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エナの学園生活は、第二王子殿下の婚約者に決まってからも特に変わらず穏やかだった。

しかし、一つだけ変わったことがある。

学園までアンジェが同行することだ。


この学園の生徒は基本的に貴族で、大抵は使用人を連れて歩いている。

教室の中まで入ってくるわけでは無いが、行き帰りに加え、移動教室や昼休みなどは一緒にいる。

エナも例に漏れず、執事のナナリを連れて歩いていたわけだが(とはいってもナナリは気まぐれでいつもどこかに行く)、アンジェまで同行するようになった。

正直邪魔である。


ナナリといつもみたいに話せない上に、ナナリの機嫌が最悪だ。



——そう、本当に最悪なのだ。



「……俺の分の飯は?」


「ある訳ないでしょ! あなた執事でしょう!」


「チッ、タメ口聞きやがって」



ナナリの不機嫌オーラがエナにひしひしと伝わってくる。

もう少しでオーラに包まれて視界が見えなくなりそうだ。



(どうしよう……どうしよう)



「ナ、ナナリ! 私が買ってくるから! 何がいい? いつもの焼きそばパン? 

それとも今日はロイヤルチキンサンドにしようか?」



エナが買ってくる提案をすると、アンジェは信じられないといったように目を丸くし、直ぐに斜め前のナナリを睨めつける。



「あなたもしかしていつもエナ様のお食事をご用意せずにいたの!? しかもその上、エナ様に買ってこさせるですって!?」


「はぁーうるさ。ちょこまかと付きまとうなら俺の世話くらいやきやがれ」



顔を歪めて溜息をつき、適当にあしらうナナリの態度に、アンジェは更にヒートアップし立ち上がる。



「あなたに付きまとってるわけないじゃない! 

顔がいいからって自惚れすぎなのよ! エナ様のお付なの私は!」



ナナリに詰め寄り胸に手を当てて自身を指すアンジェ。


ナナリが視線だけを下からゆっくり上げ、アンジェの顔を捉えようとした瞬間、エナは何故か胸騒ぎがしてとにかくヤバいと悟った。




(ナナリが、怖い)




「う、ああああ! あの! アンジェさん! あ、あ、あの、今日はお帰りください……」



何とか声を上げ、ナナリの目がアンジェを捉える前に、身を乗り出して視界を遮る。



「で、ですが……」


「俺が帰るわ」



ナナリは鋭い目でエナを一瞥して去っていった。

その目から、「こいつを何とかしろ」というナナリの意思が伝わってくる。



(精霊怒らせたらダメなんだな……怖すぎる)



今までエナもナナリを怒らせてきた気がしていたが、あんなのは序の口で、怒ってすらなかったのかも知れないと実感した。

意見することすら出来ない空気感。

冷や汗が出るとかそんなレベルでは無いのだ。

アンジェは何も感じていない様子だったが、空気が突然無くなったような、というよりも──




(そう、あれは、命の危機に陥った感覚)




エナはあのダンジョン事件で黒鹿が突進してきた時のことを思い出した。

ナナリが怒ると死の淵にいるような感覚になるほど恐ろしい。



「あの、エナ様。大変不躾ではございますが、あのお方は一体どちらで雇われたのですか?侯爵家に相応しいとは思えません」



アンジェの態度も同じようなものだったのだが、アンジェは自分のことを棚に上げて進言する。


学園内で大声で揉めないで欲しい。

若干視線を集めていたのはアンジェの大声のせいである。

エナにとって邪魔なのはアンジェの方なのだ。

ナナリのためにアンジェを何とかしないといけない。



「アンジェさん、あの……」


「アンジェとお呼びください!」


「あ、えっと、アンジェ、ナナリはその……大事な存在なの。一人で離れで暮らしていた時に支えてくれたの」



たどたどしくも思いをしっかり伝えるエナ。

アンジェの内心はめちゃくちゃである。



(大切な人!? そんな噛み締めて言わないでよお嬢様! 

ていうか、ご病気で離れで療養されていたと伺っているけど、一人だったの? 伝染るようなご病気だったのかしら。

それでもそばにいてくれた人って素敵……禁断の恋ってやつね。

って、いやいやアンジェ! しっかりしなさい! あの無礼者を許すわけないでしょ! そもそも婚約されてるのよエナ様は!)



そしてその内心はしっかり顔に出ている。



「私とナナリは今までの関係(主従関係では無い信頼関係)を保つから色々言わないで欲しいの」


「今まで関係(恋人関係)を保つなんてそんな事許されるわけございません! 

この事は旦那様にご報告させていただきます!」



(えぇ! なんで!?)



当の本人は無礼な使用人を雇ってることを報告されそうになっていると思っているが、居ない恋人を居ると親に伝えられそうになっている。



エナ、大ピンチ。







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