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今日は街に買い物に来ていた。
街には週に一回程食料の買い出しに来ており、エナは大通りのパン屋がお気に入りだ。
しかし、今日のエナはただ買い物に来た訳では無い。
先日のナナリの話は、将来について危機感を覚えるには十分で、とにかく人と話そうと決心したのだ。
コミュ障を克服できれば、良い婚約が舞い込むかもしれないし、追い出されたとしても市井のお店で働いて暮らしていけるかもしれない。
家の人間と話せるわけもないので、とりあえず街に来たが、だからといってコミュ障のエナが知らない人と話せるわけでもなく、最初から詰んでいた。
「エナ〜もう帰ろうぜ〜さみぃよ〜」
「ダメ。まだ、あと少し……」
もう既に買い物は終え、二時間も意味もなく大通りの脇に佇んでいる。
焼きたてに惹かれてついつい買ったカレーパンは、もう冷えてしなっている。
飽きっぽい性格のナナリは、もう我慢できないらしく普通に喋りだしているが、それを咎めるほどエナに余裕はない。
(習い事でも始めたらいいの? 趣味仲間みたいな? でもどこに行けばいいの……)
「エナ〜エナってば〜」
(無理だ……友達ってどこで作るものなの?)
一人で迷走しているエナに呆れてナナリはため息をつく。
「チッ……はぁーめんどくせーな……人と喋れりゃいいんだな? ちょっと待ってろ」
ボソボソとつぶやいたナナリは、エナの肩からヒョイと降り、人混みへ入っていった。
「え? ちょっナナリ!」
あっという間に見えなくなってしまったナナリを探すように、ナナリが消えていった方角を見つめ視線を漂わせるエナ。
今まで、屋敷で一人になることはあっても、外で一人になることはなかったため、不安が込上げる。
(え、どこ行ったの? 待ってろしか聞こえなかったけど、待てばいいの……?)
ポツンと一人。
エナはとりあえずベンチに腰かけ、大通りの人々を眺める。
遊びに来ているのか、買い物か、ただ通るだけか分からないが、皆、誰かと歩いていた。
家族、友達、恋人——エナが欲しいものを手に入れている人々を見ていられなくなって、自然と下を向いた。
しばらくして視界に誰かの靴先が映り、あまりに近い距離に驚いて顔を上げる。
「よっお嬢さん、お話しようぜ」
目の前にはこの世のものとは思えない程の美男子がいた。
艶々の黒髪に綺麗な二重のシャープな目元。瞳も吸い込まれそうな漆黒で、睫毛が長い。高い鼻筋に血色は悪いが形の良い唇。
顔も小さくスタイルがものすごく綺麗で長い足に釘付けになる。
そんな美男子がキラキラの笑顔でエナに話しかけているのだ。
何事だと一瞬ビビったエナだったが、その声は十年間聞き続けた馴染みのある声であった。
「な、な、ナナリ!?」
「あれ? 分かるんだ?」
「ナナリなの!?」
エナが何年ぶりかというくらいの大声を上げる。
激レアである。
「ちぇ、バレたらつまんねぇじゃん」
キラキラの笑顔は既に消え去り、気だるげな表情になる。
そんな表情も美しいのが憎たらしい。
「まぁいいか。ほれ、人間と喋っただろ。帰ろーぜ」
「ナナリは人じゃないでしょー!?」
「俺と話せたら大抵の奴と話せるから大丈夫だって」
(というかナナリ人型になれたの!?)
混乱状態のエナなどお構いなしで、ナナリはエナの手をとって歩き出す。
コミュ障のエナは、長く付き合いのあるナナリとはいえ、美男子に手を繋がれあたふたしてしまった。
「ね、ちょっと……ナナリ!」
「なに?」
恐ろしく綺麗な顔に覗き込まれる。
突然止まった為か思いの外顔が近い。
瞬きをすることすら惜しく思える美形を前に顔に熱が集まってくるのを感じる。
「ん? エナ、もしかして照れてる?」
人と手を繋ぐこと自体にも慣れていない上に、今のナナリは相当な美男子である。
エナが照れるのも無理はない。
エナは顔を赤くして無言を貫く。
「ははっ流石エナだな〜」
ナナリは綺麗な顔を心底愉快そうに歪め、エナに顔を更に近づけ囁くように言う。
「俺を楽しませる天才」
至近距離まで顔を近づけられドギマギするエナは何も言うことが出来ずにいる。
対して、ナナリは口笛まで吹いてご機嫌そうだ。
「やっぱり帰るのはやめた。デートしようぜエナ」
「で、デート!? え、あ……私は友達を作りたいんだけど……」
「ふーん。まぁその願いは今度叶えてやるよ」
エナの声を聞いてナナリは小さく呟く。
イケメンの舌打ちが美味しい。
クズの魅力を伝えたい。