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「エナ・サフィール殿、あなたはダンジョンでの事件において、勇敢にも皆を守り多大なる活躍をしました。
その勇気と栄誉を称え、これを賞します」
「あ、ありがとうございます」
パチパチパチパチ
会場に大きな拍手が鳴り響く。
コミュ障のエナは縮こまって早々と壇上から降りた。
(なんでこうなった……)
そう、茶色いボブヘアの地味な生徒とはエナのことである。
あの黒鹿はエナが倒したことになっているがそんなわけない。
そもそもエナはへっぽこ魔術師。
適性がないため威力のない魔術しか撃てない。
例え適性があったとしても一介の学生には普通あのレベルの化け物を倒すことはできないだろう。
そしてエナが普通の人と違うところと言えばナナリの存在である。
あの時、すんでのところでナナリが来た。
『よぉエナ、死にそうだったじゃん』
エナが苦し紛れによわよわ風魔術を放ったちょうどその時、ナナリが黒鹿の頭をぶっ飛ばして放った言葉がこれだ。
足を蹴り上げて生み出しただけの風で、殿下の護衛にもどうにも出来ない化け物を瞬殺するのだ。
ナナリ曰く、「俺風魔術使えねーもん。風っぽい倒し方してあげたんだから感謝してよね」との事。
魔術でもなんでもない物理的に生み出した風であの威力。
エナはナナリがここまで強い精霊だと思ってなかったので、驚愕してしまった。
これはもしや、ナナリが大精霊で精霊界で偉い存在というのも嘘じゃないかもしれないと、エナは今までの態度を少し改めようと誓った。
あの時のナナリの姿はエナにしか見えないようにしていたらしく、タイミングも相まってあれよあれよと英雄に押し上げられ、気づけばこんなところで表彰されているのだ。
あの黒鹿、聞くところによるとダンジョン九十五層のボスらしく、過去の討伐記録も三体のみ。
そもそもアレは、上級ダンジョンハンター大人数で挑み、犠牲を出しながらも三時間かけて討伐するものらしい。
護衛兵が少し削っていたとはいえ、ほぼソロでの討伐となった四体目は異例中の異例。
おかげでエナは物凄い天才として時の人となってしまっている。
(死んでしまった人もいるのに表彰って変な感じ……)
犠牲者が出たので当然学園はしばらく休校となった。
休校の間は状況説明漬けの毎日だし、火事場の馬鹿力と説明して、あれはもう出来ないとも言ったが、どうも信じている様子がない。
元から優等生と思われていたため、謙遜と思われているのだろうか。
エナはすっかり世間では天才魔術師なのである。
ちなみに殿下を直接助けたわけではないので、国からの表彰はない。
そちらはバリアずっと張って、最後に殿下を連れて転移した護衛隊の王国魔術師がされていた。
集会が終わり、つつがなく授業も終え、寮に戻る。
「表彰良かったじゃんエナ、みんなにモテモテだし。友達百人できるんじゃね?」
ナナリは黒猫の姿でエナの膝の上で丸まっている。
休校明け初日の今日、エナはまるで転校生かのようにめちゃくちゃ話しかけられた。
「そ、そうかな……」
エナは周囲の変化にあたふたしたが、突然の友達ゲットのチャンスに満更でもない様子で舞い上がっている。
自分の力ではないのに大した神経である。
「皆、エナが出世すると思ってるんだよ。今のうちから仲良くしとこうって魂胆なわけ。人間って単純だよね〜」
浮かれていたエナをバッサリと切り付ける言葉に、エナは、「そんなハッキリ言わなくても……」と項垂れる。
エナは長年一緒にいてなんとなく気づいていたが、どうもこのナナリは精霊のくせに性格が良くないらしい。
慣れてしまっていたものの、ちょっとはどうにかならないものかと思ってしまう。
「なんかナナリって精霊らしくないよね」
ナナリの笑い声がピタリと止む。
空気が静まったが、コミュ障のエナはそんな微妙な空気の変化を読めない。
黒猫はエナを見上げ、小さくて愛らしい口を開いた。
「……エナちゃん、人間も人それぞれ性格が違うように、精霊だって精霊それぞれなんだよ?
ほら、俺はちょっとワイルドな性格なだけじゃん? 精霊らしいとからしくないとかないから」
ナナリを『ちょっとワイルド』と表現するのはどうかと思うが、物は言いようである。
「それに人間に広まってる精霊像は、人間を助けた優しい精霊の話とかでしょ? 氷山の一角なわけ。分かる?」
「は、はい。」
ベラベラ喋って諭し始めたナナリに困惑し、咄嗟に返事をする。
「だいたい人の世でも、らしいとからしくないとか決めつけるのは、勝手な理想を押し付けてしまう事になるから良くないって、言われてるじゃん? コミュニケーションの基本だよエナ」
ナナリがえらくまともな事を言っている。
エナはポカンとした顔で聞いていたが、次第に納得して聞き入っている。
「とにかく勝手にハードル上げないでくれよ。俺より意地悪いやつもいるからな!」
『俺より意地悪い』ということは、自分が意地悪い事も認めているではないか、
とエナは思ったが余計なことは言わないでおく。
他の精霊はエナを見守るだけで近づいてこないのでどんな性格なのか分からないが、ナナリが言うように、人それぞれ、もとい精霊それぞれなのだろう。
「分かったから、ごめんね。確かにナナリの言う通りだわ……
でも、もうちょっと優しい態度になってほしいなって思っただけで——」
ナナリがかぶぜ気味に反論する。
「はぁー? 俺は超優しいんですけど〜エナのために色々してるし。
いつもそばにいたり、命を救ったり、めちゃくちゃ優しいじゃん。」
「それは…。あれ? そうかも……」
エナはナナリ以外との関わりがほぼないため、ナナリの言い分が正しいような気がしてくる。
エナの欠陥した世界で一番優しいのは間違いなくナナリなのだ。
納得した様子のエナを見てナナリは身じろいで寝なおした。
「あの、ナナリ、助けてくれてありがとう」
ナナリはパチリと目を開く。
「え? 何急に」
「まだ言ってなかったなって思って……本当に偶然来てくれて良かった」
「偶然なわけないだろ」
「え?」
「エナの危機は分かるようになってるし、エナのそばに転移もできるんだよ」
「そうなの!?」
さも当たり前かのようにナナリは言うが、初耳だ。
ナナリは自分のことをあまり話さないの為、大精霊で偉い立場にいる事しかエナは知らない。
突然明かされたナナリの能力に驚くと同時に、ナナリについて何も知らないことを思い知らされた。
人間の姿になれることも最近知ったのだ。
あんなに強いことも、危機を察知できることも、転移できることも今回初めて知った。
「俺ってば何でも出来るんだよな〜天才だもん」
「ナナリは凄いんだね」
黒猫の背中を優しく撫でる。
ナナリがあの時いてくれたら、両親も守ってくれたのにな、とエナはぼんやりと思った。