46 真相
「お疲れだったわね。大丈夫なの?」
「大丈夫よ。がっつり眠った感じ」
少しだけ膨らんだお腹をなでながら、アティがエヴリーヌを労ってくれる。
連絡が取れなくて心配していたのよ。とのお叱りを受けたが、許してほしい。一日眠り込んだだけで、カリスが心配してしばらく屋敷から出してくれなかったのだ。
町が包まれるほどの結界を張ったことで、不浄は浄化された。空にいた鳥たちや小動物たちは自我を取り戻してどこかへ行ってしまい、動物たちを操っていた黒いモヤも消し去った。思念だったのかなんだったのか、彼らを操っていたモノは消滅して、澄んだ空気が町中に戻ってきた。
空のにごりが消え失せたのを見て、エヴリーヌは気を失った。目が覚めたら、町の浄化は成功したのだと知らされた。
「結局、ヘルナ・オールソン侯爵令嬢が原因だったってことなんでしょう?」
「そうなるわ。命を落とした後、ヘルナは元メイドのアンの元へ行ったのね」
そこでヘルナであるモノは、カリスとの関係について否定される。アンを信じていたヘルナは裏切られたと思ったのだろう。そこで怨嗟にのまれた。自ら呪いの原因となり、恨みを持つ相手に襲いかかるようになった。
オールソン侯爵家に入り、メイドを襲った。メイドはヘルナの行動を逐一オールソン侯爵に伝えていた。ヘルナがパーティで男性と関係をもったこと。妊娠したこと。他にもあったかもしれない。修道院に送られることになった理由をメイドのせいにした。
そこから逃げるように別の屋敷を襲う。ノールズ男爵家だ。エヴリーヌの実家に近い、特に病がはやっていた地区の一つである。
「コリン・ノールズ男爵。ヘルナが関係を持ったのはその人で、ノールズ男爵は結婚して子供ができたばかりだった。父親のオールソン侯爵は大激怒し、ヘルナを修道院に送ることにしたのよ」
「王太子の婚約者にしようとしてたんなら、怒るわよね。子持ちの男爵で、子供もできちゃったんじゃあね。でも、なんで?」
アティの問いに、エヴリーヌは気が重くなるような気がした。まさか、シモンが幻覚を見せたとは。
シモンはパーティでヘルナに魔法で望む相手を見せた。ヘルナは喜んで体を差し出したのだろう。しかし事が終われば夢も終わり、相手が別人だったことを知る。
外で待っていたメイドは、カリスとエヴリーヌが一緒に帰っていくのを目撃していた。戻ってきたヘルナはカリスが一緒だったのだと仄めかす。おかしいと思ったメイドは何度も確認したのだろう。ヘルナはわめくようにカリスであると主張した。ヘルナは相手の男性がカリスと別人であったことを認められなかった。事実を直視できぬまま、ヘルナはカリスとの関係を言い張り、そして妊娠が発覚する。
「シモン・エングブロウ侯爵なら、大怪我して帰ってきたんでしょ。綺麗な顔がボロボロだったって聞いたわ。聖女が治療したらしいけど、しっかり治せないほどひどかったのねえ」
まあそんなクソ男、お顔が台無しになった方がいいと思うけど。アティはぽそりと付け足す。
シモンはヘルナが靴を落とした沼地へ行っていた。そこにヘルナがいると思っていたようだが、待っていたのは動物たちで、報復のように攻撃を受けた。
ヘルナはわかっていたのだろう。幻覚を見せたのが、誰だったのか。
「シモンは、神殿の管理から外されるみたい。王は見越してたのかなんなのか、カリスをその後釜にさせるつもりらしいわ」
「狙ってたんじゃないの? あの王様、すうっごく、腹黒いわよ。私が言うんだから間違いないからね」
アティはケーキを口に頬張って、鼻の上に皺を寄せる。気に食わない。と言わんばかりに、わざとらしくケーキを咀嚼した。
シモンへの罰はそれだけ。それが何よりも屈辱だろう。シモンの次にカリスが神殿を受け持つのだ。これ以上の屈辱はない。
シモンはずっと、カリスを敵対視してきた。それがエヴリーヌを想っているからなのだろうか。しかし卑劣な真似をするならば、たとえシモンに惹かれていたとしても、エヴリーヌが寄り添うことはない。
「これからビセンテと相談して、神殿長と神殿のあり方を考えていくみたい。仕事が増えたから、カリスは大変そうよ」
「エヴリーと一緒に仕事できるんだから嬉しいんじゃないの? あの人、エヴリーのこと好きすぎよね。私たちと会う時、すごく静かで冷静な人って雰囲気だったけど、エヴリーの前だと顔が綻びすぎじゃない? 鼻の下伸ばしてるの? なんなの?」
「そ、そんなことは、」
「あるわよ。知らないの? いっつもエヴリーのこと見てるのよ。じいっと。隣にいるのに、じいいいっと見てるの。どんだけ好きなの?」
「四人で会うことなんてそんなになかったじゃない」
「四人じゃなくても、結婚式からそうだったわよ」
「嘘でしょ? だってカリスは、」
アティを見ていたのに。言いそうになって喉元に出かかった言葉を呑み込む。アティは次のケーキにフォークをさして、大好きよねえ。と言いながら頬張った。
カリスは心配ばかりして、エヴリーヌの体調が戻るまで側にいようとしてくれた。けれど、なにかと忙しく、二人で落ち着いてゆっくり話すことなどできなかった。
ヘルナがどこで亡くなったのかという話もあり、兵士たちを動員して沼地をさらった。ヘルナが亡くなったのはやはり沼の中で、遺体はまるで老婆のようになっていたという。
これはエヴリーヌの想像だが、ヘルナは沼に落ちて苦しむ中、多くを呪ったのだろう。お腹には子供がいて、それすらも呪ったのかもしれない。犠牲は自分の命と、その子供。その沼地は雨が降ると近くの川と繋がり、町へと流れる。病がはやった場所。アンの住む地区とは別の、水の溜まりやすい川の近く。そこから恨みの思念は這い上がり、アンのいる地区に向かったのではなかろうか。
まだ人の姿を保っていた思念。アンによって、呪いの源と形を成した。
その後はわかっている通り、侯爵家、男爵家を襲い、エヴリーヌの実家の子爵家や、ヴォルテール公爵家に移動する。その頃には理性も薄く、強い思念だけで動いていたはずだ。許せない者、執着する者。それらだけが残って、強い恨みだけで小動物までも操った。
(人の思いは、とても力強いものだわ)
「それにしても、その髪と目、そのままにするの?」
「王の命令で」
「出た。ご愁傷様。大聖女おめでとう。まあね、あんな結界張られちゃね。すごかったもの。エヴリー、やったな。って、私もきゃっきゃしちゃったわ。あまりにすごすぎて」
アティに褒められるのは嬉しい。嬉しいが、大聖女としての立場を確立したと言われると、がくりと肩を下ろす。それすらも王の陰謀だろうとアティは決めつけた。最初からなんでも知っていて、そのうち担ぎ出すつもりだったのだろうと。
銀の髪、金の瞳。その姿で神殿の前に立てば、良い広告塔になるだろうと、アティは白々しく、冗談めいて、かわいそう。と言う。
「頑張ってね。この子が生まれたら、私もお勤め頑張るから。エヴリーだけに任せないわよ。だって、エヴリーだってすぐに妊娠するかもしれないからね」
「ええっ」
「私はすぐにできちゃったから、そっちに迷惑かけちゃってるけどね。控えろって王に言われてるでしょ? それは本当に、ごめんなさい」
「謝ることはないわよ。そういう約束は、最初から聞いてたじゃない」
聖女が二人妊娠してはいけないと聞いている。それに契約二年のせいで、そんな話などすっかり忘れていた。
「子供を作るなってだけだから、いちゃいちゃはできるだろうけどね。してんでしょ、いちゃいちゃ」
「あはは」
笑ってごまかして、その話は横に置いた。
今日、カリスは仕事がやっと落ち着きそうだと言っていた。やっと、ゆっくりできるのだと。
両思いになり、とうとうキスまで進んだ関係だったが、その先はまだ、ないわけである。
けれど、今日は、カリスから、夜、ゆっくりしないか。と誘いがあったのだ。それは、つまり、色々、考えておいた方が良いのだろうか!?
「顔赤いわよ。疲れてるの? 大丈夫?」
「ええっ!? 疲れてないわよ。元気!」
「そお? これからまだ忙しいんだから、体気をつけてね。エヴリーはすぐ無理するんだから」
アティに睨めつけられて、から笑いをしておく。今日は疲労など見せられない。元気に、明るく、夫を迎えるのだ。