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第1話 敵国将軍の、愛妾になります!




 成人を迎えた誕生日。

 年上の幼馴染であるイクシオン・ロクスによって、私ラフィーネ・アモル第一王女の平穏は破壊された。

 王城の玉座の間に、大臣たちがひしめき合う。


「なんだと……停戦の条件が第一王女ラフィーネ……? 正気か、イクシオン・ロクス……」


 玉座に座わる兄アモル王が悲鳴にも近い声を上げる。


「ええ、それが国の望みです、アモル王」


 兄に対峙しているのは、色香の強い声音をした見目麗しい青年。

 藍色の髪に赤紫色の瞳、通った鼻梁に綺麗な弧を描く唇。長身痩躯、均整のとれた身体を聖騎士の位を示す白いコートで覆っている。

 凛々しくも美しい立ち姿に、敵国の将だというのに、広間にいる全ての者達が見惚れていた。


(イクシオン・ロクス……シオン……)


 かつて、この小国アモルに仕えていた公爵家の一人息子だ。

 そんな彼の家が宰相一家との闘争に敗れ追放されてから、まだ十年は経っていない。


(……昔から変わらない、他者を圧倒するような瞳)


 やんちゃだったイクシオンだが、どこか人とは違う気品のような何かがあった。

 緊迫した場だというのに――いつも私をからかってばかりだった年若いイクシオンのことを漠然と思い出した。


(政争に敗れて出ていったと聞かされた時は悲しかった)


 現在は、奪国したロクス王国の王弟にして、王国軍の騎士たちを率いる将軍。

 ロクスでは英雄と称される彼の剣さばきと魔術の連携は、さながら雷光のようだとか、無慈悲な様は氷のようだとか、吼える様は荒ぶる炎のようだとか……

 ついた二つ名は……


 『凍焔将軍』


 隣国に行ってからのイクシオンの評判はあまり良いものではなかった。

 他者を従えるためならばどんな手段も講じるだとか、横暴な振る舞いをするだとか……

 噂では、昔と違って冷酷無比な人物になってしまったと言われている。権力を得た今、女性周りも派手だというし……


(歳月は人を変えてしまうのね……いいえ、女性関係に関しては……)


 まだ国にいた頃、イクシオンが私に……

 すぐに頭を振った。


(国の一大事よ、今はそんなことを考えている場合ではない)


 そんなイクシオンは今朝、国の精鋭たちの攻撃などものともせずに単騎で城に乗り込んできた。

 そう……単騎で。

 単騎で敵国の城に乗り込むなど頭がおかしいと言わざるを得ないが……お前達の相手など一人で十分だと言う実力の誇示と言えよう。

 実際に、彼の放つ殺気だけで、兵たちは手出しが出来ていないのだから。


「ラフィーネを連れて行ってどうするつもりなんだ? 誰かの……例えば君の妻にでもするつもりか?」


 上ずる兄の声を無視し、イクシオンはゆっくりと私の方へと近づいてくる。

 小国の王など気にもしていないという傲慢な態度。


「光に当たれば月のように輝く白金色の髪に、黄金の瞳――男を魅了するという体つき――小さい頃も十分愛らしかったが、離れていた数年で見間違えるほど美しくなられましたね。月光姫ラフィーネ・アモル様」


 昔は砕けた口調で話しかけてきていたイクシオンだったが、今は丁寧というよりも慇懃無礼に近いような態度で話しかけてくる。


「そのようにまじまじと見てくるなど、無礼ではありませんか?」


 私は声が少しだけ震えてしまった。

 一瞬だけ彼が怯んだ気がしたが……気のせいだろう。


「まあ、良いでしょう。ロクス王国の……いいや、俺の望みは……」


 そういうと、彼は節だった指で私の髪をひと房掴んでくる。

 あまりにも不躾な行為に、びくりと身体が震えた。

 ふと、コートの袖口から覗く腕に鱗のようなものが見えた気がしたが、確かめる余裕などない。


「俺は、ラフィーネ姫を……」


 艶のあるイクシオンの声がシンと静まり返った玉座の間に響く。



「…………愛」



 なぜかそこで声が聴こえなくなった。

 彼を睨みつけたまま、次の言葉を待つ。他の者たちも固唾を呑んで見守っている。



「……愛……」



 なかなか次の言葉が出てこないイクシオン。

 時間だけが刻一刻と過ぎていく。

 痺れを切らした私は、彼をきっと見つめて問いかけた。


「私をどうだと言うの? はやく答えなさい、イクシオン・ロクス」


 国の命運を握る敵将に対して、あまりよくない態度だっただろうか?

 それに、一瞬、見えたイクシオンの表情が哀しそうに見えたのは気のせいに……違いない。



「愛…………」



 彼の声が震えているのも、きっと気のせいだろう。

 そうして、次に出て来た言葉は……



「愛妾にしたいと考えている」



 ……私は瞠目した。


(愛妾……ですって……!?)


 広間内も一斉にざわつきはじめた。


「妻ではなく、妾……? 愛妾? 愛人?」


「なんという非道」


「いいや、外道だ」


 あまりにふざけた発言に周囲へ怒りが伝播していく。

 兄王の声が低くなる。


「イクシオン、あまりにも我が国を馬鹿にした発言だとは思わないのか……?」


 だが、老年の宰相がその場を制した。


「王よ、しかし、今、この者に勝てるだけの力がわが国にはございません」


 兄王が呻く。


(お兄様……)


 妾腹だった私に対しても優しく接してくれた兄王。

 彼のことを助けてやりたい気持ちが強かった。


(お兄様にご迷惑はかけられない。私が覚悟を決めるだけ……)


 私は一度俯くと、きっと顔を上げる。

 そうして、目の前のイクシオンの血のような紅紫の瞳を覗く。


「私が行けば良いのでしょう、イクシオン?」


 藍色の髪の青年は「……ああ」とだけ答えた。

 ……こんな私でも優しい兄王に恩返しができるのであれば……

 ふと、優しい兄の方を振り返る。


「……さようなら、今までありがとうございました、お兄様」


「ラフィーネ」


 そうして……今日から私の主人になるイクシオンへと振り返る。


「……イクシオン将軍、貴方の愛妾になります。国に着いて行けばよろしいのでしょうか? 出発はいつですか? 明朝でしょうか?」


「いいや」


 すると彼が私を突然横抱きにした。


「きゃっ……!」


「俺は待てない性分なんだ。今からロクスに連れて帰る」


 兄王が悲痛な声を上げる。


「ま、待て!」


 だが、イクシオンが周囲をひと睨みにした瞬間、場は静まり返った。

 彼は宰相から書状を奪うと懐にしまい込む。


「ラフィーネ姫は……愛妾として大事に扱わせていただきます。それでは」


「イクシオン将軍、せめて準備を……」


 しかしながら、制されてしまう。


「必要なものは全て揃えてあるので――姫様は何も心配されなくてよろしいかと」


 軽い口調で返されてしまい唖然とする。


「国との別れの時間も与えないというの? イクシオン、あまりにも横暴なのでは!?」


 けれど、もう彼は何も答えてくれなかった。

 無言で歩く彼の表情からは何も見て取れない。

 そのまま玉座の間を後にする。


(歩く振動? やけにイクシオンの身体が震えているように感じるのは気のせいかしら……? 私を妻ではなく愛妾に貶めるだなんて……よっぽど国に対して恨みがあるのね……)


 今後、敵国で頼りにしないといけない相手だと言うのに、愛妾という立場があまりにも不安定で気がかりだ。


(イクシオン……愛妾ではなく妻に望んでくれていたなら……)


 そんな考えが頭をよぎり、即座に否定した。


(いけない……愛妾なら他の妾よりも優遇されるかもしれないけれど、いつ捨てられるか分からない。これから敵国で生きのびる術を考えなくては……)


 私が決意を胸に抱いていると、イクシオンが何かをぶつぶつと口にした。


「……愛して……妻にと……あれだけ俺は練習……」


 だが、彼が何を言っているのか小さすぎて聴こえなかった。

 なんとなく彼の炎のような瞳が冴えない気がする。


 こうして……互いの誤解は深まったまま……


 幼馴染の将軍の愛妾になるべく、私は自国と別れを告げることになったのだった。



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