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第13話 敵国将軍は、我慢の限界です! イクシオンside



 新月のため、王城の一角にある部屋の中は暗闇に包まれている。

 眠るラフィーネ姫を覗きながら、将軍イクシオンは一生懸命ポムウルフをぶつぶつ数えて欲望に耐えていた。


「ポムウルフが14142匹……ポムウルフが14143匹……」


 だがしかし、普段に比べると彼は舞い上がっていたのだ。


(ラフィ―が久しぶりに、俺のことをシオンと呼んでくれた……!)


 アモルにいた頃は「シオン、シオン」と、年下の姫はよく自分に懐いてくれていたのを思い出す。時々、モスフロックスやシオンの花を持ってきて、「シオンの瞳の色に似ていますね」と嬉しそうに笑っていた。


(あの頃のラフィは可愛かったけど、今は……綺麗で……)


 ちょっとだけ気を良くしていたイクシオンは――ついつい魔が差した。


(ちょっとぐらい、触っても……いや、ダメだ、ラフィに嫌われてしまう)


 とはいえ、なんだかんだでラフィーネの方も満更ではないのではという気がしていた。怒っては来るし、嫌がっては来るが……嫌われてはいないとイクシオンは思いはじめていたのだ。

 もしかすると、愛妾の立場だから我慢しているのかもしれないという懸念は拭えないが……

 だけど、昨晩も頼んだら、すぐに口づけを返してくれた。


(俺の知っているラフィーはかなり潔癖で気位が高かったから、心底嫌なことはもっと徹底的に拒絶を示してくるはず)

 

 あれだけ彼女に口づけるのが怖かったけのに……

 今はだんだんと恐怖心も薄れて毎朝キスが出来る。

 ……イクシオンは少々調子に乗っていた。


(ちょっとだけ……ほんのちょっと……)


 姉が女王陛下という立場であるため、将軍なんて大それた役職についているが、イクシオンは正直言ってまだ若い。

 剣と魔法に長けていて、他国との戦時には他を圧倒してきたという実績はあるものの……

 ここ数年までは、いくら実力があるからと言って、姉の七光りだと反発してくる年長者も多く、こちらの指示に従ってくれないことさえあった。

 しかしながら、イクシオンは力に奢らない上に裏表があまりない性格のおかげも相まって、だんだん皆から慕われるというか……

 気づけば、「心配だから見守ってやるよ」みたいなおっさん騎士達が周囲に増えていた。若い騎士の連中も「戦時は切れ者なのに、普段がダメすぎて親近感がわきました」とか、「とりあえず将軍を支えます」とか言われるしまつだ。

 まあ、それはそれでなんとなく騎士団が団結したので悪くはなかった。

 北の国であるロクスの、寒い中みんなで手を取り合おうという土地柄も良かったのかもしれない。


(ラフィ―にちょっとだけ……)


 話はそれたが、イクシオンは若いのだ。

 昔から好意を抱いている女性と、ここ最近は毎日一緒に眠っている。

 眠っているが徹夜が続いていた。

 わりと限界というか、極限状態だった。


(ちょっとだけ……)


 つい魔が差す。

 イクシオンは、抱きしめていた彼女の夜着のリボンをしゅるりと解く。

 はだけた柔肌に顔を埋めると、ふわふわしていて気持ちが良い。同時に、初夏で暑いからだろうか、少しだけ汗ばんでいて肌がしっとりと吸い付いてきた。


(これ以上はまずい……)


 彼はごくりと唾を飲み込んだ。

 本当なら、妻に迎えたラフィーネと、もうすでに結ばれていたかもしれない。

 見栄を張っていなければ……女性関係が派手なのは噂でしかないとちゃんと主張していたら、彼女も自分のことをこんなにも嫌がらなかったかもしれない。


(女性たちは手慣れている男の方が好みだと、騎士のやつらが言っていたから……だから、女遊びをしていた噂を否定せずにいたのに……)

 

 皆の意見を鵜呑みにした自分が悪いとはわかってはいたが、胸の中で毒づかずにはおれなかった。

 ちなみに、言い寄ってきた女性たちが「自分は将軍に激しく抱かれた」「私の方こそすごかった」だとか、謎の言い争いをはじめた結果、おかしな噂が拡がった……というのが事の真偽である。

 噂というのは恐ろしいもので、知らないうちに「イクシオン将軍の女性関係は派手」ということになっていた。

 否定するのも面倒だったし、そのままにしていたら、どんどん拡散してしまった。

 部下達は上司の人となりを知っていることもあり、ちょっと笑いのネタにしている節はある。

 とにかく一つだけ言えるのは……


 イクシオン本人はいたって真面目に、ずっと好きだったラフィーネ姫に操を立てて生きてきたのだ。


(ちょっと、ちょっとだけ)


「ラフィ、柔らかい……」


 彼女のふわふわの肌に顔を埋めると、言いようのない幸福感に包み込まれる。

 勇気が出なくて「妻に」と言えなかったが、騎士仲間たちに頼んで今晩の舞踏会でラフィーネに求婚しなおそうと思っていた。なのに、変な事件に巻き込まれてしまったせいで、またしても伝えることが出来なかった。


(絶対に、次こそは求婚に相応しい場所でやり直そうと思っている。だが、また機会を逃したら……今度こそラフィーが俺の元から去ってしまう)


 そう考えると、先行きが不安で焦りが落ち着かない。

 心臓がバクバクと音を立てはじめた。

 今日は満月ではない、新月だ。

 だが、なんとなく思考が曖昧だった。

 数日あまり眠れていないせいだろうか。


(……少しだけなら)


 そこでイクシオンの理性は瓦解した。


「ラフィ……」


 彼女の肌に触れる。ちょっとだけのつもりだったが、彼の呼吸はどんどん早くなってくる。

 これまで散々我慢してきたのに、自分自身でも何かがおかしいと思いつつ、彼女の柔らかい身体が欲しくて仕方がない。

 ドレスを暴きながら、まだ花びらを散らしたことがない、白い肌の部分へと新たに吸い付いた。


「ん」


 ラフィーネが身体を震わせた。

 煽られた彼は、ますます肌を吸い上げる。

 びくんと身体を震わせて姫は目を覚ます。


「あっ、シオンっ……何を、やって……」


 イクシオンは無我夢中でラフィーネの肌の上に跡を残し続けた。

 しかしながら、彼は気づいてしまう。


「シオン……」


 初恋の女性の黄金の瞳から涙が零れていることに……


「ラフィ、俺は……」


 イクシオンの鼓動の音がうるさくなっていく。

 アモル王国にいた頃、彼女を無理に組み敷いた日のことを思い出した。


『怖い、シオン』


 頭の中に、当時泣きじゃくりながら姫が訴えて来た言葉がこだましてくる。

 あの日は満月でどうしようもなかったかもしれないが、新月の日にこんなことになったことはなかったのに。

 つまるところ……自分の理性が保たなかっただけだ。

 気持ちの良い胸の高鳴りだったのに、今は不安で心臓がおかしな音を立てていた。


「ラフィ、俺は……」


 胸をかきむしる。

 夢だと思いたかったが、どうも現実のようだった。

 暗くてラフィーネの表情が見えない。

 喉がひりついて声を発することも出来なかった。

 軽蔑した瞳を向けられていると確信してしまうと、怖くなって彼女の声が遠く聴こえるようになった。


「ラ……フィ」


「シオン」


 彼女がゆっくりと身体を起こすのが分かる。

 再会して、せっかく積み上げてきた信頼を失ってしまったのではないかと思うと、どうにも耐えられそうになかった。


「シオン、あの……」


 彼女がこちらに手を伸ばしてくる。

 身体が震え、声が掠れた。


「ラフィ、俺は結局、昔から何も変わらない。大事なことも言えない。もういっそ鱗に飲まれて獣にでもなった方がマシだ」


「シオン?」


「……俺はラフィーのことを……」


 困惑したラフィーネ姫についぞ告白できないまま、臆病な将軍イクシオンは暗闇の中に意識を手放したのだった。



※※※




 夜半、イクシオンの行為で目が覚めた。

 もしちゃんと声掛けがあったら、愛妾なわけだから覚悟を決めて臨めただろうに。

 あまりに唐突だったので、驚いて涙が零れてしまったのだ。

 満月ではなかったが、いつもに比べるとイクシオンの様子がおかしかった。だから、新月にも何かあるのかと思い、彼に声をかけようとした。

 決して責めようとしたわけではない。


「……俺はラフィーのことを……」


 それだけ告げると、イクシオンは糸が切れたからくり人形のようにベッドの上に倒れ伏した。


「シオン、どうしましたか? シオン?」


 だが、呼びかけても反応に乏しい。何度か声を掛けても、イクシオンは目を開かなかった。

 ふと、上衣からのぞく彼の腕に違和感を覚えた。

 

(これは……まさか……鱗!?)


 ゴツゴツとした感触がある。


(どうして? イクシオンの肌に鱗が? ちゃんと魔力の補給は朝も……寝る前だってしていたのに――)


 確かめたいけれど、イクシオンの意識はない。

 ひとまず現状をどうにかしようと、慌てて仰向けにした後、彼の頬を包み込んだ。そうして、思い切って彼の唇に自身のそれを重ねる。

 彼からの反応がないので、効いているのかが分からない。

 再度彼に口づける。ちゃんと魔力が届くように深いキスをおこなう。そうして、意識のない彼に口づけ続ける。

 しばらくすると、彼がすこやかな寝息を立てはじめた。


(良かった、シオン……顔色もだいぶ良いわ)


 ほっと一安心した。

 ひとまず、彼に与えた魔力は、明日の朝にでも返してもらうことにして、何度もキスをする。

 誰かを呼ぼうかとも思ったが、今は寝ているだけだ。


(私もちょっとシオンに力を与えすぎたかもしれない)


 頭がくらくらしてきたので、横になる。


(シオンが目覚めるまで起きておかなきゃ……)


 そう思ったのに、達した後に力を分け与えた身体は言うことを聞いてくれない。

 彼の身体に寄り添うようにして、また私は眠りに引きずり込まれてしまったのだった。




※※※




 イクシオンを落ち着けて一瞬眠りについていたが、また暗い中、目を覚ましてしまう。

 少し気が昂っているのかもしれない。もしくは、『もういっそ鱗に飲まれて獣にでもなった方がマシだ』と言った彼のことが気になったのか。

 そっと彼の身体に手を伸ばす。


「シオン、先ほどは急だったので驚いてしまいましたが、決して貴方が嫌だったわけではないのです。だけど、まだ覚悟が出来ていなくて……妾になったというのに、申し訳ございません」


 謝るが返事はない。


「また貴方が目覚めたときに伝えますね。あれ……?」


 触れた彼の身体に違和感がある。


(硬い……もしかしてシオンの身体? 魔力の循環が足りなかった……?)


 もぞもぞと身体を動かしつつ、イクシオンの身体に触れる。

 先ほどとは異なる違和感。

 

(なんだろう、大きなシオンにしては小さい?)


 寝ぼけて感覚がおかしくなっているのだろうか。

 だが、どうしてもイクシオンの身体の大きさがおかしい気がしたのだ。

 気づけば、手に触れていた彼の感触がなくなっている。


「シオン? どこに?」


 焦りが生じてきた。

 慌ててベッドから降りて、ランタンに火をともす。

 ぼんやりと室内が明るくなった。


「シオン? どこに行ったの?」


 逸る気持ちを抑えながら、灯りでベッドを照らす。

 何かの影が見えた。


「……シオン?」


 近づいて、さっとランタンをかざした。

 ひゅっと息を呑む。

 イクシオンがいたはずのそこにいたのは……


「え、まさか……シオン?」


 赤紫色の鱗に覆われ、燃え盛る炎のような瞳を持った――イクシオンと似た色彩の――竜の赤ん坊が、きゃっきゃっと笑って手足をばたつかせていたのだった。



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