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「うーん……」



エナの遥か前方で爆風が砂埃を上げる。

的に当てるはずの風魔術は一帯を破壊しているが、それはもはや、いつもの光景となりつつあった。

驚いて腰を抜かす生徒はもういない。


(……唸ってらっしゃるぞ。出来がいまいちだったのか?)


(いや、あれだけの威力だぞ、魔力消費量もそれなりにあってキツイのかも……)


エナの悩ましい顔を見て周りがヒソヒソと声を上げるが、本人は全く違うことで悩んでいた。



あの迷惑な侍女、アンジェの事だ。

アンジェに父に報告すると言われた後、ナナリを説得してみると説明し、態度の改善を試みるので報告しないで欲しいと頼み込んだ。

まぁお察しの通り、ナナリが変わるなんて天変地異でも起こらない限り無理で、なんにも改善していない。


ただ、「報告されたらきっと離ればなれにされるよ」と、泣きついてみたら案外ナナリも真剣に考えてくれたようで、アンジェと会わないように努力しているようだ。

そのベクトルの努力をするなら愛想を身につける努力をして欲しいものである。


つまりは、現状とりあえずアンジェが報告しないように止めているだけで、何も解決していないのだ。


なんだか変に使命感を持っためんどくさい侍女が来てしまったな、という感想しか出てこない。

自分に正義があると思えばなんでもやるタイプだなと、エナは思う。

先日のアンジェは、煽り耐性がないのか本来のアンジェなのかは知らないが、品位の欠けらも無い言い争いを繰り広げていた。

自覚がないのだろうか。


(これ、アンジェの侍女としての品格の無さを父に報告したらクビにできるのかな……?)



エナが物思いに耽っていると、突然背後から声がする。



「今日も凄まじい風魔術ですわねー」



友人のマリアに話しかけられ、エナは急に意識を現実に戻す。

役目を終えたナナリが中庭の木陰へ向かって歩いていったことに今更気づき、一泊遅れて返事を返す。



「あ、はは、ありがとう」



ぎこちないお礼だが当然だ。

風魔術などエナはできないのだから。


あれはナナリ直伝のインチキ魔術である。

やり方は簡単で、エナが細かい石が輝く無駄にキラキラしたステッキを振ったのに合わせて、ステルスナナリが回転キックをして風を起こすだけである。


ナナリが起こす風は魔術の風ではないため調整が難しく、初めの頃は力任せな爆風に苦労したが、今は風魔術に似せるのも上手くなった。


周りを騙すことに初めの頃は罪悪感に苛まれていたエナであったが、今は慣れたもので特も何も思わない。

精霊が見えて力を貸してくれるのもエナ自身の実力だと思うようになったからである。


エナは、自分に風魔術の適性がないことを墓場まで持っていくつもりだ。

風魔術どころか全ての属性で適性がないのだが、一般人的に適性を測るのは十歳の洗礼の時くらいであるし、何とかなると思っている。


お察しの通り、エナが十歳の時は既に、ネグレクト本邸の奥様の元であったので洗礼を受けていない。

故に片っ端から魔術を覚えて試すことになったのだが、(普通は適性の魔術しか覚えない)この経験がなければ魔術理論に興味がでなかったかもしれない。

人生何が自分のためになるのか分からないものである。



授業も終わり、魔術演習場から教室までマリアと共に戻る。



「あ、エナ様。テスト勉強どうされてます?」


「え?」


「まさか、知らなかったんですの?」



マリアが言うには、七月の頭に中間テストが迫っているらしい。

エナは二週間前の今になって初めて知った。



「それで、あの、エナ様……もし良かったら教えて下さらないかしら?」



友達に頼られている——エナはわずかに頰を上気させ喜びを噛み締める。

返事をしようと口を開きかけた時、明るい茶髪のくせっ毛の少年――クラスメイトのホユンが食い気味に飛び込んできた。



「え! 俺もいい?」



ホユンは、まんまるな目で可愛らしい顔立ちの少年だ。

陰鬱な印象を受けるエナとは違って、瞳が煌めいている。

実際に煌めいているわけではないのだが、そう錯覚するほど、いつも生き生きとしていた。


彼は、いつもクラスの中心で騒いでいる人気のある生徒であり、普段エナとは関わりのないのだが、

誰にでも話しかけることが出来る体質の彼にとってはそんなこと関係ないようだった。



「ちょっとホユン、エナ様がびっくりされているじゃないの」



エナは、マリアが親しげに話すことに少し驚いたが、それよりも初対面の人と話すことにおっかなびっくりしていたので、マリアが会話相手を変わってくれる形になりほっとした。

今まで二人が話しているところを見かけたことはなかったが、クラスメイトと話す時はこの距離感が普通なのかと、マリアに羨望の眼差しを向ける。

ホユンもマリアに「うるせー」と返し、口をムンっと上に向けた変顔を向けている。



(これが普通なのか……ムリ……)



「あ、エナ様ごめんなさい! 俺、ホユン・ライベージ。ライベージ侯爵家の四男!

ってクラスメイトだし知ってるか」



いや、知らない。

エナは、彼がクラスで騒がしくしていたことは知っていたが、名前まで把握していなかった。

正直知らない生徒はいないくらい有名な生徒なのだが。


一方、名前を聞いたことで、なるほど、とエナは二人の仲のよさに納得した。

彼の家名には聞き覚えがあったのだ。


ライベージ侯爵家とマリアのリオッド伯爵家は、確か領地が隣同士であったはずだと、マリー先生の授業内容を思い浮かべる。


マリー先生からは毎日寝る前二時間と、公休日に四時間、貴族についてや、領地や勢力、王族への作法、姿勢や歩き方など貴族女性としての教育を施されていた。

未だに姿勢は猫背で歩き方もオドオドしているが、座学面ではメキメキと知識を吸収していた。


その甲斐あってこれが普通の距離感出ないことに気づいた。

これは幼なじみと言うやつだろうか。



「ともかく、俺も頼むよ! ヤバいんだ成績!」


「あ、うん。人に教えた事ないけど、それでも良ければ……」


「マジー! 助かるぜ」



マリアの幼なじみと分かっても、初対面には変わりはない。

実際には三ヶ月ほど同じ教室で学んだクラスメイトであるが、エナにとっては関係ない。

コミュ障でボソボソとしか喋れないエナにも明るく返事をし笑顔を向けてくれるホユンに少し救われた。



(陽キャ……恐るべし)








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