第3話 森の朝食と、ふわふわな侵入者
チュン、チュン……。
小鳥のさえずりと、頬を撫でる柔らかな陽光で目が覚める。
「んん……よく寝たぁ」
私は思い切り伸びをした。
背中の痛みはゼロ。さすがは昨日、私が丹精込めて作った【特製カウチベッド(試作品一号)】だ。
中身は木屑と干し草だけど、スプリング代わりの魔力コーティングが良い仕事をしている。
目を開けると、そこはいつもの天蓋付きベッドのある自室――ではなく、掃除したばかりの廃屋のリビングだった。
そうだ、私は追放されたんだった。
「……あ、アレクセイさんは?」
ふと横を見ると、もう一つのベッドは空だった。毛布は綺麗に畳まれている。
(もしかして、もう出ていっちゃった?)
少しだけ胸がチクリとした。
まあ、当然か。彼は怪我をしていたし、仲間も探さないといけないだろうし。
あんなイケメンが、いつまでもこんな廃屋に居座るわけが――。
「お、起きたかマリエル」
ガチャリ、と玄関の扉が開いた。
朝の光を背負って入ってきたのは、アレクセイだった。
昨日の今日だというのに、彼の足取りはしっかりしている。というか、片手になぜか猪のようなものをぶら下げていた。
「えっ、アレクセイさん!? 怪我は!?」
「ああ、おかげさまでな。ぐっすり眠ったら驚くほど回復した。君の薬と、あの魔法のベッドのおかげだ」
彼は爽やかに笑って、獲物をドサリと床に置く。立派な牙の生えた、角ウサギだ。
「朝飯の足しになるかと思ってな、近くの森で狩ってきた。世話になった礼だ」
「す、すごい……! これ、高級食材のホーンラビットじゃないですか!」
私は駆け寄って、まじまじと獲物を見た。
王都のレストランなら、これ一匹で金貨一枚はする代物だ。それを散歩ついでに狩ってくるなんて、この人、只者じゃない。
(ん? よく見たら、剣を使った形跡がないわね。……素手で仕留めたの?)
恐ろしい想像は頭の隅に追いやり、私は手を叩いた。
「ありがとうございます! 昨日の干し肉、正直飽きてたんです。さっそく調理しますね!」
「お、料理もできるのか?」
「任せてください。これでも元公爵令嬢ですから……あ、違った。元DIYオタクなので!」
公爵令嬢はウサギを捌いたりはしないが、私は前世でキャンプ飯にハマっていた時期がある。ナイフ一本あれば、解体もお手のものだ。
***
三十分後。
廃屋の庭に、香ばしい匂いが漂っていた。
庭に転がっていた平らな石を【創造】で組み上げた即席のかまど。
そこで焼かれているのは、ホーンラビットのステーキと、野草のスープだ。
「――うまいっ!!」
一口食べたアレクセイが、目を見開いて叫んだ。
「なんだこれ、肉が信じられないほど柔らかい……! それに、この香草の使い方はなんだ? 臭みが全くないぞ」
「ふふ、お肉は焼く前に、私の作った『ミートハンマー(魔力付与)』で叩いておきましたから。繊維がほぐれて食べやすくなってるんです」
「ミートハンマー……?」
「あと、この香草は庭に生えてた雑草ですけど、鑑定したら『ローズマリーもどき』だったので使ってみました」
アレクセイは夢中で肉にかぶりついている。
まるで王族のような上品な顔立ちなのに、食べっぷりは豪快で見ていて気持ちがいい。
(作り甲斐があるなぁ)
私も自分の分の肉を頬張る。うん、美味しい。
やっぱり、食事環境は大事だ。
「さて。お腹も膨れたし、今日の予定だけど」
私が言うと、アレクセイが真剣な顔で向き直った。
「ああ。俺は一度、街へ降りてギルドに連絡を入れようと思う。だが、その前に――」
「その前に?」
「君の素材集めを手伝わせてくれ。昨夜、言っていたろう? 家を直すための木材や石が欲しいと」
私は驚いて彼を見た。
確かに言ったけれど、まさか付き合ってくれるとは思わなかった。
「助かりますけど……いいんですか? まだ傷も癒えてないのに」
「言ったはずだ、恩は返すとな。それに……」
彼は少し言い淀んでから、視線を逸らして呟いた。
「……こんな森の中に、か弱い女性を一人置いていくのは、俺の寝覚めが悪い」
(か弱い……?)
一人で猪並みのウサギを解体した女にかける言葉だろうか。
でも、その不器用な優しさが嬉しかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。お願いします、用心棒さん!」
***
朝食後、私たちは屋敷の裏手に広がる森へと足を踏み入れた。
そこはまさに、宝の山だった。
建築に適した真っ直ぐな杉、家具に使えそうな堅いオーク、そしてレンガの材料になりそうな粘土質の土。
「すごいすごい! これ全部使い放題なんて夢みたい!」
私は目につく素材を片っ端から【収納】――ではなく、背負った大きな麻袋(※自作)に詰め込んでいく。
重くなったら、アレクセイがひょいと持ってくれる。頼もしすぎる。
「君は、本当に楽しそうだな」
アレクセイが呆れたように、でも優しく微笑んでいる。
「楽しいですよ! 見てくださいこの木目! 磨けば絶対綺麗になります!」
「そ、そうか。俺にはただの丸太にしか見えんが……」
そんな平和な探索を続けていた、その時だった。
「――メアッ!!」
頭上から、何やら甲高い鳴き声が降ってきた。
「ん?」
見上げると、木の枝に『白い雲』のようなものが引っかかっていた。
いや、雲じゃない。
ふわふわの真っ白い毛玉から、つぶらな瞳と、小さな手足が生えている。
「なにあれ……羊?」
「いや、あれは……『クラウドシープ』か!?」
アレクセイが警戒して剣の柄に手をかけた。
クラウドシープ。空を飛ぶ羊型の聖獣で、その毛は最高級の魔力素材として高値で取引されているという、幻の生き物だ。
「メアァ〜〜ッ!(助けてぇ〜〜ッ!)」
その幻の聖獣が、どうやら茨の蔦に絡まって動けなくなっているらしい。もがけばもがくほど、自慢のふわふわ毛が蔦に絡まっていく。
「ぷっ、あはは! ドジっ子だ!」
私は思わず吹き出した。
警戒するアレクセイを制して、木の下へ駆け寄る。
「待っててね、今助けてあげるから!」
「おいマリエル、危ないぞ! 聖獣は人になつかないし、下手に触ると電撃を……」
「大丈夫よ。【創造】!」
私は聖獣に向かって手をかざした。
狙うのは、絡みついている茨の蔦だけ。イメージするのは『分解』。
シュンッ、と音がして、茨がほどけ、ただの枯れ枝となって地面に落ちた。
「メッ!?」
拘束から解き放たれた毛玉ちゃんは、重力に従ってポスリと私の胸の中に落ちてきた。
「うわっ、ふっかふか!!」
受け止めた瞬間、極上の羽毛布団に顔を埋めたような感触に包まれた。
なにこれ最高。これだけでクッションを作ったら、人をダメにする自信がある。
「メア……(助かった……?)」
腕の中の、玉――クラウドシープは、キョトンとした顔で私を見上げている。
そして、私の顔をペロリと舐めた。
「メアッ! メアメア!(ありがとう! いい匂い!)」
どうやら気に入られたらしい。
私の胸元に顔をうずめ、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「……信じられん」
背後でアレクセイが口をあんぐりと開けていた。
「警戒心が強く、人前に滅多に姿を現さない聖獣が……初対面の人間、しかも魔力を持った人間に抱かれているなんて」
「えー、そうですか? ただお腹が空いてただけかもしれませんよ?」
私はポケットから、朝食の残りの干し芋を取り出して差し出してみた。
すると、毛玉ちゃんは「メアッ!」と嬉しそうにそれを齧り始めた。
「可愛い〜! ねえ、この子、連れて帰ってもいいかしら?」
「……君の屋敷だ、君がルールだ。俺が止める理由はない」
アレクセイは苦笑しながら肩をすくめた。
よし、決まりだ。
「じゃあ、あなたの名前は『モコ』ね! 今日からウチのマスコット兼、お布団素材係に任命します!」
「メアッ!?(素材!?)」
モコは一瞬ビクリとしたようだが、私の撫でる手が気持ちよかったのか、すぐに脱力して身を委ねてきた。
こうして、強力な用心棒(アレクセイ)に続き、極上のモフモフ素材(モコ)までゲットした私は、意気揚々と廃屋へ凱旋したのだった。




