第1話 追放されたので、これからはDIYし放題です!
「マリエル・アークライト! 貴様との婚約を破棄し、辺境への追放を命じる!」
王宮の大広間。豪奢なシャンデリアの下で、第一王子エドワード殿下の声が朗々と響き渡った。
周囲を取り囲む貴族たちからは、嘲笑と軽蔑の眼差しが突き刺さる。
私の隣には、殿下の腕にしがみついて震えるピンク髪の男爵令嬢。
いわゆる「真実の愛」を見つけた殿下にとって、政略結婚で決められた悪役令嬢(わたし)は邪魔者でしかなかったということだ。
「二度と王都の土を踏めると思うな。北の果て、魔境アストラにある廃屋がお似合いだ!」
殿下は勝ち誇ったようにそう宣言した。
きっと彼は、私が泣き崩れるか、あるいは怒り狂って見苦しい姿を晒すことを期待しているのだろう。
私はゆっくりと顔を上げ、扇子で口元を隠した。
隠さないと、頬が緩んでしまうのがバレてしまうから。
(やった……!)
震える指先を必死に抑える。
悲しみで? いいえ、歓喜でだ。
(やったぁああああああ!! 追放キターーーーーッ!!)
心の中で、私はガッツポーズをして絶叫していた。
辺境アストラ。
そこは王家の直轄地でありながら、長年放置されている未開の土地だ。
噂によれば、豊かな森林資源があり、手つかずの鉱脈があり、そして何より――誰もいない。
つまり、そこに行けば、お父様の厳しい監視も、王妃教育という名の地獄の拘束時間も、面倒な派閥争いも、全部なくなる。
残るのは、「自由」と「素材」だけ。
(建築学科卒で、三度の飯よりDIYが好きだった私の血が騒ぐわ……! 王妃教育の合間に隠れて物作りする生活はもうおしまい。これからは、家だって家具だって、作り放題じゃない!)
そう、私、マリエル・アークライトには前世の記憶がある。
日本という国で建築を学び、休日はホームセンターに入り浸っていたDIYオタクとしての記憶が。
この世界に転生して十八年。
公爵令嬢という立場上、大工道具を持つことすら許されず、淑女の仮面を被って生きてきた。
使えるのは、こっそりと磨き上げた【創造魔法】という、貴族社会では「地味で役立たず」とされる土木系スキルのみ。
けれど、辺境なら?
誰に遠慮することなく、このスキルをぶっ放せる。
「……謹んで、お受けいたします」
私は完璧なカーテシーを披露した。
顔を伏せたまま、震える声(笑いを堪えているだけ)で告げる。
「殿下と男爵令嬢の幸せを、遠い辺境の地よりお祈り申し上げますわ。さようなら」
私はドレスの裾を翻し、颯爽と広間を後にした。
背後で「あいつ、強がりを……」「哀れな女だ」という声が聞こえたけれど、知ったことではない。
さあ、荷造りだ。
ドレスなんていらない。必要なのは動きやすい服と、今までこっそり買い集めて隠しておいた工具セットだ!
***
王都を出発してから、馬車に揺られること二週間。
舗装された街道が途切れ、ガタガタと車輪が悲鳴を上げる獣道に入ってさらに三日。
窓の外の景色は、洗練された田園風景から、鬱蒼とした原生林へと変わっていた。
「……着きましたぞ、マリエル様」
御者の騎士が、気まずそうな声をかける。
彼は監視役としてついてきた王宮騎士だ。私のことを「可哀想な追放令嬢」だと思って、道中ずっと気を遣ってくれていた。
馬車が止まる。
私は期待に胸を膨らませ、扉を開けて地面に降り立った。
「ここが、アストラ……」
目の前に広がっていたのは、まさに「廃墟」だった。
かつては領主の館だったのだろうか。
石造りの二階建て屋敷は、蔦に覆われて緑色の塊になっている。屋根瓦は半分以上が剥がれ落ち、窓ガラスは割れ、玄関の扉は蝶番が壊れて斜めに傾いていた。
庭? いいえ、それはただの雑草の海だ。私の腰ほどの高さまである草が、風に揺れている。
「ひどいものですな……」
騎士がハンカチで鼻を覆いながら呟いた。
「殿下も酷なことをなさる。これでは雨風を凌ぐことすらままならない。マリエル様、今からでも泣いて詫びれば、修道院くらいには変更してもらえるかもしれませんぞ?」
確かに、普通の令嬢なら卒倒するレベルだろう。お化け屋敷と呼んだ方がしっくりくる惨状だ。
でも。
(……最高じゃない)
私の目は、騎士とは全く違うものを見ていた。
まず、あの屋敷の基礎。
石造りの壁は蔦に覆われているけれど、傾いてはいない。つまり、土台はしっかりしているということだ。
百年以上前の建築様式に見えるけれど、当時の職人の腕が良かった証拠だわ。リノベーションのしがいがある、優良物件だ。
それに、あの剥がれた屋根。
修繕ついでに、天窓をつけてロフト風にするのはどうだろう? 朝日が差し込むアトリエなんて素敵すぎる。
そして何より、この立地! 屋敷の裏手に聞こえる水音は、清流がある証拠。
周囲を取り囲む森からは、質の良さそうなオークや杉の香りがする。
(素材の宝庫……! 木材も石材も水も、全部現地調達できる!)
「ふ、ふふふ……」
抑えきれない笑いが漏れた。
「マリエル様? あまりのショックに心が……?」
「いいえ、騎士様。感謝しているのです」
私は振り返り、騎士に向かって満面の笑みを向けた。それは演技ではない、心からの笑顔だったはずだ。
「こんなに素晴らしい場所をいただけるなんて。私、ここがとても気に入りましたわ!」
「は、はあ……」
騎士はドン引きしていた。
狂ったと思われたかもしれない。でも構わない。
荷物が降ろされる。最低限の食料が入った木箱と、私の私物が入ったトランクが二つだけ。
置き去りにされた令嬢の姿としては、あまりにも心許ない。
「それでは、我々はこれで。……どうか、達者で」
騎士たちは逃げるように馬車に乗り込み、去っていった。
彼らは二度と戻ってこないだろう。
砂煙を上げて遠ざかる馬車が見えなくなるまで見送り、私は大きく息を吸い込んだ。
森の空気は澄んでいて、少し甘い匂いがする。
「さてと!」
私はスカートの裾をまくり上げ、トランクを開けた。中に入っているのはドレスではない。
作業用のつなぎ(侍女の服を改造した自作品)と、軍手、そして愛用の工具ベルトだ。
手始めに、傾いて今にも倒れそうな玄関扉の前に立つ。
「まずはここからね。私の城への第一歩!」
私は右手をかざした。
体内の魔力が熱を持って指先に集まる感覚。
イメージするのは、錆びついた蝶番の構造と、新しい金属の形成。
「――【創造】!」
淡い光が私の手を包み込む。
次の瞬間、ボロボロだった蝶番が光の粒子となって再構築され、鈍い銀色に輝く新品へと変わった。
キィ、と嫌な音を立てていた扉が、滑らかに、音もなく開く。
その先には、埃と蜘蛛の巣だらけのエントランスホールが広がっていた。
「……うん、やりがいしかない!」
廃墟? 追放? そんな言葉は私の辞書にはない。
ここは今日から、私の最高のリゾート地になるのだから。
こうして、元悪役令嬢マリエルの、DIY三昧の辺境スローライフが幕を開けたのだった。




