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あの日を境にエナの生活は変わった。


まず大量の侍女がつくようになり、家庭教師もつけられた。

離れの屋敷からも移され、本邸に部屋を設けられた。


おかげでナナリと一言も話していない。

料理もできないし、お散歩も一人ではできない。

律儀に猫の振りをしていたナナリも、キャットフードを出された時は限界だったのか、窓から逃げ出した。

今では帰ってくる方が珍しい。



(でも何でいきなり奥様の所業がバレたんだろう?)


侯爵がいきなり帰ってきて、エナを救い出してくれたのは有り難いが、話が出来過ぎている気もする。

若干不自然さが否めないが、エナはこの流れに乗る他ない。

奥様の圧を感じるこの家から一刻も早く逃げたいのと、人と話さないままの現状を変えたいエナにとってこの提案は渡に船だ。


十年前のあの日から停滞していた事件の犯人探しも動くかもしれない。

エナは自分で犯人を見つける気でいた。

十年間事件を解決できない警察にもはや期待はしていない。



「エナ様集中なさってください」


「あ、ごめんなさい」


今は、家庭教師のユジン先生の授業中。

ナナリと話せないものだから、ユジン先生がエナにとって一番話す人になっていた。

淡々と話す先生だが、テンションを合わせなくていいぶん話しやすい。


「魔力があってこその魔術であり、その魔力には個人差があります。

生まれた時から決まっている説が有力ではありますが……」



エナが侯爵に行くように言われたのは王都学園であり、

先にも述べた通り王都学園はこの国で一番の難関校であるため簡単には入れない。


今まで何も教育を受けていないエナは、基礎すらもできないのだが、侯爵はかなり無茶を言う。

サフィール侯爵家の次女としての肩書きが、王都学園以外の学園への進学を許さないということだろうか。


王都学園は最難関校なだけあって、様々な学部学科があるが、

入試科目は魔術学、政治経済学、歴史学、社交学、外国語。


その為エナはまずこれらの科目を超特急で詰め込まれていた。

今は魔術学の授業時間であるが、実は魔術理論は自主的に学んできたため、知っていることばかりで正直退屈だ。




実はエナは魔術が大して使えない。

大抵の人は何かの属性に適正があるのだが、これが全くない。



サフィール家は風魔術の名家だ。

本邸のお嬢様はもちろん風属性の適性があり、よく庭で練習していた。

美しい黄金の髪が巻き起こした風に揺られて煌めくのをエナはいつも眩しく見つめていた。


その光景は憧れるのには十分で、実はエナも有り余る暇を費やして練習したのだ。

だが、水は指先からチョロチョロ出るだけであったし、風は涼むのにちょうど良い程度。

それを見ていたナナリに大笑いされながらも一通りは試したのだ。

魔術学の有名な書籍は全て読み、魔術構築の理論は分かる。

たが適性がない。



「先生、適性がない人は上級魔術とかは使えないのですか?」


「いい質問ですね。そうですね……上級は難しいでしょうね。

適性外で基礎魔術が打てたら上出来です」


やはり無駄な努力だったのかとエナは落胆する。

エナは基礎魔術も到達出来ていない段階だった。



「ですが、後から適性が見つかる場合もありますし、

魔術に適性がなくとも、精霊魔法なら魔術と同じ——いやそれ以上の効果が生み出せると言われています」



「へっ? せ、精霊?」



突然の精霊の話題にドキッとする。


「精霊は普通は見えませんし、力を貸してくれませんが、稀に精霊の愛し子……聖女となる存在がいます。

精霊魔法なら色んな属性の精霊に力を借りられるので、適性がなくとも問題ありません。

むしろ全属性持ち扱いですね」



エナは目を瞬かせる。



「精霊の愛し子……聖女……」



自分はもしかしてとんでもない存在なのではとエナは思った。

精霊であるナナリに好かれているのは確かだろう。

こんなに一緒にいてくれてるのだから。



(えっ……え? 私聖女なの?)



「魔大戦時代の文献によると、聖女様は強力なバリアを張り、超範囲回復魔法を常時かけていた上に、

白銀に光る槍を手に自ら戦地を駆け、大いに勝利に貢献したそうです。

国で一番の戦士は間違いなく聖女様だったと言われてます」


「……凄いですね」


「特別な存在ですからね」


「へ、へぇ〜」



声が上ずる。

自分が聖女かもしれないと思うと、嬉しい反面、何だか荷が重かった。

猫と自由に暮らせればそれでいいのに、今はそれすらもままならない。










エナの勉強は順調に進んで行った。

過去問の結果を見て先生が唖然とする。


「エナ様凄いですね、これなら上位で受かりますよ」


「よかったです」


(読書好きで助かったかも……)



魔術学の書籍以外にも、役に立ちそうなのは読んでいたからか、先生の授業がすんなり理解出来ていた。



「こんな才能……もっと早くから勉強していたら今頃国一番の才女になっていたのかも」


「先生?」


「ゴホッゴホン。すみません、これで入試は問題ないと思います。

エナ様は大変優秀で私がいなくとも大丈夫でしたね」


「あ、ありがとうございます」


「じゃあ本日はこの辺で失礼します」



エナは未だに家庭教師の先生としかまともにお話出来ていなかった。


侍女とは業務連絡しかしないし、ナナリはただの猫だし、住み慣れてない本邸だし、奥様に合わないか気が気でないし、エナの心境は散々なのだ。


だから先生に褒められると少しむず痒く嬉しかった。

エナには両親の記憶はあまりないし、あの猫が褒めるわけない。


つまり褒められたことがないのだ。




「随分嬉しそうじゃんエナ」




急に声をかけられびっくりして振り向く。

ナナリは窓のサッシに乗っており今帰ってきた様子だ。

素早く室内に飛びおりると、着地する前に人型になりエナに詰寄る。



「なぁに〜浮気?」



首を傾げ下から睨めつけるように目を細める。


「ああいうなよっちぃのが良いわけ?」


いつもと違った様子のナナリに戸惑う。


「な、な、ナナリ、どうしたの? 人型になっちゃまずいでしょ、誰か来たら……」


「は?そんなの今どうでもいいじゃん。それにこっちの方が意識するでしょ」


なぜ責められてるのか分からない上に、久々の会話がこれでエナは泣きそうだった。


「だいたいエナが才女とか笑えるんだけど? 何にも見えてないこの愚図が?」


「なんなの……ナナリ。久しぶりに会ったのにそれは酷くない?」


「別に。俺いつもこうでしょ。それにエナが悪いんじゃん」


「何もしてない私……」



ナナリは、エナの目をこれでもかというくらい、強い眼差しで見つめた後、ナナリは視線をふっと逸らして離れる。


「ふーんまぁいいや」


ナナリは猫になりエナの膝に乗った。

エナも猫を払いのけることは出来ず何となく癖で撫でてしまう。



「ナナリなんで全然話してくれなかったの?」


「バレると困るからに決まってるだろ」


「でも今日は話すじゃない……」


「エナが浮気するからだろ」


「だから、浮気って……」



まだ機嫌が悪いらしいナナリに呆れ気味にため息をつく。


「あのね、ナナリ」


「おっと黙るわ、にゃあ〜」


「ちょっとねえナナリ、何がそんなに嫌なの?」



その時ドアを叩く音がして侍女が遠慮がちに話しかける。


「……エナ様いかがなさいましたか?」


「あ……なんでも、なんでもないです」



エナは独り言を言うおかしな女になっていたことを自覚して頭を抱える。

そんなエナを見て黒猫が馬鹿にしたように小さな舌を出したのだった。









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