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戦い始めてどれほどたっただろうか。
兵士たちは回復魔術を受けギリギリで耐えている。
目覚しい活躍を見せたのはダンとゼストだ。
ダンは、生徒達全体を覆う広範囲バリアの展開に加え、兵士たち一人一人の動きを把握して、危ない時に部分的なバリアを瞬時に張る。
ダンがいなければ即死だった兵士は数知れない。
複数同時に結界魔術を張れて、広範囲バリアも張れる人間が、この簡単なダンジョンけ実習の護衛にいたことが奇跡だった。
一方ゼストは、天才だった。
たった一人、黒鹿とまともに戦っていた。
周囲に剣の擦れる金属音が響く。
あの角が光ると、広範囲攻撃が来る。
ゼストは状況を素早く理解して、最適な回避行動をとる。
周囲への指示も自然とゼストが出していた。
固く引き締まった顔。
隙のない姿勢。
どれも普段のゼストとは違って、ギャップがある。
ダンはこんな本気のゼストを見たことがなかった。
しかし、ゼストがどんなに天才と言っても、アレはソロで討伐できるようなモンスターではない。
他の兵士たちが、ない隙を突っ込んで、傷だらけになりながら近づくも、ダメージは殆ど与えられていないのが現実。
ゼストがほぼ一人で必死に削っていたが、未だに二割も削れていなかった。
あれは倒せる魔物ではない。
——ダンの魔力が尽きたら死ぬ。
誰もがそう感じていた。
「団長! 回復役の生徒がもう限界です!」
二名の光属性に適性のある生徒が必死に回復をやってくれていたが、魔力枯渇を起こす寸前だ。
(クソッ! なんで回復できる護衛の魔術師が居ないんだよ!)
ゼストは焦りから苛立ってしまう。
選定には実力は考慮されていない為、団長と自分、魔術師ではダン以外はまともに動けていない。
後は実践で命の削り合いなどした事の無い軟弱な貴族。
騎士がカッコイイからなる、そういう奴らだ。
(もう潮時か)
ゼストが後方まで下がってダンに声かける。
「ダン。殿下を連れて転移しろ」
「は? そんな魔力残ってないね」
ダンはゼストの顔も見ずに吐き捨てるように答えるが、ゼストはそれが嘘だと確信していた。
「嘘つくな。まだ二人転移させるくらいはギリギリあるだろ」
ダンは相変わらず綺麗に攻撃をバリアで弾きながら答える。
「チッなんでお前が俺の魔力管理してんだよ」
「当たり前じゃん。じゃないとダンは無理するでしょ」
一瞬の沈黙の後、色々考えたであろうダンが静かな声で言う。
「無理だ。俺がいないと——」
(他はどうなる……)
ダンは視線を生徒達に向け無言で訴える。
ダンだって転移は常に頭にあった。
しかし通常でも転移させることが出来るのは三人までで、魔力が満タンなら全員を転移させれるというわけでもない。
転移で助けることが出来るのは三人。
だが、それは三人を除いた他の人たちを見捨てることと同義。
先程から回復役から潰そうと、後方にもガンガン攻撃がきているのだ。
そしてその攻撃はバリアがなければ即死なので、一瞬抜けてまた戻るのも出来そうになかった。
だからずっと言い出せないでいたのだ。
「どっちみちもう無理だ。ダンが転移してもしなくても死ぬ。お前の責任じゃない。団長にも話してる」
「……」
ダンは思い詰めたような顔で黙り込む。
「ならお前も来い。お前を残していくなんて無理だ」
ダンがゼストの目を見る。
メガネの奥のダンの瞳、その瞳に溜まった水の膜が反射しキラリと光る。
「お前、何言って……」
いつも顔を合わせては小言を言うダンがそんなに自分を親しく思ってくれていたことが意外で、
嬉しさと切なさで胸が締め付けられる。
ゼストは気がついていなかったが、いつも真面目で礼儀正しいダンが唯一気さくに軽口を叩くのはゼストだけであったのだ。
二人は王都学園の同級生で、ダンは魔術学部実技学科に入学し、ゼストは騎士学部剣術学科。
学部も学科も違う二人が出会ったのはこのダンジョン実習。
そして二人の別れもこのダンジョン実習——
「うっ、ぐ、グハァ!」
思いを馳せてると兵士が吹っ飛んでくる。
(くっそ……時間がない)
戦力になっているゼストを連れていけば即戦況は崩れるだろう。
ダンの転移は殿下を逃すためという大義名分があるが、ゼストを連れていくことにはなんの大義名分もない。
国民を見捨てるただの逃げ。
「お前が来ても来なくても確実に全員死ぬ! あと一人ならギリギリ連れてける」
「お前死ぬ気か? そんなんお前が魔力枯渇で死ぬだろ。それに連れていくにしても高位貴族の生徒だろ」
「嫌だ」
絶対に意志を曲げるつもりはないというようにダンは短い言葉で力強く答える。
「こんな時にぐれんなよ」
「お前こそこんな時に真面目になるな!」
いつもの軽口を叩きあうが、二人とも悲痛な面持ちだ。
ゼストがダンの目をしっかり見る。
「……行けない。俺を子供達を見捨てるようなクズにさせんなよ。な?」
ダンの頬に雫がつたる。
『俺にお前を殺させるのか?』というダンの声が聞こえた気がした。
「……お前の真剣な顔初めて見たよ。いつもそんくらい真面目な顔をしていればモテたんじゃないか?」
「ふっ、うるせーよ」
二人がほんの少し笑みを見せる。
ダンの涙と笑みが雨上がりの虹のように美しく輝いていた。
「まずい! 光線がくる‼︎」
二人の沈黙を団長の大声が破る。
黒鹿の方を見ると二本の角の間に物凄いパワーが集まっていた。
(今までの攻撃の比じゃない……)
バリアで何とかなるものなのかと、ダンの顔を見たが、ダンの顔は青ざめていた。
部屋全体が眩しいくらいの光に包まれる。
「ダン、早く行け!!」
「ゼスト……今までありがとう——」
光線が降り注ぎ、三重になっていたバリアが一枚、また一枚と呆気なく、
リズミカルとも言えるくらいにあっけなく破壊されると同時に、ダンは殿下と転移した。
バリアが壊れた後、黒鹿は意気揚々と生徒達に突進する。
バリアに入ってなかった兵士は血を流し倒れており、ピクリとも動かない。
入っていた生徒もかなり怪我をしている。
バリアに隠れることが出来なくなった生徒たちは、次々に剣を振るったり、魔術を放ったりして応戦したが、
次々にぶっ飛ばされて地面に落ちる。
もはや戦いと呼べる代物ではなくなってしまっていた。
後方にいてバリアに入っていたゼストも、かなり重傷で、右手はすでに使い物にならなくなっていた。
少しも動かない右手に苛立ちながら、黒鹿の意識を自分に向けようと必死に動くが、こぼれ落ちる命を救うことは出来ない。
そして黒鹿は、後方で縮こまっていた茶色いボブヘアの地味な生徒の方へ突進する。
その生徒は泣いてパニックになっていたが、煌びやかなステッキを握りしめどうにか魔術を放つ。
黒鹿の頭が弾け飛んだ。
「は?」
ゼストは思はず声を漏らす。
周りも皆、突然の出来事に呆けている。
黒鹿は体から血飛沫を噴射しながら倒れてゆく。
生き残った安堵とその生徒に対する驚きが入り交じり、何を考えていいのか分からない。
難しいことを考えるのを放棄し、ダンが思ったのは、今生の別れをしたダンと次にどんな顔で会えばいいのかであった。
ダンとゼストお気に入りだからまた出したいな!