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学園に来た。無事に魔術学部理論学科に合格し、エナもあの誉高い王都学園の生徒だ。


エナは息苦しいあの家を出て寮生活をしている。

使用人は原則一人までで、学園内を連れて歩いて問題ない。

寮には自室の隣に使用人の部屋もある。

そしてエナの使用人枠を奪い取ったのはもちろんこのキュートな黒猫である。


侯爵も奥様も忙しいのか(奥様の場合は関わりたくないのだろうが)、エナが連れていく使用人にまで干渉しなかったので、割と簡単に事が進んだ。



「ひーまー」


「重い、ナナリ」


ナナリがエナの腕を背もたれにして体重をかけてくるのでエナは必死に押し返す。


今はエナの部屋でナナリと二人。

隣に使用人室があるが、当たり前のようにエナの部屋に居座り、一度も使っていなかった。

ナナリは執事としてそばにいるため、学園に来てからは猫よりも人型を取る時間の方が増えている。


エナのベッドに平気で乗るし、なんなら一緒に眠っている。

猫時代から一緒に寝てはいたが、最近は人型。

このイケメンと一緒に寝てなんとも思わないのはエナくらいだろう。



「エナさ、最近つまんなくね? 執事のフリ飽きたんだけど」


「そんなこと言われても……」



意外にもナナリはまともに執事を務めあげていた。

だが、最近は確かに適当感が滲み出ている。

不遜なナナリがエナを敬うのは、学園に来ることがなければ有り得ない、もう二度とないくらいレアな出来事だったかもしれないのに少し残念だ。


なし崩しに言われるがまま、学園まで来てしまったが、あのままよりかは、将来進む道が増えるので学園にきて良かったと思っている。


それに、エナの目的のためには学園に来て正解だった。

目的とは、勿論あの事件の犯人を突き止めることである。


ふと、エナはナナリが本邸で情報収集が得意だったことを思い出す。

ナナリに手伝って貰えば解決できるかもしれない。

なんせナナリは大精霊なのだから。



「あ、暇なら手伝って欲しいことがあるんだけど……」


「んー何? エナのためなら何でもしちゃうよ〜」



無表情だったナナリの顔が分かりやすく楽しげに変わり、美男子のとろけるような笑顔がエナをまっすぐ見つめている。

『何でもする』と言うナナリの言葉に、こんなことなら早く相談したらよかったと後悔した。

むしろ何で今まで言わなかったのか、と思われるかもしれないと思うと、言い出しにくさまで感じる。


人型になっているナナリの今は無いはずの尻尾が揺れてるような気がした。



「ありがとう。その……あの事件の犯人、少しでも手がかりを集めたいの」


エナがあの事件ことを蒸し返すのが意外だったのか、一瞬間が空いてナナリが答える。



「あれ? 犯人探しって本気だったんだ?」


「うん。この学園が貴族ばかりだからこそ受験頑張ったんだ」



実はエナは、両親の事件の犯人は貴族ではないかと睨んでいる。


両親を殺して得するのは貴族の政敵か、商売敵か、はたまた個人的な恨みだったとしても、

両親と交流があるのは専ら貴族であるわけだ。

そしてこの学園は貴族で溢れている。



「えー友達作るために受験頑張ったんじゃねーのー?」


「それは二の次だよ」


「俺はその為に頑張ったんだけど」



「え?」



さらっと言うナナリの言葉がやけに耳に残り、聞こえていなかった訳ではないのに思わず聞き返す。



「あーいやこっちの話。それでさ、もう入学して一週間なのにエナぼっちじゃん」



ナナリが二ヘラと笑い、話を逸らす。

逸らした先はかなり鋭利にエナの心を抉り、エナの頭は考えかけていた思考を放棄した。


胸を押さえながら、エナは反論する。



「う……まだ慣れてないだけだから、そのうちね」


「ふーん。まぁエナを独り占めできて俺としては好都合だけどね」



そう言ってナナリはエナを後ろからすっぽり囲うように抱きしめる。

ナナリは度々こういうことを言う。


この間の浮気発言もそうだが、特別だとか大切だとか言ったり、抱きしめたり普通にするので、エナもさすがにナナリの並々ならぬ愛情は感じていた。



大精霊に好かれ、精霊も見える。


エナは予てから考えていたことを思い切って聞いてみた。



「その、あのさ、私って精霊の愛し子……つまり聖女なの?」


「は?なんで?」


「え? ほら、ユジン先生が精霊魔法とか聖女についてちょっと教えてくれてね……

それでどうなのかなって?」



ユジン先生の名を聞いたナナリは、「あいつか〜」と言って顔を顰める。

友達探しには積極的なくせに、ユジン先生と仲良くするのは気に入らないらしい。


ナナリはしばらく視線を宙に漂わる。



「そうだね。エナは今代の聖女だよ。なんて言ったってエナは俺の愛し子なわけだし」



ナナリは、わざわざエナの前方に顔を出して首を傾げる。

うざったいことに、ウインクまで追加してきた。



「そ、そうなんだ」



予想していた事とはいえ、自分が聖女確定となるとかなり動揺する。

ナナリのナルシストに構っている余裕などない。



「えー? 今のは照れるところでしょ〜」



ナナリはとっくに慣れてしまったエナを見てつまらなさそうに不貞腐れる。

「俺カッコイイよね? よくない?」と喚いているナナリを無視し、エナは更に質問を投げかけた。



「ねぇナナリ、精霊の力で何とかなったりしないの?」


「いやいや、えー精霊をなんだと思ってんのエナ〜」


「でもユジン先生が、聖女様は色んな精霊の力を借りれたって……」



「あー、えーとつまりさ、あれは戦時中じゃん。エナの私利私欲のために貸したりしないよ」


「じゃあどうしよう」とエナは頭に手を当てて唸る。


「正直このマンモス校で闇雲に聞きまくるより、エナが手がかりを思い出す方が手っ取り早いと思うけどね」



ナナリがエナの髪を弄りながら軽い調子で言う。


ナナリの言う事はまさにその通りだった。

幼きエナは事件の現場にいた為、確実に見ているのだ。

しかし、エナには犯人の記憶はない。

事件そのものの記憶も朧げな状態だった。

悲惨な記憶であるのだから、覚えてなくて良かったのだが、犯人が未だに捕まらないとなると話は別だった。



「私は何も覚えてないもの……」



覚えているのは血まみれで倒れている両親のみ。


苦悶に満ちた顔。血溜まりがら這い出た指先。深く抉れた横腹。汚れた絨毯。

花瓶の破片と、散り散りになった花——


その光景は何度も夢に出てきて、未だにエナを苦しめる。

忘れたいようで、忘れてはいけない。

エナはそんな微妙な気持ちの中でフラフラと揺られていた。


事件の黒い記憶はエナの深層心理のに沈殿して気持ちを濁らせる。



「エナ! 大丈夫だよ俺が何とかするから! 自然と思い出すかもしれないし無理は良くないよ。な?」



あまりに暗く沈んだエナを見て、ナナリが慌てて励ます。

ナナリに励まされたことなどないエナは、らしくないナナリに驚愕の表情を浮かべる。

ナナリは日頃常にエナを貶して気分を落とさせる側なのだ。



「おいなんだよその反応。ちょっと違うじゃーん!」


「だってナナリが優しいんだもん……」


「俺だって思い出させて悪かったって思うこともあるし!

心優しいのよ俺。なんたって大精霊様だからね〜」


「ナナリが心優しい?」



絶対そんなことない。

エナにとってのナナリはいつだって傍若無人で自分本位な気まぐれ猫ちゃんなのだ。



「うるせぇ! 俺も"いつかは"絶対に犯人を明らかにするつもりだから、エナは心配すんなって、な?」



妙に優しいナナリに戸惑いつつも、エナは頷いた。





 


だんだん不穏になります笑



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