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近頃のエナにとって、学園から離れることのできる長期休みは何よりも嬉しいものだった。

学園はいじめられる場所でしかないのだ。

殿下のせいで女の子たちから妬まれるようになり、エナは毎日散々な目にあっている。

マリアにも距離を置かれ、なんで私だけこんなに不幸の連続なの、と思わずにはいられない。


あのデートから殿下がちょくちょくエナのところに現れるようになり、まあまあ話すようになったものだから、いじめは一向に収まる気配を見せない。

殿下のせいだというのに、何も気づいていない能天気な様子が癪に触る。

殿下は殿下なりに婚約者のエナと距離を縮めようとしてくれているのだろうが、自分の人気が規格外なことを自覚してほしい。

仲良くしょうとしてくれるのは結構だが、その度にいじめが酷くなって殿下のことも嫌いになるという悪循環に陥っていた。

ありがた迷惑である。



「エナ、今日ドレス合わせだぜ。その痣どうすんの」



夏休みに予定されていた、婚約披露パーティーがもうすぐそこまで迫っている。

今日はドレスの納品日だった。

制服から見える範囲にはなんの痣もないが、露出の多いドレスでは確実に見えるだろう。



「ナナリどうしよう……」



エナの腕や腹には青痣がいくつもある。

ぶつかっただけだと誤魔化すのは難しいだろう。



「エナ様、周りに心配かけたくない気持ちもわかりますが、侯爵様に言うべきです。

少なくともマリー先生に相談しましょう? 問題が解決しないにしても、回復術師の手配はしてもらえます」


「大丈夫。そのうち飽きると思う……」



侍女のラナはエナの着替えなどの世話もしているため、異変にいち早く気づいて支えてくれていた。

ドレス合わせの場には、ラナ、ナナリ、エナの三人と、ドレスのデザイナー何名かなので、マリー先生にはバレずに済みそうだ。

エナは余計にことを大きくしたくはなかった。







「サイズはぴったりですね。大層お似合いでございます」


「あ、ありがとう」



王室御用達のドレスデザイナーである、リサ・カラットは出来上がった自信の作品を繁々と眺める。

今回のドレスは、第二王子殿下の婚約披露パーティーで、その婚約者様が着るものと伺っており、あの玉のように美しいアルドルフ第二王子殿下に見劣りしないようにと丹精を込めて作り上げた自信作だ。

妖精をイメージした軽やかな作りにしており、繊細な白生地をベースに、殿下の髪色の淡い金色と、瞳のエメラルドグリーンを取り入れてた、暖かい春の木漏れ日のような色合いになっている。

デコルテのラインが美しく、肩と背中が出る最新のデザイン。

透けるベールを天女のように肩に羽織り、イエローゴールドやパールのジュエリーをつけたら完成だ。



(完璧……完璧なんだけど——)



エナ様のブラウンの髪色にも合うし、イエローベースの肌にも合う。

しかし、痣は予想外だ。



(一番最初の採寸の時はなかったじゃない! なんで今痣だらけなの!?)



一介のデザイナーごときが立ち入れることではないため、見えないものとして、痣には触れないで話を進めなくてはならない。

エナ様は色白で肌が綺だったので、少々露出のあるデザインにしてしまった。

そのため痣がめちゃくちゃ見えてしまう。

流石に当日は治してくると思うが、ドレス合わせの予定が前から入っていた今日、このコンディションでくる神経の持ち主だ。

念のためそれとなく伝えなくてはならない。


「当日は、お肌の調子を整えますとさらに良いと存じます」



しまった。

婉曲に伝えようとしたが思ったよりそのまま言ってしまった。

周りの仲間達の『何言っているの!?』という視線が横目でもわかる。

貴族に無礼を働くと何されるかわかったのもじゃない。

今まで築き上げた王室御用達ブランドの代表デザイナー、リサ・カラットの地位が揺らぐ。

エナ様の立ち振る舞いが、なんとなく庶民的で親近感があったから油断してしまったが、この人はサフィール侯爵家の次女で王族の婚約者なのだ。


リサは目をギュッとつぶり言葉を待つ——


「あ、気をつけます……」


「あ、はい」



リサの失礼な物言いに特に何も気にされていない様子のエナ様に拍子抜けする。

なんだか本当に大丈夫なのかこっちが心配になるほど頼りないが、これ幸いと話を急ぐ。



「髪型はいかがいたしましょう? 金とパールの髪どめをご用意しておりますので、エクステをつけたアップヘアがはいかがですか? ゆるく編んでサイドに流した感じにするのも良いかと存じます」



エナ様は肩につくぐらいのブラウンのボブヘアなので、ロングにするためのエクステも持ってきている。

ボブヘアも素敵だが、やはり妖精のイメージなので長い方が似合う。

幸い背中には痣がない。

ガッツリアップにしたら綺麗なうなじが大層映えるだろう。



「だめだ。エナは髪を上げない。下ろしたままで」



突然男性の声がして驚いて視線をやる。

そこには黒髪の美丈夫が腕を組んで立っていた。

女性の着替えの場になぜ男性がいるのか、なぜ髪型に口を出すのか、そもそも誰なのか、異次元な顔立ちの良さも相まって色々気になったが、それよりも今まで存在に気づかなかったことの驚愕が勝った。


(え!?居たっけ!? なんで気づかなかったの!?)


周りも皆同じだったようで、驚愕に目を見開いている。

こんなに目立つ顔立ちの人に今まで気づかなかったなんて異常だ。

絶対に何かあるとは思ったが、リサはそれでも何事もないように続けなくてはならない。

プロのデザイナーは余計な詮索はしないのだ。


「左様でございますか……アップヘアもきっとお似合いになると思いましたけれど——」


エナ様の髪を触り軽く持ち上げる。

うなじが見えた時、リサは驚いて手を離した。



「見た?」



威圧感のある声。

美丈夫がいつも間にか近距離にいて、リサの腕を掴んでいる。

怖いくらい整った顔が、リサの目をじっと見つめ、その漆黒の瞳に吸い込まれそうになる。



「い、いいえ。何も……」



嘘だ。

見てしまった。

うなじにある禍々しい痣をーー


腕や背中にある青痣と同じではない。

痣と表現するのが正しいかも分からない。

刻印、マーク、紋様ーーどれもしっくりこないが、うなじには黒い痣があった。

一瞬しか見ていないし、リサは素人なので何も分からないが、感覚的にただの痣ではないことは分かった。



「エナは髪下ろした方が似合うよ。そうでしょ?」


「左様にございます……」



これには本当に触れてはならない。

地位や名声がどうにかなるからではなく、命がどうなるかわかったものじゃない。

リサの直感がそう告げていた。

両目がリサを捉えて離さない。

未だに腕は掴まれており、触れられていることが急に恐ろしくなった。

冷や汗が止まらない。



「え、そう? ずっと手入れが面倒だから短くしていたけど、今は手入れしてもらえるし、伸ばしてアレンジとかするのもいいかなって思ってたんだけど」


「俺、エナの髪型好きだから変えて欲しくないな〜いいでしょ?」


「うーん。分かった」



手が離れてホッとする。

エナ様の呑気な声が信じられなかった。

リサは腕を摩りながらエナ様を見る。

美丈夫がエナ様の髪を優しく梳かして微笑んでいる。


その様子を見ながら、リサは訴えかけずにはいられなかった。


貴方は一体何と一緒にいるのかとーー





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