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初夏の風が清々しい今日この頃、

エナは何人か友達ができ、楽しそうに毎日を過ごしている。


あの活躍から、風魔術をナナリの物理的な風起こしで出来るフリして誤魔化しているが、

バレることも無く、概ね順風満帆に学園生活をおくっていた。


しかし、今のエナは冷や汗をかいて顔も青白い。

理由は一通の手紙だ。

それは父からの手紙だった。


内容は主に二つ。

一つ目は、姉のセレナが盗賊に馬車を襲われ行方不明になっていること。


そしてもう一つは、第二王子殿下の婚約者がエナになったこと——


手紙には、行方不明になったのは侯爵が帰ってくる前の事で、エナには心配かけまいと黙っていた旨が記されている。

そしてエナの活躍を大いに褒め、婚約者に決まったことを喜び、妻の差別について詫びていた。

奥様はしばらく謹慎になっているらしい。



「自分がもう少し家のことを見ていたらエナにこんな思いをさせなかったのに」とか長々と書いてあるが、

要は「自分は知らなかった。妻は嫌っていいが、家のことは嫌いにならないで家の決めた婚約には従いなさい」ということだ。


「学園内なら問題ないと思うが、エナもくれぐれも気をつけて」という一文で手紙は締めくくられていた。



突然の情報により、エナはもちろんキャパオーバーである。

頭を整理するためエナはとりあえず声を出す。



「え……セレナお嬢様が行方不明?」



確かに学園で見かけていない。

それどころか、エナが本邸に移り住んだ時も一切見かけなかった。

セレナはエナを避けるような人ではなく、むしろ優しい言葉をかけに会いに来るような人だ。

エナは何故もっと気にしなかったのだろうと自分を責める。

セレナを愛する侯爵が探していて見つからないってことはかなり深刻なのだろう。


輝かしい美しさを持つセレナ。

内々にとはいえ王族の婚約者に決まって、愛らしい彼女をきっと殿下も好きになっただろう。

順風満帆、なにも不自由なことなく幸せを享受してきた彼女にどうしてこんな不幸が降り注ぐのか。


盗賊に襲われたということは金品目的であろうが、馬車にあんなに美しい令嬢がいて、生娘のままでいれる確証はない。

それどころか彼女でさえも、金に変えるべく売り飛ばそうとするかもしれない。

無事にほんとに何も無く帰ってきたとしても、盗賊に襲われたという事実が問題なのだ。

王族の婚約者には戻れないだろう。


思い返してみれば、侯爵が戻ってきて書斎に呼ばれたあの日、あの奥様の顔は尋常じゃないくらい真っ青だった。

あれは失踪したセレナのことを思っていたのだ。

決してエナを虐げていることが侯爵にバレたからでは無い


エナが学園に行かされているのも、セレナの代わりだとしたらしっくりくる。

侯爵は、社交に使えなくなってしまったセレナの代わりに、エナを病床から引っ張り出したのだ。

病気がちとして社交界に出さず、いないものとして扱っていたのに、多少不自然でも、全快した事にしないといけなかったらしい。


侯爵とて、エナが完璧な令嬢であるセレナの代わりになるとは思ってなかったが、意外にも賢く、

その上風魔術の天才と分かり、これ幸いとばかりにエナを王族の婚約者として推したのだ。

そうに違いない。

何もかもセレナの代わりなのだ。



(私はセレナの代わり……)


「ん、あれ? セレナの代わり……代わりに私が婚約者、ん? 婚約者!? 王子殿下の!?」



エナが大声で叫ぶ。

睡眠を邪魔されたナナリは小さなあくびをして、エナに非難の目を向けた。



「何エナ、元気だね。大きな声で痛い妄想しないでくれる?」



ナナリは「はぁこれだから喪女は……」と呆れ顔で首を横に振る。



「や、ホント、ホントに」



エナが手紙をバシバシ叩いてナナリに見せる。



「ありゃ? 本当だ。マジか〜いや〜大誤算。これ婚約決まったの俺のせいじゃん」


「ナナリが私を天才風魔術師にしたから?」


「あーそれもあるけど」


「え?」


「いや、なんでもない。困ったな〜やなんだけど。エナ取られるの」



ナナリが急に人型になり、エナを後ろから抱きしめる。

突然甘えてくるナナリに少し戸惑った。


婚約は、エナが類まれなる風魔術の天才と知れ渡ってから急に決まったらしいので、

ナナリのせいというのも、あながち間違っていない。

天才風魔術師のエナはナナリが作り出した虚像であり、あの活躍は全て嘘だ。


元々貴族の力関係でサフィール家が選ばれていたとはいえ、コミュ障へっぽこ魔術師、

しかも分家の子では、とても婚約など出来なかっただろう。

魔術は遺伝する為、エナにその点を期待しているのは間違いない。

遺伝狙いなら、セレナの美貌よりも余程実用的である。


しかしながら、エナには魔術の才能などないものだから、産まれてくる子供が適正なしのへっぽこ魔術師になる可能性もあり、もしそうなったなら地獄である。

王族の血筋は元より、容姿と魔術に優れた人ばかりだというのに。



(どうにかして婚約を破棄してもらわないと……)



エナでは第二王子殿下の婚約者など確実に務まらない。

礼儀作法も顔面も、そして魔術ですら微妙。

そもそも分家の子なので家柄すら微妙なのだ。

だが、エナはそんなことを気にして婚約破棄を考えているわけではない。


ここまで頭が回るなら、ダンジョンでの出来事を自分の手柄にしない。

エナが婚約したくない理由は単純に第二殿下が嫌だからだ。



第二王子殿下といえば、エナにとって要注意人物なのだ。

彼は精霊に嫌われているのだから——


ナナリも嫌がっているし、他の精霊も必ず避けている。

精霊が避ける人にろくな奴はいない。

関わらないのが吉なのだ。

第二王子殿下は、見目もよく明るい性格で身分関係なく気さくに話す為、友達に囲まれているようだが、

精霊の見えるエナにとっては全てが胡散臭い。


侯爵には悪いが、エナも幸せがかかっている。

ナナリも嫌がっているし、協力してもらえば何とかなるはずだ。


そう決意していた時、頭でエナの背中をグリグリして駄々を捏ねていたナナリが、突然顔を上げて言う。



「あ、でもまぁいいか。王族の婚約者面白そうだし」



ケケケッとナナリが耳元で笑う。

エナはナナリの変わり身の速さに驚き、体を反転させナナリに向き合う。



「嘘でしょ!? 見捨てるの早いよ!?  面白さ優先なの!?」



腕を掴みナナリを揺する。



「いや、だってどうせ俺ら結婚出来ないじゃん」


「エッ!?」



驚きのあまり汚い声が出る。



(ナナリと私が!?)



そんなことを考えていたなんてエナは初耳である。

そもそもナナリの好きは人間への慈愛のようなものだと思っていたというのに。

まさか、もしかしてそういう好きも含まれているというのか。


ナナリは百面相するエナをじっと見つめ、口角のみを上げて薄笑う。

僅かに首を傾け、綺麗な顔を近づけてくる。



(え? ちょ、これってキスされるの!?)



目を瞑ることも出来ず、世界がスローモーションになる。

緊張でごくりと唾を飲む。





「ウッゴホッゴホゴホ」



盛大にむせた。






「うわっきたねっ」



緊張で飲んだ唾でむせるというすざましく鈍臭い芸を披露したエナに、呆れ顔のナナリ。



「顔にかかったんだけど」


「すみません……」



真顔で黙ったままのナナリがエナを相変わらず見つめている。

というか若干睨んでいる。



「あ、あの……ナナリの好きは、精霊の愛し子というか加護というか……そういう類のものだよね?」



未だかつて無いほど機嫌が悪いナナリに対して、どうしても気になったことを聞いてしまったエナ。

肝が据わっている。

あるいは空気読めないただのコミュ障。





「——どう思う?」





たっぷり間を置いてナナリが答えた。



「わ、分かんない」



ごくりと唾を飲む。

今度は噎せなかった。



「フッ、分かんなくていいよ」



ナナリがいつもの調子で笑い、張り詰めた空気が離散する。

エナはナナリから告白されるのかと固唾を飲んで待っていたため肩透かしを食らった気分だった。

とんだ自意識過剰である。



「それよりエナここ読んだ?」



エナの手紙を奪って読んでいたナナリが、長い指で指す。

これより大事なことある?と思っていたエナの思考はナナリの指さす一文によって綺麗さっぱり吹き飛んだ。




『追伸 エナは侍女を連れていかなかったみたいだから優秀な者を数人送るよ』



「え!」


「どうすんの? これ」



ナナリがエナを流し目で見る。



「ど、どうしよう!?」





侍女が来たら四六時中お世話されてしまう。喋る猫を披露するわけにもいかない。


秘密の多いエナにとってはありがた迷惑の極みである。









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