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公休日に、三人は図書館の自習スペースに集まっていた。
アンジェももちろん付いてきている。
(二人は侍女を連れていないのに私だけ過保護で恥ずかしい……)
勉強そっちのけでそんなことを考えていた時、ホユンがエナに話しかけた。
「エナ様ここ分かる?」
「あ、これはね……」
ホユンが尋ねてきたのは、魔術構築における魔力回路と詠唱の関係性の分野に関する問題で、五つの文章の中から間違っているものを選ぶものだ。
魔術は基本、詠唱から始めて魔術回路を構築し、その後、魔力解放することによって放たれるものであるのだが、先に魔力解放をしてから詠唱をしても実は問題ないのだ。
じゃあ何故、詠唱が先なのかがしっかり分かっていないと解けない問題のようだ。
エナは問題なく分かるので、スラスラと説明する。
魔術構築の仕組み、魔術回路の方向と順序、詠唱のトリガー的役割と魔術回路における魔力循環補助的役割、詠唱と魔力量の関係、詠唱時間と威力の比例関係と矛盾する無詠唱魔術の原理、体内の魔術回路の延長としての魔法陣。
「それでね、ホックスワーカーソン氏の『若年性魔力梗塞の魔術回路延長措置から見る、非属性魔術実現の可能性』っていう論文が興味深くて、あっ……」
(しまった)
だんだん話が逸れてしまい余計なことまで喋ってしまった。
本来は、詠唱のトリガー的役割よりも魔術回路における魔力循環補助的役割の方が実用的なことを話せばよかったのである。
魔力解放が先だと、魔力を巡らせてから、魔術構築をすることになるので、余計な魔術回路に魔力が流れてしまい魔力効率が悪いのだ。
先に述べた通り、魔力解放をしてから詠唱をしても実は問題ないので、魔力が桁違いに多い人はわざと逆にすることもある。
その方が魔術の発射速度は速くなるのだ。
「ふははっ」
ホユンが笑うのを我慢できず吹き出す。
すかさず図書館の司書から注意が飛んできて、慌てて黙る。
この時期の図書館には自習スペースが設けられており、勉強に関する会話は許容されているが、それ以外には相変わらず厳しいようだ。
ホユンが声を潜めて言う。
「エナ様学者とか向いてるんじゃね? すげー好きなんだね、魔術」
「あ、えへへ、そうなんだよね」
適当に笑って相槌をうつ。
エナがしまったと思ったのは、話が逸れていることに気づいたからでは無い。
非属性魔術の実現――つまり適性の属性以外の魔術を実現することに興味がある事を言ってしまったからである。
ここからエナに適性がない事が露見すると思っているわけでは無いが、余計なことを言ってしまった感は否めない。
普通は適性の属性の魔術を極めるほうに思考が行くものだ。
現に、魔術理論科の先輩達の卒業論文のテーマは、『古代文明から読み解く水属性神級魔術』や『環境保全活動の始まり―浄化魔術の社会的意義と展望―』など、自身の属性に関する事柄が多いようだ。
自分が得意な魔術のことについて調べる方が楽しいに決まっている。
自分の属性以外の魔術が出来るようになりたいなんて思うのは、属性のない人か、オール属性を操るというロマンを語るホックスワーカーソン氏くらいである。
彼は、魔術の威力増強とか魔力消費の少ない魔術式や魔法陣、最大魔力量増幅など、世の中の多くの人が求める事よりも、
全属性魔術師の可能性や精霊魔術など、役に立つ所が限られそうなファンタジー気質なことばかり調べている少し変わった方なのだ。
エナが彼と出会ったのも、精霊魔術についての論文を探していた時だったが、マニアックな内容に惹かれてそれ以外も読み漁り、少しだけファンになってしまっている。
最近読んだのは『古代文明暗黒魔術の衰退と悪魔契約における条件の一考察―ミゾラフの政変を例として―』というもので、これも中々に面白かった。
悪魔契約は禁忌魔術の一つであるが、本書では禁忌魔術はロマンだと締めくくられていた。
下手したら禁書になってしまいそうな論文である。
「まだ一年生なのにもう論文まで考えていらっしゃるんですの? 素晴らしいですわ」
「あ、いやちょっと読んだだけだよ。全然そんな」
「エナ様ってなんでも出来るよな。なんか将来すんげー魔術式開発して、しかもそれ自分で打って伝説の魔物とか狩りそう」
「わかる。エナ様天才なのに戦闘力まであるからエーデル賞の開発部門と討伐部門のダブル受賞とか出来そうよね」
「それは史上初すぎる」
二人に褒められ満更でもないエナだが、こういう時どう反応したら良いのか分からないため、言葉に詰まり、困り顔で手を振ることしか出来なかった。
何はともあれ、この日エナに友人が増えた。友達百人まであと九十八人。
ちょこちょこ読んでくださる方がいて感激です!ブックマークありがとうございました!
昨日更新してないのでもう一話更新します!