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37 子爵家

「忙しいのに、カリスまで来なくても」

「母君が体調不良なのだから、お見舞いには同行するよ」


 一枚の手紙が父親から届き、エヴリーヌは急ぎ子爵家に戻ることになった。母親が病気であるため、帰ってきてほしいという内容だったからだ。

 両親は都に住んでいるため、はやり病に罹ったのかもしれない。カリスは急いで馬車を出し、出発したわけである。


(いつも元気な人だから、驚いちゃうわ。北地区より離れているし、ただの風邪だといいのだけれど)

 それでも、病気だからと呼ばれるのは初めてだ。


「大丈夫だ。急いで向かおう」

 カリスはなにを考えているのかわかると、御者にできるだけ急ぐように伝えてくれる。

 その優しさがありがたかった。


 公爵家に不浄が訪れたこともあり、カリスは気にしてくれているようだ。もしものためにと庭師たちに花を摘ませていた。後ろからついてきている馬車には、花束が満杯になって入っている。子爵家に結界を張るのにちょうどいい数だ。


 病がはやっているせいで、魔石の値段が上がっているらしい。不正に上げられているわけではないが、病を恐れる貴族が結界を張らせるために魔石を購入しているようだ。王はその件でも頭を悩ましているらしい。魔石の値上げを止めては買い占めが増えてしまう。買い占めを止めれば、貴族の恨みを買う。


(聖女の質を上げるしかないのでしょうけれど、一朝一夕にはいかないものね)


「うわあっ!」

「きゃっ!」

「エヴリーヌ!」

「だ、大丈夫よ。なにがあったのかしら」


 突然、御者が声を上げた。走っていた馬車が急に止まり、勢いで座席からすべりそうになるのをカリスが受け止めてくれた。何事だろう。そう思う前に、背筋に寒気が走った。


「カリス、外になにかいるわ」

「カリス様! 獣が!」

「エヴリーヌ、君はここにいるんだ。扉は開けないように」


 騎士が叫んだ。カリスも気配を感じたか、颯爽と外に出ていってしまう。騎士たちもいるのに、剣を抜く音がした。賊でも出たのか。しかし、あの寒気はその手の相手ではない。


 ギャン、と獣の鳴き声がした。唸り声も聞こえる。外にいるのは獣だ。犬か、狼か。

 近くに森があるとはいえ、狼なんているはずがない。それならば犬かもしれないが、犬が団体で馬車を囲っているのだろうか。騎士が応戦する音が聞こえた。


「うわっ」

「気をつけろ! 何匹いるかわからない」

 野犬が走っている馬車を襲うか? そんなことあり得ない。しかもここは森の中ではなく、町の中だ。


「エヴリーヌ、癒しを頼む!」

 扉が開けられて、エヴリーヌは飛び出した。地面に転がっているのは犬の死体だけでなく、ネズミなどの小動物がいる。それを横目にして、腕を押えて倒れている騎士に走り寄った。傷は深くないが、騎士は泡を吹いていた。


「ただの傷じゃないわ。呪われている」

「呪い!?」

「怪我をした者は癒しをかけるからこちらにきて。放っておくと死んでしまうわ」


 泡を吹いている騎士に癒しをかけ、傷口から入り込んだ呪いを消し去る。腐るような匂いがしていたが、すぐに消えて、意識を取り戻した。他にもかすり傷を負った者がいたが、腐食するように傷口が広がっていく。普通の傷ではなかった。


「一体、なにが。その辺にいる野犬やネズミが呪われて、徒党でも組んでいるのか?」

「昨今の病に関わっているのでしょうか」


 騎士たちも不安顔だ。まさか町で野犬などに襲われるとは思いもしなかっただろう。馬もネズミに齧られたか、そちらはすでに事切れていた。かなり強い呪いだ。


「動物たちも呪われています。どうしてこんなことに」

「急ごう。子爵家が心配だ」

 なにが起きているのか。転がった動物たちの遺体を見て、薄ら寒さを感じた。








「エヴリー、よく来てくれた!」

「お母様は!?」

「部屋で眠っている」


 子爵家に訪れてすぐ、父親が出迎えてくれた。しかし顔色が悪い。いつから体調が悪かったのだろう。看病疲れをしているのかもしれないが、それ以上に屋敷全体が暗くて重い。まるで霧の中に迷い込んだような気さえする。


「お母様!」

 母親の部屋に入れば、ぎくりと体が強張った。黒いモヤ。前に見た、救護所にいた女性のように、黒いよどみが母親を囲っている。吐く息は煙のようで、唸りながら浅い息を繰り返している。


 あの時の女性と同じ、呪いだ。

 すぐに治療を施す。不浄を飛ばし、よどみを消した。黒いもやは薄くなり、風に飛ばされたように消え去っていく。


「エヴリー?」

「お母様! もう大丈夫だから! こんなになるまで、どうして私を呼ばなかったのよ!」

「やだわあ、エヴリー。泣かないでちょうだい」

「泣いてないわよ。ダメでしょ。体調悪かったらすぐに呼んでって、いつも言ってるのに、呼んでくれないんだから」

「そうなのよ。急にね、体調が悪くなっちゃって」

「まずはお父様に聞くわ。薬草を持ってきているから、それを飲んで、しばらく眠ってるのよ。体が弱ってるから、苦くても飲まなきゃダメよ」

「はあーい」


 子供みたいに返事をして、母親はいつも通りの笑顔を見せる。ずっと一緒に住んではいなくとも、両親は神殿によく訪れてくれていた。エングブロウ前侯爵の件で引きこもっていた時も、心配して駆けつけてくれている、優しい両親だ。

 だから、なにかある前に呼んでほしいのに、聖女の仕事は忙しいだろうからと遠慮するのだ。


「エヴリーヌ、お母さんは?」

「大丈夫よ、お父様。薬湯を作るから、飲ませてあげないと」

 容体は良くなると告げると、父親は安堵する。父親の顔色も悪い。背中にもやを背負っているように見えた。


「お父様も、少し休まれたほうがいいわ」

 肩を叩き、もやを振り払ってやる。この屋敷は全体的に不浄を囲い込んでいる。こんなところにいれば、健康な人でも病になるだろう。後ろにカリスが待っていて、すでに花束を手にしていた。


「容体は?」

「落ち着いているわ。でも、あんな風になる前に、もっと早く連絡してくれればいいのに」


 もう少し遅かったら、どうなっていたか。治療はできたが、それを考えると不安で苦しくなりそうだ。もし、両親に何かあったと思ったら。


「エヴリーヌ。大丈夫だ。君がいるのだから」

「カリス……」


 カリスの大きな手が頭をなでた。そのまま頬に触れられて、涙が流れそうになる。

 その温かさに心が落ち着いてくるのがわかった。温度に安心するのだろうか。

(この人がいなかったらもっと慌てていたかも。いつの間にか頼りにしてるんだわ)


「花ならば、ちゃんと用意しているから」

「ありがとう、カリス」


 屋敷の敷地を囲むように花を一輪ずつ置いていく。公爵家ほど広くないので、そこまで時間はかからない。

 エヴリーヌは敷地を一周して、花で結界を作った。

 光が空へ上昇するのをながめて、屋敷からもやが消えていくのを確認する。


(お母様が一番ひどかったのかしら。どこからあんな呪いをもらってきたの?)

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