと濡れて艶めかしい。浸からないように白金色の髪をまとめあげた彼女の項を一筋の雫が流れていくのが煽情的だった。


(落ち着け、まずはラフィに謝らないと)


 イクシオンは深呼吸をすると、ラフィーネの両肩に手を置く。

 いつも見慣れた自分の手よりも少しだけ小さい。

 動いた勢いで、とろりと気持ちの良い湯が、ちゃぷりと揺れる。


「ラフィー、俺はもしかしたら、人間に戻れる方法を知っていたかもしれないのに、貴女に嫌われるのが怖くて……ずっと、その方法を試さずに……本当に、俺は、ダメなやつで……!」


 自己弁護の言葉を熱弁しながら、ラフィーネを岩壁に追い詰める格好となってしまった。


「シオン、あの……説明はまた後程聞きますから」


 どんどん彼女の全身が紅潮していく。

 だが、それにも気づかずイクシオンは懺悔し続けた。

 敬語を使うのも忘れてしまっている。


「だが、今すぐ謝らないといけない。ラフィーを泣かせるなんて、思ってもみなくてっ……俺はなんて卑怯な男……」


「あの……」


 いつも強気なラフィーネにしては妙にしおらしい。

 

「ラフィ、どうし……」

「……当たってます」


 恥ずかしそうに、ラフィーネが桜色の唇を開いた。


「え?」


「その……貴方の、あの……」


 姫はためらっている。

 だが、頭に血が昇っているイクシオンは気づけない。

 そうして、彼女は戦慄きながら告げた。



「か、か……」



 そこでイクシオンはラフィーネがいわんとしていることを悟る。


(そうだ、俺は裸だった……!)


 なんの説得力もない謝罪をしたイクシオンは、一気に気が遠くなった。

 混乱していると……二人の入っている温泉へと魔獣リンダが駆けつけてくる。


「今の光はなんだ!? 姫様! ……イクシオン、その姿は……!?」


 説明をしようとイクシオンが口を開きかけたところ……

 甲高い叫びと羽音が耳に届いた。


「なんだ!?」


 皆が一斉に頭上を見ると、そこには巨大な怪鳥が一匹。

 リンダが二人に向かって叫ぶ。


「そこの人間二人に恨みがあると、あの魔獣は言っています!」


 イクシオンはラフィーネを背にかばった。


「ラフィーをロクス王国に連れて来た時の、あの鳥か!?」


「それにしては、あの時よりも大きく育っているような……?」


 すると、鳥は口を大きく開き、怪音波を発しはじめた。

 聞く者を不快にさせる高音に、三人とも耳を塞ぐ。

 リンダが呻く。


「すみませぬ、妾にこの音は眠く……」


 それだけ言い残すと、彼女はその場で眠りに就いた。

 怪鳥が鋭い嘴をこちに向けて宙を駆けてくる。


「――シオンっ……!」


 まだ少年のイクシオンを心配したラフィーネ姫の叫びが周囲に木霊する。

 だが……


「せっかく人間に戻って姫と喋ってるところなんだから、邪魔するな!」


 赤ん坊程の大きさはある嘴をイクシオンは掴んでいた。

 そのまま遠心力で投げ飛ばすと同時に、炎の魔術を放つ。

 焦げかけた鳥は慌てた様子でよろよろと逃げ去った。

 ものの数分あるかないかだったが、騒がしい場がまた静寂へと包み込まれる。


「シオン」


 名を呼ばれ、彼は姫の元に振り返り、ざばざばと湯の中を移動した。


「姫様、舞った火の粉が肌に当たったりはしていませんか?」


「ええ、それは大丈夫です」


 湯煙の中、少年姿のイクシオンがちらりと覗くと、リンダはまだ眠っているようだった。

 ここぞとばかりに、彼はラフィーネ姫を抱きしめる。


「姫様……ラフィー」


「シオン、まだ服を着ていないのでっ……」


 脱出しようとする彼女を逃すまいと、イクシオンは腕の力を強くした。

 少年に戻ってしまったが、華奢な姫のことを捕まえるのには十分だった。


「なぜ、こんな子ども時代の見た目に戻ってしまったのかは分からないし、もしかしたらこの姿で人生をやり直すはめになるのか……先行きが不安だが――貴女はこんな見た目の俺のそばにいるのは嫌だろうか?」


 つい切望するような声が出てしまった。


「そもそも最初から俺のことなんて好きじゃないのかもしれませんが、俺はずっと……今の姿よりも、もっと前からずっと貴方のことが……」

「そばにいるのが嫌だとか、そんなことはありません!!」


 二人の言葉が重なってしまう。

 ラフィーネ姫は瞳を揺らしながら返す。


「――貴方が竜の赤ん坊になった時に口にした言葉がずっと気になっていました」


「……っ」

 

『ラフィ、俺は結局、昔から何も変わらない。大事なことも言えない。もういっそ鱗に飲まれて獣にでもなった方がマシだ』


 イクシオンとしては忘れてほしかったが、どうやらラフィーネは覚えているようだった。


「私から見れば、貴方はだいぶ大人なったと思いますし……それに当時と変わらないからこそ、良いままのところだってたくさんあります。例えば、思い込みが激しいし短気なところもありますが、私も似たようなものですし……何よりそのおかげで、行動力は高いと思います」


 褒められているのか貶されているのか判然としなかったが、彼女の主張を黙って聞いた。


「それに、誤魔化したりしますし、肝心なことを黙ったりしますが……絶対に嘘はつきません」


「誤魔化し? 肝心なこと?」


「ええ」


 ラフィーネはこくりと頷いた。


「ポムウルフを渡している女性たちについてです。処分されそうになっているポムウルフを飼える家がないか尋ねてまわって、飼いたいと仰っている方に引き渡せるように手配していたのだと、リンダさんにうかがいました。私はてっきり、貴方が女性を口説き落とすための道具にポムウルフを使っているのだと、勝手に不快になっていました」


 イクシオンはぐっと言葉に詰まる。

 女性慣れしている異性がモテると騎士達が話していたから、ちょっとだけ見栄を張ったのは否定できない。


「そもそも旅の道中にボードウィン卿にもうかがいました。『イクシオンが女性に声をかけられている姿を見たことがあるが、誘いにのった姿を見たことはない。付き合いで騎士達と娼館に出向くこともあるそうだが、だいたい彼らが娼婦におかしな真似をしないかの目付をして、本人は近くの酒場で水を飲んで待っているそうだ。俺の知るイクシオンは明るいが真面目な男だが』と――私は噂を鵜呑みにしていましたが……昔の真面目なシオンなら、確かに、そんな風にしそうだと思って……」


 普段は寡黙な師匠ランベイル・ボードウィンが、ラフィーネに自分の話をしていたとは……


(酒場で水を飲んで待っている情報に関しては、余計だったと若干思わないでもないが)


 そうして、ラフィーネは続けた。


「それに、口下手ですが優しさを行動で示すところなど、最たるものかと思っています」


「ラフィ……」


 自分では短所だと思っていたが、彼女にとってはそうではなかった。

 一人で勝手に空回りしていたのだと思い知らされる。


「俺は、その……」


 つい、いつもの癖でまごついてしまった。


「これまでのシオンの行動を見るに、肉欲の対象だとは思われている。そう思っていましたが……どことなく、それだけだとは自分でも思えず……自分にとって、都合の良い解釈をしているのかもしれませんが……」


 ――肉欲の対象。

 子どもの頃からずっと愛してきた彼女の口から出てきた言葉に、イクシオンは衝撃を受ける。

 確かにこれまでの自分の言動を振り返るに、そうとしか思えないものがかなりあった。


(もしかしたらとは思っていたけれど……)


 直接、ラフィーネ本人から聞かされると、激しい後悔が胸を襲ってくる。

 自分の心を守るのに精一杯で、彼女が傷ついていることからは、目をそらし続けてきたのだ。


(やっぱり、俺なんかじゃあ、姫様には……)

 

 その時。


「やっぱり、私なんかでは、シオンには……」


 ラフィーネがそんなことを言いはじめた。


 ――私なんか。


「姫様、それを言うのは、俺の方で……」


 だが、彼女は首を横に振る。

 黄金の瞳からは涙が零れた。


「城にいた頃、満月の日にシオンがおかしくなったことがありましたね」


 忘れもしない。

 発情した獣のようになった自分は、少女時代のラフィーネにやってはならないことをしでかしたのだ。

 欲望のままに、彼女の肌を暴いた自分は許されるべきではないと、今でも思っている。

 だというのに、先日も情欲に負けてしまい、結果的に人でいることを放棄したいと考えてしまって、赤ん坊の竜になった。

 今にして思えば逃げだ。


「姫様、あの時は、本当に申し訳ありませんでした」


 ちょうど今の見た目位の年のことだ。

 あの時は謝ることが出来なかったが、今の自分はしっかり謝罪が出来た。

 だが、それに対してもラフィーネは首を横に振るではないか。


「いいえ、謝らなければならないのは自分の方なのです。あの一件、胸に秘めておこうと思っていたのに、たまたま肌に残った貴方の跡を兄に気づかれてしまい、医術士にかかることになってしまって……誰とは黙っていたのに、その件をかぎつけ、立ち聞きした宰相が調べ回って、ロクス一族を追い出す材料にしてしまったのです」


 イクシオンは瞠目する。

 彼女は続けた。


「否定したのですが、逆に私の様子を肯定ととられてしまい、火に油を注ぐ結果となりました……私が余計なことさえ喋らなければ、シオン達が追放されることなんてなかったのに……」


 泣きじゃくる彼女の身体を抱きしめた。

 ザパリと湯面が揺れる。


「それは違う。俺がアモルにいた頃から、我が一族でロクス奪国の話は出ていた。追放されたからこそ、奪国せざるを得ないと成功した側面もある。だから、貴女が苦しむ必要なんて全くないんだ」


「シオン……でも、私のせいで……」


「だから、それは違います。そもそも俺はずっと、俺なんかじゃ貴女には相応しくないってずっと思っていて……」


 そうだ、気付いていたのだ。

 彼女が何かしら自分に対して引け目を感じていたことに。


「いいえ、私が悪いのです!」


「ああ、もうっ……なんで、貴女はそんなに頑固なんだっ!」


 気づけば……

 言葉足らずのイクシオンは、ラフィーネの唇を奪っていた。


「シオンっ……」


 珍しくラフィーネが潤んだ瞳でこちらを見ている。

 視線が同じぐらいなのが悔しいぐらいだ。


「姫様は俺にこういうことをされるのは嫌ですか?」


 少し間があってから、おずおずと返事があった。


「嫌じゃなくって……でも、自分でもよく分からない……」

 

 ラフィーネの瞳は揺れ続ける。


(もし本当に彼女が俺のことが嫌いなら、竜の赤ん坊になった際の世話は他の者に任せても良かったはずだ……俺はずっとラフィーに甘えてばかりだった)


 ぎゅっと唇を噛み締め、イクシオンは決意を固めた。

 ――今しかない。


「だったら、まだ分からないままで良い。俺はラフィーネ姫のことを……」


 そうして、彼は口を開いたのだった。




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