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第12話 敵国将軍は、軽薄な男でした!




 舞踏会会場で具合が悪くなった私が、イクシオンに連れられて控室へと向かっている最中のこと。

 イクシオン将軍の子を妊娠したと叫ぶブロンド令嬢が現れた。


(シオン、昔はこんな人じゃなかったのに……)


 王城の廊下で、さめざめと泣く令嬢を前にしていると、私まで切なくなってしまう。

 私の隣にいるイクシオンは、令嬢に対して割と辛辣な言葉を投げかけた。


「お腹の子の父親が俺だという話だが……すまないが、俺には身に覚えがない。他を当たってくれないだろうか」


 令嬢がヒステリックに叫んだ。


「でも! 将軍、貴方の御子なんですよ!!」


 すると、イクシオンが即答した。


「いや、絶対に俺の子ではないと思うので」


 彼の言葉を耳にして、令嬢がまたしくしくと泣きはじめた。

 イクシオンに弄ばれたのだろうか?

 なんだか可哀想になって私は抗議してしまう。


「イクシオン将軍、彼女は貴方の子だと言っています。貴方からすれば軽い気持ちでの行為だったのかもしれませんが、女性からすれば一大事です」


 勢いよく迫る私のことを、イクシオンが宥めてくる。


「ラフィーネ姫、誤解ですって」


「誤解ですって?」


「ええ、そうです。俺は一応、女王の弟だし、王位継承第一位なので、たまにこういうことを言われることがあるんです。……とにかく、あの令嬢のお腹の子の父親について、俺だけはあり得ないんですって」


 イクシオンは頑なに否定してきた。

 だがしかし、ブロンド令嬢が叫びながら縋りついてくる。


「将軍はお忘れかもしれませんが、前回の仮面舞踏会の日に確かに関係があったのです! あの熱い一夜をお忘れですか!?」


 私はイクシオンへと訴えかけた。


「ほら、熱い一夜と訴えていますよ」


「いや、だから絶対に俺じゃないって。このご令嬢だけじゃない、他のどんな女性も、俺の子どもを孕んでいるはずがないと断言できます」


 必死に縋る令嬢に対し、イクシオンはうんざりした様子だ。

 「王族だから隠し子疑惑を持ちかけられる」という先ほどの理由が分からないでもないが、だとしたら……アモル王国にまで届いていた、「イクシオンの女性関係が派手だ」という噂はどう説明するつもりだろうか?


(火のないところに煙は立たないとは、よく言うし……)


 ……子種がないという深刻そうな悩みも彼にはなさそうだ。

 イクシオンがきっぱりと告げる。


「とにかく違うので」


 「違う」と言えばどうにかなると考えている軽薄な青年そのものの対応にしか見えない。

 私の具合がますます悪くなってきて、じっとりとした視線を向けた。


「どうして、そんな風に言い切れるのですか?」


「え?」


「何か孕まないようにする魔術でも行使なさっているのですか? 我が大陸におわす神の教えでは、聖騎士にも妻帯は認められていますが、命を左右する魔術は禁止されているはずです」


「この俺が、あのおっかない教皇に逆らう真似をするわけないじゃないですかっ!」


 イクシオンは叫んだ。


「だ、だいたいですよ、そもそもが俺に子どもができるわけがないんですよ」


「だから、どうして?」


 私はズズイと彼に詰め寄った。


「だって、俺はど――」


 話の途中で、突然イクシオンは口を自身の手で覆った。


(ど――?)


 何も言わなくなった彼に向かって、険のある態度で迫る。


「なんなのですか? なぜ、子どもがいないと言い切れるのですか?」


 イクシオンの声が上ずった。


「男の沽券にかけて、貴女にだけは伝えることが出来ません」


 彼の話を聞いていたら、どんどん腹が立ってくる。


(妾の私には理由を話せないということ?)


 私はムッとしたまま返す。


「そもそも、イクシオン将軍の女性関係の噂は他国にも及ぶほどですし……それに、ご自身でも女性と何かあったように匂わせるような発言をいくらかされていましたよね?」


「それは……」


 イクシオンがたじろぐ。

 確かに聞いたのだ。

 ――女には困ってないだとか。

 ――女性にポムウルフを配るだとか。

 ――独身だから女性関係が派手だと言われているだとか。 


「だとすれば、子どもが出来ている可能性も否定は出来ないのではないかと。何より……私に触れてくる際にも、イクシオン将軍はなにやら手慣れている印象を受けました。騙される女性が一人や二人現れてもおかしくは――」


「俺が、手慣れている……!?」


 イクシオンが話題になぜか喰いついてきたので、私は思わず後ずさる。


「え、ええ。そんな印象を受けましたが」


 彼に触れられると……言い様のない快感に見舞われるのだ。

 だからこそ、子どもが出来たという女性が現れてもおかしくないのだと思っている。

 怪訝な表情を浮かべる自分とは対照的に、なぜかイクシオンの表情がぱあっと明るくなる。


「それは良かったです! 姫様にご満足いただけているようで! 俺としてはかなり心配していてですね」


 溌溂と話す彼の言い分に、羞恥が走った。

 すぐそばに、自分の子を妊娠したかもしれない女性がいるというのに……愛妾である私を悦ばせることが出来て喜んでいるなんて……


(なんて嫌な男になってしまったの、シオン……)


 泣いているブロンド令嬢がいよいよ可哀想だ。

 さらに、イクシオンは喜々として聞いてもいないことをペラペラ話しはじめた。


「色ごとに関しては、若い騎士達が年輩の騎士達に連れられて娼館だとかで覚えるような伝統に、一応なってはいてですね。だけど、俺の場合、他の騎士達みたいには……いや、やっぱりなんでもないです」


 話の途中でハッとすると、彼は両手で自身の口を覆う。


(娼館……?)


 アモル王国にいた頃にも聞いたことがあったが、結婚していざ子どもを作ろうとなった時に困らないよう、娼婦だったり未亡人だったりに手練手管を習うことが男性の慣習としてあるようだ。

 イクシオンもそうやって色々なことを覚えたのかもしれない。


(シオンは、なんだか自分の知らない大人になってしまったのだわ、やっぱり)


 物悲しさが去来してきた。

 だというのに、イクシオンは褒めてもらいたい子どものようにはしゃぐ。


「娼館に行くのには抵抗があったけれど、皆から話を聞かせてもらっていて、本当に良かったです! 俺、もっと姫様を悦ばせることができるように精進して――」 

「でも、私はそんな技巧よりも何よりも――妾を作ったりせず、結婚まで女性に手を出したりしない、そんな誠実な男性の方が好みです。貴方のように、泣いている女性のそばでヘラヘラするような不誠実な態度をとる殿方など論外です!」


 つい、大きな声が出てしまった。

 イクシオンが石像のように固まる。

 なぜか我々のやり取りを見て、ブロンド令嬢も困惑していた。

 廊下に微妙な空気が流れる。


「姫……様……」


 イクシオンの赤紫色の瞳が消えそうな炎のように揺れ動いた。


「子どもには父親が必要です。そして、正妻の子ではなく、妾や愛人の子だと言われるのは可哀想です。だからこそ、イクシオン将軍も彼女と子への責任をとって妻帯なさってください」


「待ってください、姫! そもそも俺は、結婚前なのに行為に及ぶような身持ちの軽い女性は好みではなく――」


 ――結婚前に行為に及ぶような立場である愛妾を務めている私に向かって喧嘩を売っているのだろうか?

 自分は愛妾を作っておきながら、どの口が言うのだろう?

 イクシオンはハッとして、たじろぎはじめた。

 

「違う、違うんです、姫様、今の発言は――」


 愛妾を作る男に限って、妻には貞淑を求めると……どこかで聞いたことがある。

 

「もう結構です! これ以上何か言われるのは不愉快です」


 私はキッパリと告げると、泣いている女性の元へと歩んだ。

 ブロンド令嬢の身体がびくりと震えた。


「騒ぎ立ててしまって申し訳ございません。私はラフィーネ・アモル。アモルの第一王女です。イクシオン将軍の妾の立場ですが、貴方の敵ではありません。どうか事情を聞かせてくださいませんか? とはいえ、ここは廊下です。どこか別の部屋に移りましょうか?」


 警戒していたようで全身が強張っていた令嬢だったが、私がそっと手を握ってやると、次第に力が抜けていく。


「……初めまして、姫様。ごめんなさい。このままだと将軍と話す機会がないと思って勢いあまって声をかけてしまいました……わたくしはパピヨンと申します。男爵家の一人娘です。その……仮面舞踏会で確かに、相手の男性は『将軍イクシオン』だと名乗ったのです」


 その言葉を聞いて、私はキッとイクシオンを睨む。

 だが、彼の瞳はどこか虚ろで、話を聞く気配が感じられなかった。


(本当に軽薄な男性だわ……)


 気を取り直して、私はブロンド令嬢パピヨンを見やる。


「だけど、将軍と姫様のやり取りを見るに……私の知る『将軍イクシオン』様とは違う気がしてきたのです」


「違うと言いますと?」


「お腹の子の父親である『将軍イクシオン』様は、もっと女性の扱いになれたような喋り方の男性でした。イクシオン将軍は女性の扱いに長けた殿方だとのお噂だったので、てっきりそうだと思い込んでいたのですが……今にして思えば背格好は似ているけれど、話し方や雰囲気など全然似ていないなと」


「そうだったのですね」


 パピヨンの言い分だけを真に受けるとするならば、子どもの父親はイクシオンを騙る別の男の可能性があるということだ。

 彼女の瞳が潤む。


「見れば見るほど、わたくしの『イクシオン』様とは別の御方。わたくしは名前から何から騙されたということですね……これから一人でどうしましょう、父に知らせれば罵倒されるでしょう……淑女がはしたないと勘当された後は、子どもと二人どうやって生きて行ったら……」


 しくしくと涙を流しはじめた彼女の背を、私はもう片方の手でそっと撫でてやる。

 しばらく経つと、騒ぎを聞きつけた騎士や兵達が近くに掛けつけてきていた。

 泣いて落ち着いてきたパピヨンは、思いがけない発言をしはじめる。


「ラフィーネお姉様の手は、わたくしの知る『イクシオン将軍』とは違って、ぬめぬめしていなくて、すべすべで気持ちが良いです」


(ラフィーネお姉様?)


 それも気になったが……ぬめぬめ。

 なんだか引っかかった。

 ぬめぬめ。


(シオンの手は、別にぬめぬめしていなくて……)


 だけど、確かここ最近、そんな手に触れなかっただろうか?

 ぬめぬめ……

 ぬめぬめ……


「あ! 先ほどの!」


 脳裏に閃くのは、イクシオンが離れていた際に現れた貴族の青年――確かリーチ伯という男性。

 気づけば、まばらだが、自分たちの周りに人が集まりはじめていた。

 視線を彷徨わせると、こちらを覗いていたリーチ伯と目が合う。彼は踵を返そうとすると、さっとその場を逃げ出そうとした。背格好は言われてみればイクシオンに似ている。


「待ちなさい!」


 咄嗟に叫んだものの、ことが大きくなれば、パピヨン嬢の名誉が傷つくかもしれない。

 少々迷っていたら、彼女が自ら立ちあがった。


「お待ちになって!」


 そうして、彼女はその場を駆けようとする。


「あ!」


 「身重の体で走ってはいけない」と呼び止めようとしたところ……

 なぜかリーチ伯はその場から動けなくなっていた。

 彼の足元から冷気が漂ってくる。

 見れば、いずこから現れた氷で彼の足は覆われてしまっていた。

 いつの間にか、私たちの近くに来ていたイクシオンが声をかけてくる。


「姫様、あの貴族で合ってますか?」


「ええ、そうです。ありがとうございます」


 どうやら、イクシオンが魔術を行使したようだ。

 パピヨン嬢が辿り着きざま、リーチ伯の手を取った。


「このぬめぬめとした手、貴方で間違いありません!」


「わたしは知らない!」


 必死な様子で「知らない」と訴えるリーチ伯に、パピヨン嬢は喰いついた。


「いいえ、貴方で間違いございません!」


 二人はしばらく押し問答を繰り返す。

 だが、なかなかリーチ伯は「是」とは言わない。


「お前のような女の相手を俺は断じてしない! そもそも、俺がしたのは、手の甲への口づけだけだっただろう!? そんなことぐらいで子どもが出来るわけないじゃないか!!」


「そんな! 殿方に肌に口づけられたら子が出来るはずですわ! 私は父にそのように教わりましたもの! だから子どもが出来たのです! 現に月のものが来ておりません!」


 ……んん?

 パピヨン嬢の発言に私は首を傾げた。

 リーチ伯は悲鳴じみた声を上げる。


「お前みたいな、思考が子どもの女の相手をするわけないだろう!!」


 パピヨン嬢の瞳がうるうると潤んでいく。


(じゃあ、彼女に子どもは出来ていない……?)


 私が少しだけ安堵していると……リーチ伯がつるりとこんなことを口にした。


「イクシオン将軍の名前を使えば女性が寄っては来るがな! 相手の女は選ぶんだよ!」 


 リーチ伯、つくづくクズな男である。

 彼等に近付くと、私はパピヨン嬢を庇うように立った。


「貴方は! 将軍の名を騙った上に、純情な乙女心をなんだと思っているのです! 恥を知りなさい!」


 リーチ伯が憤りながら叫ぶ。


「はあ? 女のくせにふざけるなよ! 姫か何か知らないが、愛妾の分際で!!」


 その時、後ろにいたイクシオンがものすごく低い声を発した。


「……お前の方こそふざけるな。名前を騙られたぐらい、見逃してやろうと思っていたが……姫様のことを悪く言うようなら容赦はしない」


 リーチ伯の表情が強張った瞬間、「ぐえっ」と潰れたヒキガエルのような声を上げた。

 見れば、彼の腰まで氷が覆ってしまっている。

 一気に周囲の温度が低くなった。

 詠唱なしにこのようなことが出来るのは、魔術の使い手たるイクシオンの仕業だろう。


「それにな、別にお前達がどうなろうが知ったこっちゃないが、姫様に俺が怒られただろうが? 人の名前を騙りやがって……見栄張った俺が悪いとは言え、大体、俺はだな……」


 私怨を呟いたイクシオンは、周囲に向かって吼えた。


「将軍イクシオン・ロクスが命じる! 王族の名を騙った罪と王族の寵姫への不敬罪で、その男を投獄しろ!」


 気づけばリーチ伯は騎士達に取り囲まれて捕縛されていた。

 せっかくの舞踏会だったが、騒ぎのせいで、一旦お開きになってしまったのだった。




※※※




 城の中がざわついている中、イクシオンと私は、客室でひとまず身体を休めていた。

 捕縛の命を出したイクシオンだったが、一応休暇中の身の上ということで、部下たちが色々と手続きをこなしてくれることとなり、すぐに解放されたのだった。

 リーチ伯はひとまず投獄され、追って王国裁判にかけられるそうだ。

 パピヨン嬢は医師に診察してもらったが、どうやら想像妊娠だった。


『わたくしが無知でしたの。ありがとうございました。ラフィーネお姉様、この御恩は必ず』


 パピヨン嬢からうっとりした視線を向けられ、しきりに「お姉様」と連呼されたのはなんだったのだろうか?


(慕ってくれる子が増えたから、結果的には良かったのかしら?)


 夜着に着替えた私は、ベッドの上で少しばかし反省をしつつ、横にごろりと転がる。

 先に寝転がっていたイクシオンの背に向かって、私は謝罪の言葉をかけた。


「イクシオン将軍、申し訳ございませんでした。貴方のことを軽薄な男だと疑ってしまって」


 しばらく何も返ってこない。


(やはり怒っているのかしら?)


 少しだけ不安に苛まれていると、彼から返事があった。


「見栄を張り続けた自分の責任でもあるので、姫様は別に悪くありません。それに、俺も貴女に対して、婚前に身持ちが固くないだとか誤解を招くような発言をしてしまったし」


「あれは言葉のあやだったのだと理解しています。だけど、私は明らかに貴方に言い過ぎたと思っています。本当にごめんなさい。なんなりと罰を申し付けてくださって構いませんから」


 すると、イクシオンが私の方へとゆっくりと振り向いてくる。

 ドクン。

 真剣な表情の彼の顔を見たら、心臓がドクンと跳ね上がってしまった。

 彼の硬い指の腹が私の顎を掴んでくる。


「罰は何でも宜しいのでしょうか?」


「あ……」


 「なんなりと」と言ってしまったのは自分だ。言葉には責任がある。

 私はこくんと静かに頷いた。


「だったら……」


 紅い炎のような瞳にからめとられる。

 心臓が落ち着かない。

 彼が願いを口にした。


「昔みたいに貴女に名を呼んでもらいたいと思うのは、俺の我がままだろうか、ラフィー」


 私も昔の愛称で呼ばれたため、胸がドキンと高鳴った。

 頬が赤らんでいくのを感じる。


「……そんなことでよろしいのでしょうか? 罰になっていないような?」


「俺にとっては死活問題なので」


 私の唇が戦慄く。

 勢い余って発することはあったが、改めて口にするのは気恥ずかしい。


「では……」


 喉がカラカラに渇いてしまう。

 シオン。

 かつての愛称三文字。

 たったそれだけを口にするのに……相当な時間がかかった。

 高鳴る鼓動を抑えながら、私はゆっくりと唇を開く。


「……シオン」


 目の前にいる年上の青年が、まるで少年のように穏やかに微笑んだ。


「俺も……貴女をラフィ―と呼んで良いですか?」


「……ええ、もちろんです」


 久しぶりに自然と頬が緩んだ。

 私が微笑みかけると、彼の笑みはますます深まった。


(まるで昔に戻ったみたい)


 少年時代のイクシオンの姿が脳裏に浮かぶ。


『ラフィー、何があっても俺は貴女の味方です、貴女のことを全身全霊をかけて護ってみせますから』


『シオン、ありがとう。だけど、どうか……自分を犠牲にはしないで……』


 過去の優しい思い出が胸の中に溢れてくるようだ。

 和やかな雰囲気の中、どうしても気になったことを問いかける。


「でも、どうして子どもが出来ないと言い張れたのですか? パピヨン嬢どころか他の女性に対しても」


 目の前のイクシオンがぎくりと身体をこわばらせた。


「それはまた、おいおい……」


 それ以上は何も教えてはもらえなかった。

 その内、理由を話してくれるだろうか?

 今ここで無理に問いたださないことにした。

 ふと、私は窓の外へと視線を向ける。


「そういえば、今日は月のない夜なのですね……」


 ――今夜は新月だ。

 灯りを消した室内はいつもよりも暗かったが、そばにイクシオンがいるとなれば落ち着いた。

 ふと、彼の両腕へと私の身体は抱き寄せられる。


「ああ、ラフィ―」


「どうなさいましたか、シオン?」


「罰を……一つだけ追加しても良いですか?」


「もう一つですか?」


 イクシオンは夜目でも分かるほどに恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


「先日のように貴女から口づけてもらいたい。あとは良かったら、貴女を抱きしめて眠りたいのですが」


「……もう一つではなく、もう二つですね?」


「あ、確かに、すみません、ラフィ―」


 たじろぐ彼の頬を、私は両手で包み込む。


「いいえ、構いません。シオン、それでは」


 緊張しながら、私は彼にゆっくりと顔を近づけると、そっと口づけた。

 すると、彼から柔らかく抱きしめ返される。

 彼の鼓動が聴こえるほどに、一部の隙もなく抱きしめられた。


(女性慣れしているはずのシオンの心臓が、こんなに早いのはどうして……?)


 彼の心拍を感じている内に、だんだんと私の瞼がとろんとしてくる。



「おやすみラフィ―、貴女を愛……」


 

 結局――彼の本音は聴けないまま、私は眠りに落ちていく。


 そうして、いつものようにポムウルフを数える彼の声で目覚めると思っていたのだが……


 ……夜半にイクシオンに異変が起きるのだった。




第2章はこれにて終了です!

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