43 計画
町の広場にて、異様な雰囲気があった。
町行く人々が不安げに集まっている聖騎士や聖女たちを見やる。騎士たちに離れるよう指示されると、遠巻きにした。カリスはそれをながめてから、集まった者たちを同じように見回す。
ビセンテたち聖騎士や聖女たちが、総神殿から訪れていた。彼らを呼んだのは人数が必要であることと、力のある聖女と聖騎士が必要だったからだ。
「かなりの人数だな」
「総神殿の聖騎士と聖女をほとんど呼びましたからね」
ビセンテがそっけなく答える。どうせ、一度は来なきゃならなかったし。と付け加えて、周囲を見まわした。
緊張しているか、聖女たちはきょろきょろと町の雰囲気を確認している。聖騎士たちはこれから始まる雰囲気にのまれそうになっている馬たちを押さえて、頭をなでたり、手綱を引っ張ったりした。
「王から聞いたが、総神殿から都の神殿に入ることになったのか?」
「入れ替えを行いたいそうなんでね。都にいる聖騎士と聖女を総神殿に送って、鍛えるんだそうで。逆に、総神殿から送って、都のやつらを鍛えるんですよ」
ビセンテを都に呼んだのはその力を確認するためだったが、その水準を上げる必要性が高く、王は入れ替えを提案した。神殿はシモンが管理をしているが、それだけではどうにもならなさを感じたのだろう。人を循環させて、神殿の意識を変えさせるつもりだ。
「迷惑ですけどね」
ビセンテははっきり言ってくれる。王の命令とはいえ、総神殿の人間ならばそう思うだろう。
(私も領土で魔物を相手にしていたが、神殿の聖騎士の腑抜け具合には開いた口が塞がらなかったしな)
「まだ準備できないのかよ」
馬に跨ったまま、ビセンテがぼやく。もうこちらは準備を終えている。いつ出ても問題ない。こんな大広場で無駄話をしているのも、時間が余っているからだ。
「あいつ、シモンは動物追ったんでしょ。どこまで行ったやらですよね。王はやらせとけって言ってましたけど、都の聖騎士と聖女連れてっても、どうにもなんないだろ」
「焦っているんだろう。結果を出さなければならないからな」
「こっちは総神殿から来てるって言うのに。競ってる場合じゃねえだろ」
単独で動くシモンを放置したのは、王の考えだろう。信用に値するとは思っていないのだから、当然だ。それもわかっているシモンは自ら動くしかない。そこでビセンテの手を借りようと思わないあたり、未熟だが。
シモンと同じ真似をしても、原因を捕らえることはできない。
「エヴリーヌの力を借りるしかない」
「まあ、そうでしょうね」
つぶやきを拾われて、カリスは顔を上げた。なにか、怒っているのか。前より当たりが強い。
ビセンテは何も口にせず、ため息を横に吐く。
「そんで、なんでその侯爵令嬢は公爵様の子供だって言い張ってんですか?」
「それは理由がわからない。父親が誰なのかはおそらく……、想像はついているのだが証拠がない」
「だからって、エヴリーヌを狙うとか。公爵の、過去の清算できてないもつれで」
人聞きの悪いことを言わないでほしい。ビセンテは不機嫌に言い放ってくる。エヴリーヌとの空気がおかしいのは知っているが、こちらに矛先が向けば、なぜ怒っているのかは想像できた。
「離婚は? しないのかよ」
不機嫌なやはり理由はそれか。エヴリーヌに話を聞いていたのだ。面目がないが、俯くわけにはいかなかった。
「そのつもりはない。彼女と話し合って、離婚の話はなしになった。一方的にその話をしたことは、今でも後悔している」
「あ、そうですか。男がらみで聖女が狙われるのはいつものことなんでね。エヴリーヌはそんなになかっただろうけど、アティなんかはいつも巻き込まれてましたからね。呪われることもあったし」
「聖女アティが?」
「あいつの外面は完璧だから、勘違いする男が多いんですよ。あんたみたいな」
ぐうの音も出ない。ふとアティの外面が気になったが、親しくなれば気安さも態度に表れるだろう。フレデリクが知っていればいいことなだけなので、それについては聞かなかったことにした。
「もう俺が言う話じゃないけどな」
ビセンテは吹っ切るように息を吐く。それを詳しく聞く必要はないだろう。
エヴリーヌの計画を共有して、ビセンテは地図を開きながら他の聖騎士に指示をした。待っている間、計画の確認だ。
病の原因は移動していた。移動するならば、それを囲むしかない。総神殿からやってきた聖女と聖騎士を動員し、不浄を浄化しながら数を持って制するしかなかった。頼みの綱はエヴリーヌの感覚だけだ。こんな無計画なことはないが、相手の行動は少しずつ解明できていた。
そろそろ狙われる場所は想像がついている。
公爵家だ。
「結界を消すとか、どうかしてると思うわ」
「屋敷の者たちはすべて外に出るよう指示してある。原因がヘルナならば、また公爵家に来るだろう。それを中心にして、包囲網を敷くしかない」
「まだ、町にいると思ってんすか」
「私やエヴリーヌに執着しているのならば、町にいるだろう」
ヘルナなのか、老婆なのか、未だわからない。だから一つの罠を仕掛けるのだ。ヘルナであれば、周囲を狭めて追い込めば、公爵家に来るだろう。
そして、ひと足先に、公爵家にエヴリーヌが行く。
本当ならこんなことはしたくない。エヴリーヌを危険にさらすことになる。けれど、エヴリーヌを安全な場所においても、彼女はそれを拒否するだろう。そしてカリスは、聖女としてのエヴリーヌを止める権利はない。そうであれば、彼女のために手を貸すしかないのだ。
「エヴリーヌが危険と感じた箇所から浄化して、少しずつ公爵家へ近寄っていく。できる限り、円を描くように。だから時間を測る必要がある」
「鐘が鳴るまでに、この円まで移動ね。わかってますよ」
ビセンテは地図に描かれた円を指差す。同じ速さで円を狭めていくのだ。ずれを作り。そこから逃げ出さないように。エヴリーヌだけは円の内側で不浄を探す。もしもヘルナが他の聖女に当たれば、すぐに辿り着けるようにするためだ。
「聖女たちの不浄を消す手伝いはできませんけど、よどみは俺らも見えるから、小動物の邪魔は防御できるでしょう。野犬を操れるんなら、鳥も操ってくるかもしれない。空にも注意するようにしてくださいよ。そこまでできるとなると、そのヘルナって侯爵令嬢、元から力があったんだろうけど、なにか犠牲にしてるんだろうな。メイドを道連れにしたとか?」
「それは、聞いていないが」
犠牲? オールソン侯爵家で狙われたメイドはいる。オールソン侯爵が表沙汰にしていないだけで、犠牲者はいるかもしれない。
「カリス、ビセンテ、そろそろ始まるわよ。用意はいい!?」
エヴリーヌが馬に跨ったままやってきた。公爵家ですでに見たので、その凛々しさに驚くことはない。しかし、美しさに胸が高鳴りそうになって、なんとか抑える。
エヴリーヌが先陣し、その側をカリスが守る。ビセンテたち聖騎士と聖女が位置についてから、空に魔法で煙幕を飛ばした。
気を引き締めて、馬の足を進める。
「そうだ」
足を進めてすぐ、ビセンテが言うと、近くに寄ってきた。
「離婚の話、あいつから聞いたんじゃないんで」
「え?」
「あいつの独り言を。俺が聞いてただけ」
「だが、シモンも知っていて」
「あー、それは、俺のせいだな。でかい声出して言った時、後ろに奴がいた。エヴリーヌが話したわけじゃないんで」
「そうか」
そうなのか。
シモンが知っていたことを追求するつもりはなかったが、誤解だとわかって安堵する。わずかながらしこりがあったが、一瞬で消えてなくなった。