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「おっ、侯爵が帰ってきたみたいだぞ」



今日は冬にしては暖かいので、ナナリと庭で日向ぼっこをしていた。

庭と言っても離れの庭なので、ただの茂みと木である。

花は枯れたのがそのままで、雑草ですらも元気がない様子であるが、エナたちは何も気にしない。


もちろんエナも初めの頃は暇なものだから、庭の手入れもしてみようと思ったのだが、どう植えても枯れた。

広すぎる上にエナには才能がないときたら、もう放ったらかすしかなかった。


そんな庭でも猫が外でのびのびする様子も悪くないので庭として十分なのである。



「珍しいね……というか何年ぶり?」


「え〜五年ぶりくらいじゃない?」



侯爵は滅多に家に帰らない。

働き先は王都なのだから、大した距離ではないし、毎日帰ることが可能であるというのに、

帰らない理由は奥様と不仲だからだ。


エナがこの家に来た頃は、仲睦まじい夫婦であったような気がするが、いつの間にか侯爵は帰らなくなった。

そしてエナは離れに閉じ込められることになったのである。



「そっか。はぁ……本邸に行かないとだね」


侯爵が戻る度、エナは本邸で暮らしている振りをさせられていた。

きっと奥様はエナを執拗に遠ざけていることを侯爵に知られると困るのだ。



「早く行こうよエナ」


「あ、うん」



ナナリの尻尾がゆらゆら揺れている。今日のナナリは機嫌がいい。



エナが持つ中で一番まともな服を着て身支度を整えると、直ぐに本邸へ向かった。


およそ五年ぶりの本邸は、侯爵が帰ってきたからか、使用人たちが慌ただしかった。

エナはナナリを腕に抱えオドオドと本邸に足を踏み入れる。

直ぐに使用人が寄ってきて、書斎に集まるようにと言われたが、ここでまともに暮らした記憶のないエナが書斎の場所など知るわけが無い。


適当に奥に歩いていたが案の定迷った。


「ここどこなの……ねぇナナリ」


「にゃあ〜」


一声鳴いて、ナナリはエナの腕から飛び降り歩き出す。

ついてこいと言ってるのが何となく分かり、エナは大人しくついて行く。

ナナリはなぜか本邸の構造を隅々まで把握しており、迷いのない足取りでドントン進んでいった。


(執事ごっこの成果かしら?)


エナだけではなく可愛らしい黒猫までもが、本邸に立入ることは禁じられているので、

ナナリが頼りになるのが意外だった。

もっとも、ナナリは奥様の目を盗み、本邸に散歩に来たり食べ物を持ってきたりはしていたが、

本邸の奥深くまでは来れなかったはずだ。


ナナリまで厳しく本邸から遠ざけるのは、ひとえに奥様が大の猫嫌いであるからで、

エナと初めて会った時も腕に抱いたナナリを見て悲鳴をあげたものだ。



(こんなに可愛らしいのに……)


後ろからナナリの揺れる尻尾を見つめる。


(うん、やっぱり可愛い)


しばらく歩くとナナリはある扉の前で止まり、エナの肩に登った。



「あ、ここだわ。ありがとナナリ」


ナナリの頭を撫でてお礼を言うと、目を細めて気持ちよさそうにうずくまる。

エナは意を決してノックをし名乗ってから書斎に入った。


書斎の空気は重かった。

いつもはエナを見た途端、「汚い猫を家に入れないで」と文句を言ってくる奥様も

エナの事が見えていないかのようで、まるで気にしてない様子。


そして、奥様の顔は真っ青でかなりやつれていて異様だった。


とうとうバレたんだとエナは思った。

あのオンボロ離れにエナを放り込んでいることが。


当時五歳だった少女の世話をせず十年間も放置するのは正気を疑う鬼畜ぶりだ。

正直エナが生きているのはナナリがいるからであり、もはや殺人未遂なのである。


侯爵は常に多忙で家に帰らないため、屋敷の管理は奥様がしている。

それ故、今までエナの処遇も知らずにいたのだが、この様子だとやっと把握し奥様を糾弾しているのだろう。

正直いい気味だ。



「エナ、久しぶりだね」


「お、お久しぶりです」


久しぶりに人間と会話し、普通に吃る。

久しぶりというレベルではないが、久しぶりに見る侯爵は痩せたように思えた。



「早速で悪いんだけど、エナは春から学園に行ってもらう」


エナは驚きすぎて言葉が追いつかない。

勿論驚いていなくともまともに会話できないけれども。


「えっ、と……はい」


(どう言うこと?)



「妻から聞いたけど、あまり教育を受けていないんだって?」


あまりどころではない。全く受けてない。




なるほど——エナはだんだん全容が見えたきた。

侯爵は今まで不当な扱いをい受けてきたエナを救い出してくれようとしているのだ。


侯爵がこの家の全容を把握したこれからは、普通に本邸で生活し、学園で学んで暮らしていけるかもしれない。


「今からでも遅くないから学園に行って励んでくるといい。家より楽だろう?」


「わ、かりました」


侯爵は矢継ぎ早に要件を言い、エナを早々に書斎から追い出した。

その様は、養女のエナを救い出す為に妻を糾弾したようにはどうにも見えないが、

突然学園にいけることになり困惑しているエナには伝わらなかった。



長い廊下で呆然と立ち尽くす。


「え? 学園に行くの私……なんで?」


「にゃあ」


ナナリはどこか誇らしげに鳴いた。








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