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「どうしよう……」



授業中にもかかわらずエナは大きめの独り言を呟く。


最近悩んでばかりな気がするが、今エナが悩んでいるのは事件のことではなく、

差し迫った魔法学実技の授業のことであった。


近々、魔術系の学科と武術系の学科が合同でチームを組んでダンジョンに行くことになっており、教師がダンジョンについて説明していた。



ダンジョンとは、魔物の溢れる未知の遺跡である。

地下に潜れば潜るほど魔物が強くなる性質を持ち、各フロアの最奥にボスがいて下に続く階段を守っている。


そんな危険な場所にわざわざ行く理由は、魔物からしか取れない鉱石や、ダンジョン特有のお宝があるから。


ダンジョンは各地にそれなりの数あるが、未だに誰も最下層まで辿り着けておらず、まだ見ぬお宝に人々は夢を膨らませ、研究も盛んに行われている。


そんな危険な場所に行くのだから魔術は必須だ。

ユジン先生は優しいためはっきりと言わなかったが、貴族の殆どは何らかの属性持ちであり、

平民よりも魔術に造詣が深い。


幼い頃から家庭教師を付けて勉強する環境と血筋があれば、そこそこの魔術ができるようになっているものだ。


つまりはこの学園でへっぽこ魔術師はエナ一人だけである。


エナの魔術は幼児とどっこいどっこいだったが、幸いにも魔術学部理論学科であるため、入学後の試験に実技試験がなかった。



(属性が無いなんてバレたら更に孤立しそう……)


エナは大きなため息を何度もはいていた。

基本的にエナはどんよりしているが、今日は更に酷い。



「エナ様、どうしたんですの?」


「い、いえ……実習が不安で……」



隣の席の令嬢が話しかけてきた。


あのエナでさえも一ヶ月も過ぎれば、特別仲のいい友人は出来なくとも、世間話くらいはできるようようになっていた。

理由は単純。

陰鬱で話がつまらなくても、エナはそれなりに身分も良く成績も優秀であるから。


あとは恐ろしく美形の執事がそばにいて目立っているから。

むしろこれが一番の理由である。



「大丈夫よ。そもそも理論学科なんて実践で何も期待されてないわ」



理論学科は、理論を学ぶことで新しい魔術を生み出したり、効率の良い魔術理論を構築したり、

付与魔術や魔法陣を研究したり、古代魔術を読み解いたりする学科である。


研究者気質な子達が集まっているわけで、魔物と対峙して戦うようなことができる子は居ないだろう。


魔術についてひたすら理解を深めていくので、理論学科の子の方が上級魔術を会得しやすい傾向にあり、魔法陣を用いての高火力な魔術もできるのだが、

一年生のこの時期から上級魔術ができる人はいないし、魔法陣の方も充填時間が長く如何せん戦闘に向かない。


今回のダンジョン実習も、基本は武術系学科の子と魔術実技学科の子を中心に攻略するだろう。

魔法陣を用いての高火力魔術がないと通用しないような魔物はいないため、理論学科の子はおまけだった。



「いやそうなんだけど……やっぱり不安で……」



そう、エナはおまけどころかお荷物なのだ。


適正のある属性がないのだから、魔術が上達するはずもないし上級魔術など会得できるはずもない。

今の今までバレていなかったが、どうやらもうそこまで年貢の納め時が来ている。






授業も終わり、エナは教科書をしまいすぐに立ち上がる。


エナの生活は非常に地味で、他のクラスメイトがお茶会やらなんやらしている中、

教室と寮、たまに図書館の往復のみである。


エナは本日も例外なく、終わってすぐにせっせと寮へと足を進める。



「いつまでうじうじしているんですか。実習だって別に何もしないで付いてけばいいじゃんか……です」



部屋以外でのナナリは敬語で落ち着かない。

もはや敬語と呼べる代物でもないが。



「そうだけど……」


「そんなに気にしなくても、エナは元来愚図でへっぽこじゃ……でございましょう?」


ナナリの相変わらずの暴言に呆れて言葉も出ない。



「俺が何とかしてやるから、な? エナ様」



ナナリは優しく微笑んでエナの頭に手を置く。

頭に手を置かれた為エナは足を止め、ナナリを見上げる。

なまじ顔がいいだけに、エナはため息をついた。



「入学後の実力筆記試験、魔術理論一位だった。

先生もみんなも私を優等生だと思ってる…裏切りたくないの。一人になりたくない……」


「うわ〜しめっぽ〜」



ナナリがうげっと顔を歪め舌を出し、「つか今も一人じゃん」と呟く。

ナナリだから正直な弱音を吐いたのにこの言いよう、ある意味ナナリらしくてもはや安心する。



「別に適正がないくらいで虐められたりしないですよ」


「そーかな」


「うん。絶対」



ナナリは俯くエナを上から眺め力強く言う。

謎の安心感が生まれ少し気が楽になった。





「おっ、あれが噂の第二王子殿下ですよエナ様」



話を変える為に明るい声でナナリが言う。

エナも俯いていた頭を上げ、ナナリが見る先を見た。



「金髪の男に女が群がってるのがいらっしゃるでしょう?」



視線の先には、数名の男子生徒と沢山の令嬢に囲まれた長髪で金髪の少年がいた。

にこやかな笑顔で令嬢達と談笑する姿は神々しくいかにも王子様といった風貌だ。


殿下はエナとは学科が違うため今まで会ったこともなかったが、情報通のナナリは殿下を知っていたようだ。



「こりゃまた……めちゃくちゃカッコイイね」



背も高くスタイルが圧倒的に良い。

そして何より顔面が国宝級に美しい人だった。


ナナリも人間離れした美しい顔面の持ち主だが、ナナリはそもそも人間ではないので、人間離れしているのは当たり前なのだ。

そんなナナリに勝るとも劣らない美貌を持つ殿下の異次元さがお分かりいただけるだろうか。


殿下はナナリの男らしい顔立ちとは違った感じで、男らしさの中に、中性的な美しさを孕むアンニュイな顔立ちで、長いまつ毛と翡翠のような瞳が印象的だった。


エナは、本邸のお嬢様はあんな人と結婚するのかと思い、凄いんだなと改めて認識する。


だがひとつエナには引っかかることがあった。



「ねぇ、ナナリ」


「んあ? いかがなさいました?」


「殿下って……精霊に嫌われてない?」



殿下の周りは綺麗スッキリ精霊がいない。

殿下が動くと、モーゼの海割りのごとく精霊達は避けていく。

ここまで避けるのは本邸の奥様以上かもしれない。



「あ〜確かに。俺もぶっちゃけ嫌いですしね〜」


「そっか……」



あんなに笑顔の似合う人でも腹に一物抱えているものなのか。

エナは少し落胆する。

結局人は見た目ではわからない。


精霊が避けているのが見えるというのに、殿下が悪人と信じられないでいたが、

婚約者が居るのにあんなに女性を侍らせている人がいい人なはずがないと無理矢理思い直す。



「本邸のお嬢様は——もう本邸のっていうのも変か。

セレナ様は、婚約者なのにあれを放置してて平気なのかな」


「……さぁ」



そういえば、本邸でも会わなかったが、セレナ様はどの学科を選んだのだろうとふと思う。


風魔術が得意だから魔術実技学科だろうか。

それとも可憐な姉らしく、美術学科とかで絵でも描いてるのだろうか。


セレナは精霊に好かれているわけでもないが、嫌われているわけでもない。

エナからみても、離れの屋敷に度々会いに来てくれて母の行動を詫びてくれるような可憐で優しい少女だ。



殿下と結婚して大丈夫だろうかと少し心配になった。



「ほら精霊嫌われ男がこっちに来る前に帰ろうぜ」


「ナナリ!?殿下に不敬はやめてよ」



あまりの不敬にエナは慌てて周囲を見る。

聞かれたらと思うと気が気でない。



「フハッ知らね〜」



頭の後ろで手を組んでアホな顔を晒すナナリ。



「大体いつになったら敬語できるようになるの?」



いつも語尾を変えただけのヘンテコな敬語でヒヤヒヤしているのだ。



「だって俺高貴な身分だし。もう千年くらい敬語使ってないし」



ナナリはエナに顔を寄せ耳元で甘い声で囁く。



「本当、エナだけだぜ? 俺がへりくだるなんて」



ツッコミどころが多くて呆れてしまう。

エナはナナリがへりくだっているところなんか一度たりとも見たことない。











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