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第11話 敵国将軍に、愛人が出現です!


 朝の眩しい陽の光が、瞼を穏やかに照らす。


「ポムウルフが244948匹、ポムウルフが244949匹……」


 ベッドで身体を起こすと、正座しながらポムウルフを数えるイクシオンが目に入った。


「おはようございます、イクシオン将軍」


「ああ、おはようございます、ラフィーネ姫様」


 ロクスの首都に来て数日、習慣が二つできた。

 一つ目が、毎朝ポムウルフを数えるイクシオンの声で目を覚ますというものだ。

 そうして、もう一つの習慣はというと……


「将軍、本日の分を」


 私が寝ぼけ眼で彼にすり寄ると、私の頬を彼の両手で包み込んできた。

 朝から心臓がドキドキと落ち着かない。

 イクシオンの綺麗な顔立ちが近づいてきたかと思うと、そっと唇同士が重なった。

 ちょっとずつ力が抜けていく。


「ラフィーネ姫……」


 熱っぽく名を呼ばれたかと思うと、深い口づけを施されてしまい、朝からだんだんと頭が冴えてきた。

 しばらく彼の好きなようにさせた後、脱力した私の身体を彼が支えてきた。


「すみません、今日もやり過ぎてしまいました……俺は力が巡ってきた気がするので、どうか姫様、余剰分をご自身に戻してください」


「はい」


 そうして今度は自分が彼の両頬を掴んだ後、唇を重ねて彼から魔力を取り戻す。

 もちろん触れるだけのキスだ。

 そっと離れると、イクシオンが声を掛けて来た。

 

「これで今日の魔力の交換は終わりですね、姫様」


「は、はい、そうですね」


 羞恥で顔が赤らむ。なぜだか彼も恥ずかしそうにしているのを見ると、ますます照れが強くなる。


(何度しても慣れない)


 そう……二つ目の習慣というのが、毎朝の口づけ、だった。

 ひとまず側で一緒に過ごせば、彼の身体の変調も落ち着くかと思われたのだが、そうではなかった。

 二日ほど経った頃に、イクシオンの腕に赤紫色の硬い鱗が出現したのだ。

 二人で状況を整理した結果、とある仮説が立った。


『もしかして、口づけ合ったのが良かったのでしょうか? 定期的に私の魔力や生命力がイクシオン将軍の身体の中を循環さえすれば、鱗も落ち着くという可能性が考えられますね』


『ラフィーネ姫様さえ良ければ試していただいても!』


 やたらと嬉しそうなイクシオンの同意の元、試しに一日に一度だけキスを交わしてみることになったのだ。

 かくして……読みは大正解。

 数日試したところ、これが効果てきめんだった。

 私とキスをすれば、イクシオンはみるみる元気になると共に腕の鱗も消失する。

 こうして……毎朝、イクシオンと口づけるのが習慣となった。


「姫様から魔力をいただいたら、わりと毎日徹夜でも大丈夫なんですよ!」


 朝からやたらと元気なイクシオンを見て、笑みが零れる。


「イクシオン将軍がお元気なようで、本当に良かった。この調子なら、早期に将軍のお身体の問題が解決して……そうしたら、私たちの別れの日も近いかもしれませんね。私でもロクス王国のために役に立てることがあるのだと、とても楽しみです」


 彼からの反応がなかった。


「別れの日……」


 ふと見ると、イクシオンは小刻みに身体を震わせている。


(そう言えば、再会してから、身体がよく震えているけれど……それも、おかしな体質のせいかしら?)


 ひとまず気を取り直そうと、私は両手をポンと合わせた。



「あ! 今日はお城で舞踏会でしたね。さっそく準備を致しましょう!」

「あのですね、姫様。俺に貴女と別れる気は全く……」



 言葉が重なって、相手が何を言ったのか聴こえなかった。


「どうなさいましたか? 将軍」


「あ、その、えっと……あのですね……」


 イクシオンはまごついている。

 

「俺はラフィーネ姫のことを愛……」


 最近の私は、彼の話を遮らずになるべく待つようにしていた。


「……愛……」


 愛……なぜだか緊張して、手先が震える。

 

「愛……」


 イクシオンが真剣な眼差しでこちらを見てきた。


「あい……」


 だが、今日はいつもの倍以上言葉を発してこない。


「あ、あああ、あい……」


 壊れたカラクリ人形のようになってしまった……!

 私は痺れを切らしてしまい、彼の膝の上に置かれた手へと、自らそっと手を重ねる。


「イクシオン将軍、落ち着いてください、深呼吸です」


 すると、深呼吸のことなど忘れて、彼は大声で叫んだ。



「俺はラフィーネ姫のことを愛妾だって皆に紹介しますから、良かったら今日は愛想良く振舞ってください!!!」



 ……愛妾だと皆に紹介。

 私は彼に対して何を期待していたのだろうか?

 すっと心が冷えた。


「その、今みたいに笑ってもらえたら、国民も喜ぶし……そうしたら、今日の舞踏会で改めて俺が貴女に望んでいることを……姫?」


 私は何も言わずにそっと彼の手から離れると、そそくさとベッドの端へ移動する。


「姫」


 肩を掴んできた彼の方を振り向く。


「貴方と別れた後、診療所を開く際に支援してくださる方が見つかるかもしれませんし、ぜひ愛想は良くしたいと思っていますわ。手を離してくださってよろしいでしょうか?」


 イクシオンが泣きそうな顔をしている気がしたが、気のせいだと思って準備をはじめることにした。


(こんなに口づけを重ねても、シオンにとって私は幼馴染以上愛妾未満なのだわ……)


 どうにも物語のヒロインにはなれそうにない。

 だからこそ未来を見据え、敵国ロクス王国でも、国民達と友好な仲を築き上げないといけないのだ。




※※※




 そうして、迎えた舞踏会。

 社交場では豪華なシャンデリアがキラキラと輝いている。

 壁際には花々が飾られ、甘い香りが漂っていた。

 その中に、酒や香水の匂いが仄かに混ざる。

 耳に心地よい演奏の中、色とりどりのドレスで着飾った貴族や大臣たちが言葉を交わしている。

 華やかな会場で、イクシオンと私に対して、大臣たちが代わる代わる挨拶に来ていた。


「大丈夫ですか、姫様?」


「お気遣いなく、将軍」


 なんだか素直になれずに、ツンとした態度をとってしまう。

 彼から言われたように愛想良く振舞っていたが、本当は久しぶりのパーティのせいか、段々と人酔いをはじめてしまっていた。

 それに……愛妾だと紹介される度に胸がモヤついて仕方がない。


(シオンからすれば、私のことは妻にしたいとは思えなかったのでしょうから)


 私は重ねた両手をぎゅっと握りしめた。

 未来の後見人を探したかったが、現在の気持ちも相まって、どんどん具合が悪くなっていく。


「はあ、姫様は相変わらず無理をなされる方だ。どうぞ壁に寄り掛かっていてください。水をとってまいりますので」


 イクシオンがそばを離れると、代わりに貴族青年が近づいてくる。しかも、私の手をとってくるではないか!


「さすが月光姫ラフィーネ様だ。今日の淡い碧のドレスがよく似合っていらっしゃる。さながら、月の下の妖精といった出立ちだ。皆の噂では、イクシオン将軍に奥様が出来たら、お別れになられるとか? どうでしょうか、その後、私の元に来られては。私にも妻がいますが、貴女をぜひ優遇いたしますよ」


 なんだか不快な言い回しをする男性だ。

 握られた手もなんだか、ぬめぬめと感じた。


「申し訳ございませんが、イクシオン将軍と別れましても、私は妻帯している殿方の元へ向かうつもりは、毛頭ございません」


「そうは仰らずに……」


 なかなかにしつこい男性のようだ。

 その時。


「リーチ伯、我が妹のようなラフィーネ姫に何か御用ですか?」


 凛とした声が響く。

 見れば、ロクス王国・女王シヴァが佇んでいた。

 優雅に扇を仰ぎながら続ける。


「愛妾と言えば言い方が悪いですが、アモルからの客人。仮に弟と別れたとしても、評判の良い一途な殿方を姫には紹介するつもりです」


「ひっ……」


 言い方こそ優し気だったが、彼女の眼光の鋭さは、将軍である弟以上のものだった。

 女王の氷のような殺気に怯え、貴族青年はそそくさとその場を去って行った。

 ちょうどそこにイクシオンがグラス片手に帰ってくる。


「姉上、何かありましたか? ……っ」


「イクシオン、お前はまだ姫に何も言っていないのか? 今日何かしようと騎士達と打ち合わせをしていたようだが……格好つけている間に、のんびりしていると女はどこかへ行ってしまうと心せよ。自立した女なら尚のことな」


 それだけ言うと、女王は側近と共に他の貴族達と談笑しながら離れて行った。

 気を取り直したイクシオンが私にグラスを渡してくる。


「はい、姫様、水をいただきました」


「ありがとうございます」


 手にしたグラスはひんやりとして心地よい。

 火照った頬の熱さを強く感じた。

 清涼な水で一口喉を潤すと、胸に爽快感が拡がっていく。

 グラスから唇を離すと、イクシオンが心配そうにこちらを覗いてきていた。


「それを飲んだら、会場の外で休みましょうか?」


 人酔いした上に、おかしな貴族に絡まれて相当気疲れしてしまっていた。

 こくんと頷くと、彼にそっと肩を抱かれ、荘厳な扉の外へと向かう。

 廊下に出ると、彼の手をそっと払った。


「ごめんなさい、これ以上は結構ですので。どうぞ会場へとお戻りください」


「姫、俺のことが嫌いで、頼りたくないのは分かるが、どうか無理はしないでほしい」


「無理はしていません」


「ほら、視線をそらす」


 彼に言われて、私は上向いた。


「具合が悪いのは確かにそうですが……それだけではないのです」


「それだけではない、とは?」


「妾の立場で図々しいと思われるかもしれないので結構です」


 私はしばらく廊下を先に歩く。

 すると、彼も跡をついてくる。


「図々しいとはいったい何なのでしょうか?」


 無視をして進むが、あまりにイクシオンが縋ってくるので、私は思わず叫んでしまった。


「女性慣れしている貴方からすれば口づけぐらい大したことはないのかもしれませんが……私はキスすればするほど貴方のことが……」


 そこまで告げて、ハッと正気に戻ると、逃げるように先へ進んだ。

 すると、イクシオンから通せんぼされてしまった。


「待ってください、姫様! 今まで意気地がなかったし、俺の都合に貴方を巻き込みたくないと思って言えませんでしたが、俺は……」


 その時。


「イクシオン将軍!」


 可憐な桃色のドレスを纏ったご令嬢が、彼に声を掛けてきた。


(誰かしら?)


 彼女はブロンドの巻き毛の持ち主で、やや釣った丸い瞳の持ち主で愛らしい顔つきをしている。


「何だ?」


 話を遮られたイクシオンの声は低い。

 しかしながら、ご令嬢が負けじと叫ぶ。


 

「愛妾である姫様と一緒にいらっしゃるところ御免なさい。でも、わたくし、将軍の子どもが出来たかもしれませんの!」



 衝撃を受ける私の隣、イクシオンがきょとんとしていた。


 

「……俺の?」



 ……廊下でまさかの展開が巻き起こったのだった。




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