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38−2 ビセンテ

 聖騎士は魔物を倒すのだから、使えるものはなんでも使う。卑怯な真似をするなとは言わない。卑怯な真似をしてでも相手を倒さなければならないのだから。相手は試合に来た人間ではないのだ。その意識付けからしなければならない程度とは。


「問題外ね」


 カリスは聖騎士だったが、自領で魔物と対峙するため都の聖騎士とは意識が違うのだろう。相手がどんな真似をしてこようが怒る理由はない。ビセンテに教えを与えよと命令するのならば、魔物と対峙したことのない者たちの意識を変えたいということだ。

 こればビセンテには重荷かもしれない。平和ボケしすぎている相手を教えるのにビセンテでは強すぎるだろうに。


(どれだけ強いと思ってるのよ。聖騎士を指揮して、まとめている男よ? 毎日のように魔物と戦って、死線をくぐり抜けることだってあるのに)

 人生のほとんどを聖騎士として生きているビセンテだ。聖騎士としての矜持は高い。


 それを見ていると、エヴリーヌに怒りが湧くのがわかる気がした。

「公爵夫人だと、聖女の仕事が遅れるものね」


 公爵夫人で聖女を行うより、聖女のままで神殿にいた方がいいに決まっている。聖女として時間を無駄に使うことになってしまうからだ。

 離婚すれば、その時間を考えることなく活動が行えた。その方がいいに決まっている。


「そうよね。中途半端だと思うわ」

「エヴリーヌ聖女様!」


 ぼんやり演習をながめていると、シモンがやってきた。会議が休憩に入ったのだろう。笑顔で近寄ってくる姿を見て、体が強張りそうになる。


「もう帰られたと思っていました。こちらでなにを、……ああ、王は都の聖騎士を鍛えるつもりのようです。町に魔物が入ることはないと思いますが」


 シモンは事情を知っていると、目をそばめた。王の命令でビセンテが選ばれたようだ。忙しいビセンテには迷惑だろうが、実力差がはっきりして、王の意図は理解できる。今もビセンテに退けられて、聖騎士が地面に転がった。それも一人ではなく、二人一緒にだ。実戦に慣れているビセンテの相手にならない。


「あの男と、仲が良いですよね」

「ずっと一緒だったもの。頼りにしているし、大切な人よ」


 ビセンテは幼い頃からずっと一緒で、気安い大事な仲間だ。飲み仲間でもある。ビセンテは二日酔いになるので、エヴリーヌやアティほど飲めないが、よく付き合ってくれた。

 シモンは一瞬口を閉じる。言い方がまずかっただろうか。


「長く付き合いのある人だから、アティと一緒で仲が良いのよ」

「そうなんですね。では、離婚されたら、彼と結婚でも?」

「え!?」


 どうしてそうなるのだ。やはり言い方が悪かっただろうか。それに、離婚のことはまだ決まっていない。告白を受けたのだから伝えておくべきかもしれないが、ここで話すのははばかれた。誰の耳に届くかわからない。


「エングブロウ侯爵、その話は、ここでは」

「あ、すみません。こんな場所で聞く話ではなかったですね。よろしければ、公爵家までお送りします」

 シモンは口元を上げて笑っているが、人形のように固まった笑いをしていた。


「あの、エングブロウ侯爵、」

 なんと言えばいいのか、まごついていると、いきなり腕を引っ張られた。ぶつかった硬い壁のようなものは聖騎士の胸で、仰ぎ見ればビセンテがシモンを不機嫌に睨みつけていた。


 先ほどそこで戦っていたのに、いつの間にここに来たのか。ビセンテとシモンが無言で睨み合う。


「ビセンテ?」

「エングブロウ侯爵。こちらにいたのですね。会議が始まります」

「呼んでるぜ」


 呼びに来た男を顎で指してビセンテが促すと、シモンは笑顔を消して冷えた視線でビセンテを見やってから、背を向けて歩いていく。冷然な態度に、こちらまで寒気がするようだった。


「あいつ、なんなんだよ。しつこすぎだろ。告白でもされたのか?」

「えっ!? なんでわかるの!?」


 言ってから口を両手で塞ぐ。もう遅いと、ビセンテがエヴリーヌを睨め付けた。

 経験のないことを突っ込まれると、どうしていいかわからない。顔が熱くなりそうだ。どう対応していいのかわからないと言ったら、怒られるだろうか。ビセンテが答えを言えと言わんばかりに、エヴリーヌの腕を引いて口から外させる。


「離婚したら、結婚しろとか?」

「そういうわけじゃないけど、考えて欲しいって言われて」

「なんて答えたんだよ」

「答えてないし、答えるつもりもないわよ。ここで話すことじゃないわ。誰が聞いているか、」

「俺か、ダメなのか?」

「ビセンテ?」


 今なんと言った? ビセンテは握っていた手に力を入れて、エヴリーヌを真っ直ぐに見つめた。


「ドラゴン出た時、お前が走り去ったの見て、なんでだよって思った」

「それは、いてもたってもいられなくて」

「離婚、する気なんてないんだろ? 全然、そんな気、ないんじゃないか」

「わ、私は」


 迷っているのだ。カリスの願いに沿うべきなのか。その気持ちが流されているからなのか、自分がカリスを好きだからなのか、判別がつかない。


「好きだよ。ずっと前から」

 ビセンテが震えるような声を出した。

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