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人間は信じたいものを信じる生き物である。


自分が持っている前提条件や先入観を肯定する為に、都合の良い情報ばかりを集めてしまい、都合の悪い情報は遮断する。




——そういう心理を、確証バイアスと言うらしい。








 活気に満ちた大通り。

人々の笑い声や、露店の主人の呼び込みで賑やかなこの道を、フードを深く被った少女が人々の間を縫うようにスルリと早足で通る。


印象にも残らない地味な少女であったが、その肩に器用に乗る黒猫の存在が人の視線を一瞬だけではあるが惹きつ

けていた。



「エナ〜腹減った〜あの串買って〜」


「ちょ……分かったから喋らないで」



少女——エナが慌てて黒猫の声を遮る。


そう、声の主は黒猫だ。


いつまでも喋ろうとする黒猫を宥めるために、黒猫の指定する肉の串を買ったエナは、すぐに掠め取ろうとする黒猫の行儀の悪さに疲弊しながらもなんとか死守し、人目のつかない路地裏で手渡した。



「うめぇ〜最高だぜ」


「ナナリ、手が汚れてる」



黒猫が人語を喋り、裏路地で器用に肉の串を頬張っている。


断じて普通ではない。

普通は猫は喋らないし、人間と同じ食べ物を食べない。



「もう食ったから帰ろーぜ。寝みぃ」


「あっ待って」



エナがまだ食べていると言うのにお構いなしで帰ろうとするので慌てて引き止めた。


その喋る猫は、まるで人間かのように前足で目元を擦り大あくびをする。

その手から肉串の棒が無くなっていることに気づいたエナは、地面に目を滑らせ、落ちていたそれを見つけ拾い上げた。

小言を言う気は既に無い。


エナも食べ終わったのを確認すると、「ほら、エナ行くぞ」と言って、黒猫は木箱の上から身軽に飛び降りる。

エナは自由ずぎる黒猫に呆れながらも素直に追いかけ帰路についた。





この黒猫、ナナリは精霊だ。

エナは幼い時から精霊が見えた。


精霊とはあらゆるところに存在しその地を豊かにする伝説の存在。

歴史上には精霊に力を借りて大魔法を放つ聖女もいた。


普通の人には見えない精霊だが、ナナリの黒猫姿は誰にでも見えている。

ナナリが言うには、好きな姿形を見せることが出来るのは高位の精霊のみらしい。



エナは物心着く前からこの猫型の精霊と一緒に暮らしていた。



この、侯爵家の離れにあるボロ屋敷で——



庭の草は青々と繁り、柵は錆つき朽ちている。

人気はなく陰鬱な雰囲気の暗い屋敷に黒猫のナナリと二人暮し。

別に悲しいとか辛いとかはない。

エナにとってはこれが普通で日常で、当たり前。

ナナリが居てくれたらそれでいいのだ。


ナナリは大抵エナのそばに居る。

エナが座ってる時は膝の上だが、立ってる時は肩や頭の上に乗っていることが多く、エナの姿勢は年々悪くなっている。

エナの傍にいる時以外は、よく窓際の机でダラダラと日向ぼっこしている。

今もそうしているナナリを見ながら、エナは自分で淹れた紅茶を飲んでいた。


(そういえばナナリが寝ているところ見た事ないな。精霊ってそういうものなの?)


エナがそんなことを考えていると、死んだように外を見て動かなかったナナリが突然こちらを向く。

普通の猫には確実に出来ないような機械じみた振り向きに思わず、「うわっ」と声を漏らすが、ナナリは特に気にも留めず語りかけた。



「エナはさ、不満とかないわけ?」


「え……何、突然?」


「だってこんなオンボロ屋敷で一人ぼっち! 本邸のお嬢様は王城のお茶会に招かれてお嬢様人生楽しんでるって言うのに!」


「え、そうなの? 知らなかった……」


「だろ〜? だからエナに教えてあげよーと思ってさ」



ナナリは短い前足で顔を支え寝そべり、得意げに、「綺麗に着飾ったお嬢様が出かけるのを見た」だとか、「使用人たちの期待する声を聞いた」とか教えてくれた。


なんでも同い歳の第二王子殿下のお友達を招いてのお茶会らしい。

第二王子はもう十五歳であるが、第一王子殿下との複雑なバランス関係のため、未だに婚約者が決まっていない。したがって、このお茶会はただのお茶会のはずもなく、婚約者候補の選別や顔合わせも含んでいる事だろう。



「でさ、不満とかないわけ? このままじゃ本邸のお嬢様、殿下と仲良くなって本物のプリンセスだぜ」


「彼女は綺麗だから……もしかしたらそうなるかもね」


エナは窓から本邸の方を見つめて絞り出すようにつぶやいた。




本邸のお嬢様は、エナと同い歳で、輝くプラチナの髪のウェーブが綺麗でグリーンの大きな瞳が愛らしい小柄な女の子だ。美しい容姿に加え性格も朗らかで誰にでも優しいため、みんなから好かれていた。



「えー!エナだって侯爵令嬢なのにさ! 不公平だよ!」



「エナだってこんなに可愛いのに〜」と口を尖らせぷりぷりと怒るナナリ。


そう、ナナリの言う通りエナはれっきとした侯爵令嬢。

要するに本邸のお嬢様とエナは姉妹である。


姉妹なのに待遇に雲泥の差がある理由は明確で、エナは幼い頃に本家に引き取られた分家の子で、本当の家族ではないから。


エナが四歳の夏、両親は盗賊に殺された。

血まみれで倒れている両親の記憶が、エナがはっきり覚えている最初の記憶だ。

あの日をエナは一生忘れない。

いつも側にいてくれた優しい母、何でも見守って応援してくれた父。

一瞬で崩れ落ちた幸せを、エナは今でも必死にかき集め生きている。


本家はエナを引き取ってはくれたけれど、本家の奥様はエナの引き取りに乗り気ではなかったようで、疎ましがってエナをこの荒れ果てた離れに遠ざけた。

そう言うわけでエナはナナリと二人離れで暮らしているのだ。


あの事件の犯人は未だ捕まっておらず、エナは未だに犯人を探している。



「まぁ……私は養子だし、奥様にとって私は呪われた子らしいから。社交界にも出してもらえないと思う……だから別に今のままでいいよ」



実際出されても困るのだ。

エナに四歳までの記憶はないし、今の今までまともな教育を受けていないのだから。

侯爵令嬢としてダンスや礼儀作法のお稽古をしているよりも、護衛も付けず街に出掛けられる自由な生活の方がエナの性には合っている。



「ふーん。まぁエナがいいならいいんだけどつまんないの〜」



諦めてしまっているエナに納得できないナナリは不満げな声で鳴いた。




長編作品予定です。ストックあります。よろしくお願いいたします。

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