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それからあれよあれよと準備が整い、エナは殿下と共に陛下の後ろに控えている。


突き刺すような視線にエナは今にも倒れそうだ。

皆、殿下の隣に控えている時点でエナが婚約者なことは勘付いているだろう。

周りの人々が、「あのご令嬢はどなた?」「あんな可愛らしい方いたかしら?」とヒソヒソと噂していた。


婚約者の座を狙っていて学園でエナに文句をい言ってきた、あのジャスミンも参加しており、悲痛な面持ちで殿下を見つめていた。

取り巻きの令嬢も慰めるすべがなく困り果てているようだった。


エナは今まで公の場に出ていなかった為知名度がない。

大人が誰かわからないのは当然だが、ジャスミンや他の学園の生徒までも誰か分かっていないようだった。


それもそのはず、実際今のエナは普段とかなり雰囲気が違っている。


エナは素朴な印象で薄い顔立ちであるが、それぞれのパーツの配置バランスは悪くないし、悪目立ちするパーツもなくスッキリ収まっている。

要するに化粧映えするのだ。


少し小さい素朴な目は、漆黒のアイライナーを目尻から少し長めにひき、目頭にもほんの少し描き込むことで大きく見せることが出来るし、のっぺりとした顔や低い鼻は、ノーズシャドウやハイライトで立体的に見せることが出来る。

血色の悪い不健康な顔色も、鮮やかな赤の口紅や、まぶたでキラキラ輝くシャンパンゴールドのアイシャドウでカバー出来る。

化粧をするだけでかガラッと華やかな印象になり、美少女と言っても差し支えないレベルに引き上げられているのだ。


そんなわけで、突然現れた謎の美少女婚約者になってしまっているエナは注目の的だ。

人々は婚約者の発表を今か今かと待ち侘びていた。



国王陛下が壇上にある立派な椅子から立ち上がり人々は陛下を見上げる。


「この度は我が息子アルドルフのために集まってくれてありがとう。この場で紹介したい方がいる」


陛下は息子の方に視線で合図を送り、それを見たアルドルフは背筋を正して会場全体を見渡す。

ガチガチに固まっているエナの手を取り軽く微笑み再び正面を向いた。


「エナ・サフィール嬢です。私の婚約者となりましたので以後お見知りおきを」


会場に驚きが広がる。


娘の近くにいたフォーシム侯爵は済ました顔でワイングラスを持っていたが内心驚いていた。

彼は情報通で色んな噂を仕入れているので、サフィール家辺りが王位継承権問題で力をつけ過ぎてはいけないアルドルフ殿下にとって、丁度いい家柄だと予想出来てはいた。

社交界で有名な美女である長女が最有力候補と知ってはいたものの、最近病に伏せっていると噂なのでサフィール家はないだろうと思っていた。


次女の方だってつい最近まで病弱だったと聞いているし、何より次女はサフィール家の分家から引き取った養子ではなかったか——


分家筋から後継として養子を取ることも今時珍しくもなく、偏見なども少なくなってきたが、わざわざ王族の婚約者に養子を宛てがうとは、サフィール侯爵がよほど世渡り上手なのか、はたまた、サフィール家の次女があの黒鹿を一人で討伐したという噂が本当なのか——

どちらにしてもよろしくない。


ただの美女と天才魔術師では力が全然違う。

もし噂が本当なら単なる天才魔術師ではなく、それこそ百年に一度の逸材と言っても良いくらいの大天才魔術師ということになる。


これではヘンドリック第一王子殿下とのバランスが壊れなねない——

フォーシム侯爵の頭にそんな懸念がよぎる。


魔術が出来ようが、政治に関係がないと思っての抜擢なのだろうが、サフィール侯爵やアルドルフ殿下にそのつもりがなくとも、周りがこれを利用しようとしないとは限らない。

それくらい陛下が分からないはず無いのに彼女になったということは、アルドルフ殿下の側に武力に長けた者を置きたいということだと結論づける。


(ではあの噂は本当だったのか……?)


『あの噂』とは第二王子殿下やその力になりそうな側近の暗殺を企んでいる人がいるという与太話のことだ。

いくら亡くなられた寵妃様の忘れ形といっても、さして優秀ではなく寵妃様の身分も低く後ろ盾もない、言ってしまえば性格と顔が良いだけのお方なのだ。


第一王子殿下が王太子になることはどう見ても決まった未来であるのに、今更排除第二王子殿下を排除しようとする輩が出てこようとは……


こんなことになっているのも、陛下の態度のせいなのだ。

何事においても明らかに第二王子殿下を優遇し、いつも学園の様子などをお尋ねになっては、ニコニコと楽しそうにお聞きになっている一方で、第一王子殿下には厳しくも丁寧に帝王学を指導はするものの、本人には興味がない様子なのだ。


フォーシム侯爵はゆっくり息を吐き、こめかみを押さえる。

これは娘を推さなくて正解だったと思った。



そして、娘のジャスミンはというと、瞳を落としそうなくらい大きく目を見開き、半開きの口で固まっていた。

淑女としてふさわしく無い表情だがそんな些細なことに構っていられない。


(はあ!? エナ・サフィールってあのエナ・サフィール!?)


学園で突然殿下がデートに誘ったという噂を聞いてから本人を見に行き、殿下と馴れ馴れしくするなとわざわざ釘を刺しに行ったあの地味な女子生徒が、目の前の女だというのか。


確かに今の彼女ならギリギリ釣り合わなくもないが、自分の方が圧倒的に整った顔立ちをしている自信がある。

家柄も同格。


なぜ自分ではないのか、と不満が抑えられない。が——


(……魔術の出来が違う)


そう、ジャスミンは本当はわかっている。

エナ・サフィールがどれだけ規格外の天才魔術師か。

いくらジャスミンが令嬢の鏡だなんだともてはやされても、エナ・サフィールの魔術の前では全て無駄なのだ。


貴族の恋はやはり実らない。

ジャスミンは歯を食いしばり鋭い眼光でエナを見つめた。

瞳は潤んで光っていた。





歓談の時間。

それはコミュ障のエナが一番恐れていた時間——


エナの紹介が終わった後は、殿下とダンスを踊り(ちゃんと踊れていたかはわからないが)、挨拶回りに来る貴族たちの相手をしなくてはならない。

殿下はほとんど顔見知りで和やかに歓談しているが、エナは名前と顔を一致させることで一杯一杯になっていた。エナは社交をしてこなかったため見たことない人ばかりなのだ。

知っている人は一人もいない。


そしてナナリもいない。


王城に入ってから、全くナナリの気配を感じない。

ナナリがいないだけでエナは不安で堪らなかった。

ナナリとはあまり離れられないからおそらく王城の近くに居るんだろうけれど、王城は外界と遮断されたような不思議な感覚だった。



「この度はご婚約誠におめでとうございます」

「ありがとう」


先ほどから何度もお祝いの言葉をいただいて正直もうお腹いっぱいだが、全員と話すまで終わらない。

話すのは殿下でエナは笑顔を作ってうなづいているだけなのだが、なかなかしんどかった。


というのも、学園でいじめてきた令嬢も親と共に参加しいるからなのだ。

相手が誰であろうと、笑顔が引き攣るのを感じながら、ただうなづくだけであるが、地獄の時だった。

殿下や親の前だからか皆大人しく普段とは別人で(普段と一番別人なのはエナ自身であるが本人は気づいてない)何もされずに済んだのが良かった。

これを機に変わってくれないかと祈る。



「おめでとうございます。エナ嬢」


突然エナ個人に声をかけられ驚く。

壮年の男性。

グレーの短髪をきっちりとまとめており、水色の瞳は加齢による重たい瞼に重なって半分ほどしか見えていないが、鋭さは失っていなかった。

数年前より老けていたがエナの知っている人だ。


「お久しぶりです。ヘルンさん」


あの家に引きこもっていた(幽閉されていたともいう)エナに知り合いがいるなんてと驚くかもしれないが、彼とは十年前はかなりの頻度で会っていた。

そして最近あったのは三年ほど前。


ヴィンセント・ヘルン。

ヘルン辺境伯家の生まれで、現在はその分家のヘルン子爵家当主。エナが四歳の時に起きた事件の担当刑事である。


「本当におめでとう。そして未だに力及ばずで申し訳ない。今日はおめでたい場なのでこの話は控えるけれど、近々また伺うよ」

「はい。お待ちしてます」


ヘルン刑事は早々と挨拶をして去っていた。

彼は気まずいのだ。

十年もの間何も解決できていないことも、そのくせに自分はどんどん出世していることも。


会話を聞いていた殿下はエナに声をかけようとしていたが、次の人にお祝いされタイミングを失った。

それから先、エナの頭の中は事件のことでいっぱいとなり、ほとんど同じような言葉を右から左へ受け流していた。


が、またしても突然耳に入ってきた言葉に意識が覚醒する。


「エナ様の亡くなられた母君もお喜びになっていることかと存じます。そっくりな綺麗なお顔立ちですぐに分かりまし——」


「母をご存知なんですか?」


あまりにも言葉を被せるように素早く反応するものだから、目の前の婦人は目を瞬いて小さく驚く。

エナ自身も初対面の、しかも年上の女性に話しかけたことに驚いていた。

この年代の女性にはどうも苦手意識がある。

本邸の奥様の影響だろう。


「ああ、ええ。学生時代の友人にあたります」


(母を知る人に出会えた——)


母の交友関係を探れば、事件の犯人に繋がるかもしれない。

勿論母の関係者ではなく、父の方の関係者や全く関係ない人が犯人の可能性もあるが、一縷の望みにかけて、この女性を逃してはならない。


(ええい、勇気を出せエナ!)


自分自身をそう鼓舞して、口を開く。


「私、母の話が聞きたいです。今度ぜひお茶会に招待させてください」


婦人は思わぬ人脈を繋げられたことに目を輝かせ、「是非!」と頷いた。

「今シーズンは王都のハウスにいるので、宛先はそちらでお願いします! お待ちしておりますね」


エナは前半何も聞いていなかった為、宛先の前に、目の前の女性が誰なのか分からない。

一瞬焦ったが、今さら聞いてはいけないことは空気が読めないと定評のあるエナでもわかる。

後で殿下に聞けば大丈夫だろうか。

そもそもお茶会の開き方すら知らない。

こちらはマリー先生に聞けば大丈夫だろうか。


嫌々参加したパーティーだったが、調査が少し動き始める予感がする。



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