第14話 まさか将軍、赤ん坊になった!
もうすぐ夜明けと言う頃、ロクス王城の客室にて。
イクシオン関係各者で話し合いをおこなっていた。
この場にいるのは、おそらく竜の赤ん坊となったイクシオン、彼の愛妾たる私、イクシオンの姉であるシヴァ女王陛下、徳を積んだ黄金の魔獣リンダと、子どもポムウルフのシオンくん。
それともう一人――イクシオンの剣と魔法の師であるランベイル・ボードウィン卿が集結していた。
(ここに呼ばれても、何もお喋りにならないわね、ボードウィン卿)
ボードウィン卿は、さらりとした黒髪に青い瞳をした美青年だ。イクシオンとは違って、寡黙であり、不愛想というよりも無表情に近い表情をしており、たまに大事なことだけを端的に話す人物だ。少し空気のような存在でもある。
北西にあるフォルトゥナ国の人間ではあるが、聖騎士として各国を自由に動き回れる権限を持っているそうで、今よりも若い頃のイクシオンと顔見知りになったそうだ。もうすぐ四十近いというが、若々しい印象が強い。
「イクシオン、我が弟ながら情けない」
「魔獣の勘だが、竜の幼体だろう。しかしながら、赤ん坊とは……」
「……」
シヴァ女王陛下とリンダさんが、やれやれといった調子でコメントしていた。ボードウィン卿は黙ったままだ。
女王陛下が唸る。
「しかし、一国の将軍が竜になったと言えば様になるが、竜の赤ん坊になったとは、話にならないな。情けない弟とはいえ、イクシオンがいるからこそ他国に牽制をかけることが出来ている状態でもある。こやつがこのような状態となれば、隣国が交渉を無視して戦を仕掛けてくる可能性も否定できない」
魔獣リンダが答える。
「確かにその危険性はございますね」
ボードウィン卿はやはり黙ったままだ。
ちなみに、竜の赤ん坊になってしまったイクシオンはと言えば……
「ぴぎゃあっ……!」
甲高い悲鳴が聴こえた。
見れば、幼竜イクシオンはベッドの上で、ポムウルフのシオン君から、脚でごろごろ転がされて遊ばれていた。
「シオン君、あまりシオンをいじめないであげて」
えんえんと泣きはじめた幼竜イクシオンのそばに向かうと、私はひょいと抱き上げる。
泣いている小さな幼馴染をあやすと、にこにこと笑いはじめた。かと思えば、きゅうきゅう言いながら、すりすりと胸の谷間にすり寄ってくる。
「シオンったら、くすぐったいわ」
くすくす笑いかけると、幼竜シオンがべったりと身体をくっつけてきたので、ぎゅっと抱き返した。
「甘えん坊なんだから」
我々の方を見て、シヴァ女王陛下とリンダはげんなりしていた。
「……馬鹿弟本人はいたって幸せそうだな。でれでれしているようにしか見えない」
「左様。ああやって甘えたりしたかったのでしょうな。ラフィーネ様が可愛いもの好きなこともあって、いつになくイクシオンにお優しい。そもそも姫様は、あの竜の赤ん坊の正体が誰かを忘れている節もある……」
ボードウィン卿は、明後日の方向を見たまま無言だ。
「リンダ、ボードウィン卿、何か良い方法など知らないだろうか?」
シヴァの問いかけに、ここに来て久しぶりにボードウィン卿が口を開く。
「話を整理したい。弟子は、新月になると発作が起こり、満月になると異様に昂ぶっていたはずだ。これに関しては、新月になると魔力が枯渇し、満月になると魔力が充ちること――いわゆる一般的に言われている魔術理論の見解で説明がつくだろう。新月の発作とやらは、現在幼竜の形態になっていることから、本人の持つ魔力で本性を抑えつけていたが、著しく減少したことにより獣の本性が現れたとも考えられる」
彼の話になんとなく違和感を覚えたため、私は話に加わった。
「その……月の満ち欠けに関係なく、最近のシオンは肌を鱗に覆われていたと話していました。たまたま、彼に私の魔力を吸われた際に、硬い鱗が痣になって消えたことがあって……」
続ける。
「その後、私の魔力をシオンに与えて、ある程度循環させてから魔力を私に戻してもらうようにしたら、鱗は出現しなくなったのです。だから、魔力を循環させれば問題は解決するとばかりに思っていて……だから苦しそうなシオンに魔力を与えたはずなのですが……なぜか目覚めたら、竜の赤ん坊になっていました」
口づけで与えただけではない。
例えば、体液や血液などは魔力が凝集されていると言われているぐらいだ。
気を失う直前の彼は、私の愛液を啜っていたはず。
ふむとボードウィン卿は頷いた。
「だとすれば、話は矛盾する。与えられていたのなら、魔力で本性は抑えられたはずだ。そうなれば、普通の人間とは、やはり体質が異なるのか」
……では、仮説が間違っていたということだろうか……?
ボードウィン卿は続ける。
「それとも、本来の魔力の動きとは違う流れになるように媒介するものが存在するのか……例えば、姫様とイクシオンが耳にしている装飾品のように」
彼の言葉に、はっとなり、私は耳朶に手を添わせる。
赤紫色の宝石のついたイヤリング。
ボードウィン卿が冷静な口調で告げた。
「不思議な波動を感じる」
「このイヤリングは、シオンが行商人から買ったものです。その行商人が『竜の鱗』だと言っていました。しかも、今では珍しい転移魔術の使い手のようで、一瞬で我々の間から消えてしまったのですが……あとは……」
皆の間に緊張が走った。
「……アルパイン山に、イクシオンの体質について知る者がいると話していました」
私の話を聞きながら、シヴァが唸る。
「とはいえ、アルパイン山は広い。その情報だけで闇雲に動いても意味はないだろう」
ボードウィン卿が口を開いた。
「この国の東、ラング王国との国境沿い。アルパイン山の裾野に、かつて竜を癒した源泉があるという」
それにリンダが答えた。
「ああ、魔獣たちも傷を癒したとされる源泉ですか。そういえば、当初、この休暇中にイクシオンがラフィーネ姫様と一緒に旅行に行く予定の場所でしたな」
ボードウィン卿が無表情なまま頷く。
「そうか。闇雲に探しても埒は開かないが、調べてみる価値はあるかもしれない」
かくして、ボードウィン卿とリンダさんを護衛につけて、イクシオンと私は、アルパイン山の東の麓にあるという源泉に向かうことになった。
王都から向かうならば、山の麓をぐるりと一周するのが王道だ。
しかしながら、時間が惜しいということで、起伏の激しい山を徒歩で登ることで時間の短縮に励んだ。
もちろん魔物たちもたくさんいるため、危険な行程だ。
(ボードウィン卿、シオンの師というだけあって強い)
アルパイン山の魔力の源泉は希薄なため、魔術の行使が難しい。
しかしながら、ボードウィン卿は流れるような剣捌きで魔物を一網打尽にしていく。
寡黙な人物のため会話は発展しづらいが、とても頼りになる存在だ。
(それに、リンダさんも強い)
黄金の毛並みを持つ狼のような彼女は、イクシオンと戦場で出会ったというだけあって、旅の道中では次々と魔物を屠ってくれた。俊敏な動きは、さながら転移の魔術もかくやといった様子だ。
「さて、ここらで休憩を致しましょうか、姫様」
「リンダさん、平気ですから先に参りましょう」
「いいや、妾も疲れましたゆえ」
旅慣れない私に合わせて、休憩をこまめにとってもらっていた。
その際に、私は竜の赤ん坊となったイクシオンの世話をおこなう。
「シオン、ミルクは美味しいですか? ……あら、粗相をしたのですか? では、おむつを替えましょうか」
ミルクを飲ませた後、おしめを替えてやると、竜の赤ん坊になったイクシオンはきゃっきゃっと嬉しそうに笑っていた。濡れた布は、後で川で洗うために、麻袋の中に仕舞う。
再び抱き上げると、幼竜イクシオンは、うっとりとした様子で私の顔を見てきた。ペタペタと紅葉のような小さな手で、胸の膨らみに触れてくる。
「相変わらず可愛いですね、シオンは」
どうしてだろうか。
赤ん坊は、人間だろうと竜だろうと可愛いのは……
(シオンがこの姿から戻らないのは困るけれども、竜の赤ちゃん、可愛い……)
最初は戸惑いもあったが、だいぶ世話にも慣れてきている。
(このまま戻らなかったら、愛妾である私がシオンの世話を続けるのかしら? リンダさんのように徳を積めば、シオンもまた喋れるようになる……?)
その時、外套の下にある旅装の襟元のリボンを、イクシオンの小さな手が引っ張ってくる。
「シオン、はだけるからダメですよ。め!」
叱ってはみたものの、幼竜はますます楽しそうにしながら、手足をばたつかせた。
じゃれ合う我々の様子を見て、リンダさんが声をかけてきた。
「姫様、イクシオンはある意味、今が一番幸せかもしれませんな」
「え?」
「本人の想いを勝手に口にすることは出来ませんが……おそらく姫様以外の皆は、イクシオンが貴女様に何を求めているのか知っている。そうでしょう、ボードウィン卿?」
リンダに話しかけられ、寡黙な青年が一言だけ返す。
「……そうだな」
……シオンが私に求めていること……?
いわゆる刷り込みというやつだろうか、幼竜イクシオンが自分のことを慕ってくれているのは分かる。
だけど、青年イクシオンの気持ちはよく分からなかった。
彼から嫌われてはいない気がしたが、愛妾にしたいと言われたのは事実なのだ。
そのことや、アモルにいた頃の事件、新月の夜での出来事を振り返るに……「肉欲の対象」とは思われている気はするのだが……
「姫様よ。種族によって大きさに限界はあるが、魔獣の大きさは心の強さに比例すると言い伝えられておりますゆえ。妾には、今のイクシオンのとる姿こそが、そやつの心のありようのようにも見える」
「だとすれば、イクシオンの心が未熟だからこそ、赤ん坊の姿になったということでしょうか?」
私の睫毛がふるりと震える。イクシオンを抱きしめる強さが強くなった。
「申し訳ありません。姫様を悩ませたかったわけではございません」
リンダがのそりと顔を覗き込もうとすると、イクシオンの真ん丸の瞳がうるうると涙で揺れる。
「ぴぎゃあっ!」
「あら、どうしたんですか、シオン? ほら、貴方の仲間のリンダさんよ」
赤ん坊の彼は私の身体にしがみついてきた。私があやすと涙が引っ込んで、再びきゃっきゃっと笑いはじめる。
嬉しそうな幼竜の姿を見ていると和みはするが……もう青年のイクシオンは帰ってこないのだろうかと、心のどこかに不安が顔を覗かせてくる。
(竜の赤ん坊であるシオンはこんなに可愛いのに……ずっと過ごしていたいと思うぐらい愛らしいのに……なのに、どうして私は……)
藍色のさらりとした髪に、赤紫色の瞳を持った美青年の姿が脳裏に浮かぶ。
『俺はラフィーネ姫様を愛……』
彼が私に本当に伝えたいことは、もっと別にあったのだろうか?
「……シオン」
名を呼ぶと、幼竜はぺろぺろと私の頬を舐めてきた。
そっと舌が目じりに触れてきて、自分の瞳に涙が浮かんでいたことに気づく。
「シオン、私が貴方の身体を絶対に治してみせますから」
きゅうきゅうと首を傾げる竜の赤ん坊を私はぎゅっと抱きしめる。
決意を新たに源泉へ向かって再出発することにした。
そんな私の横顔を……幼竜の姿になったイクシオンが複雑そうな瞳で見ているとは知らずに。




