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36 老婆

 騒がしい声が聞こえて、カリスは窓の外をみやった。エヴリーヌが帰ってきたのかと思ったが、その姿はなく、代わりに騎士や使用人たちが忙しなく動いているのが見える。


「旦那様! 外で門兵が!」

 執事が焦ったように部屋に入ってくる。外でなにかが起きたようだ。

 階下へ降りてみると、門兵が二人床に倒れていた。顔色を真っ青にして、息も絶え絶えに苦しんでいる。


「どうした。なにがあった?」

「叫び声があり門へ向かったところ、門兵が」

「侵入者か!?」

「中に入った者はいないようです。門の外にも誰もいなかったのですが、二人が倒れていて。倒れていた時より顔色はましになったのですが」

「これでましになったのか? ……エヴリーヌの部屋に入って、花を持ってこい!」


 先ほどよりましならば、倒れた時はどれほどひどい顔色をしていたのか。メイドが急いで花を持ってきて、その花を門兵の体に何輪も置いてやる。すると、苦しそうに息をしていた二人の呼吸が、ゆっくりになっていった。

 エヴリーヌの魔力が宿った花だ。念のためと言って部屋に置いておいてくれたおかげで、二人の呼吸が元に戻ると、すぐに目を開けた。


「大丈夫か? なにがあった!?」

「声を、かけられたんです。フードをかぶった、老婆のような者が門の側に近づいてきて」

「何を言ったのかよくわからなかったんですが、門の中に入ろうとしてきたんです」


 門兵はお互い顔を見合わせて、猫背でゆっくり歩いてくる者が現れたと口々に言う。

 そのフードをかぶった者が門に近寄ってきたたため、一人は入らないようにその者を退けようとした。しかし、注意をして追い払おうとしたら、突然気分が悪くなり意識が飛んだ。


 もう一人の門兵が隣で見ていれば、門兵がいきなり倒れたため、老婆に剣を抜いた。何が起きたかわからなかったが、声を出して応援を呼んだ。


「けれど、急に気分が悪くなったんです。そして体が動かなくなったと思ったら、意識を失ったみたいで」

 二人ともお互いに同じことを言って、その後のことはわからないと首を振った。


「老婆が敷地内に入った形跡は?」

「門へ向かった時には二人が倒れていただけで、誰もいませんでした。門も閉まっていましたし、誰かが侵入した形跡はありません」


 声に気づいて門へ走った兵士が周囲を探したが、誰もいなかった。他にも声を聞いて門へ向かった者たちがいたが、やはり何も見なかったと言う。


「顔は覚えているか?」

「いえ、それが、フードをかぶっていたくらいしか見えなくて」

「顔は見えなかったんです。真っ暗な、影に覆われていたような感じで」


 二人は曖昧に言うが、空は曇っていても昼間の明るい時間だ。フードをかぶっていて顔が見えないなどとあるだろうか。


「魔法でもかけられたか?」

「調べましたが、魔力の類は感じませんでした。その形跡もありません」

「公爵家に恨みを持つ者の仕業でしょうか。ドラゴンの件もありましたし」

「公爵家に反する者たちを調べてくれ。王に反する者たちもだ」


 エングブロウ元侯爵や他の捕えられた貴族たちの身内が仕返しに来たのだろうか。しかし、姿が見えなくなったのが気になる。エヴリーヌの花で意識を取り戻したのだから、不浄に覆われたのだ。そうなると、


「念のため、エヴリーヌに恨みを持つ者も調べてくれ」

「聖女様にですか?」

「念のためだ。エヴリーヌ、聖女に恨みを持つ者。もしかしたら、怨霊の類かもしれない」

「怨霊……?」


「妬む者の心に住まう悪であれば、エヴリーヌの花が効いた理由になるからだ。顔が見えなかったというのも気になる。老婆が敷地内に入らなかったのも、エヴリーヌの結界があったからかもしれない。警戒をしろ。怨霊の仕業も考えて行動するように」


 人の心の恨みが形を成して襲うことは起き得ることだ。魔物に殺されてその場で恨みの塊になり、そこに現れた人を襲った例もあった。不浄を洗い流すのは聖女の仕事の一つでもある。


(結界を張ってもらっていて良かったな。気づかず屋敷の中に入れるところだったかもしれない)


 聖女ではなくとも癒しの力や不浄を消すことはできるが、聖女の行う力は比ではない。エヴリーヌが見れば、すぐになんの不浄かわかっただろう。花で不浄を消したため、なにが原因かわからなくなってしまったかもしれない。

 放置するわけにはいかないので、仕方ないが。


「エヴリーヌは大丈夫だろうか」

 聖女たちの手伝いをするために、シモンと出かけてまだ戻ってきていない。


「迎えに行かせようか」

(邪魔をする方がよくないか。静かに待っている方がいいだろう)


 余裕がない。シモンからは宣戦布告されたようなものだ。しかも、離婚について知っていたことが重くのしかかる。考えても仕方がないのだが、気になるのも仕方がないだろう。エヴリーヌに対するシモンの態度は、日に日に露骨になってきているのだから。







「奥様がお帰りです!」

 エヴリーヌの帰宅を聞いて出迎えれば、当たり前のようにシモンがエヴリーヌをエスコートしていた。馬車から降りるエヴリーヌの手に口付けて、不敵に笑いながら帰っていく。


「あの、なにかあったの? 屋敷の前で変な感じがしたけれど」

 その笑顔が怖いのだけれど。と付け足して、エヴリーヌは困ったようにカリスをうかがってくる。


 外に何かの気配があったのかと思うと同時、カリスの態度が表に出ているのに気づいて、それと繋げるあたり、エヴリーヌはどうしてカリスがそんな顔をしたか、よくわかっていないようだった。


(察しろと言う方がわがままか。他の男の想いにも気づいていないからな)


「君が無事に帰ってきてくれたから嬉しいだけだよ。屋敷でも、少しあってね」

「やっぱり、なにかあったの!?」

「実は、」


 昼間にあったことを話すと、エヴリーヌは倒れた門兵を呼んで、彼らの状態を確認した。花で不浄は飛ばしたが、なにか手掛かりがないかを調べてくれる。二人の兵士たちは体調におかしなところはなく、倒れた以外に問題はなかった。


「結界を張っておいて良かったわ。話を聞く限りだけれど、カリスの言う通り怨霊とか、そういった不浄を持った者が入り込もうとしたのね」

「生きている人間ではないかもしれないのだろうか」

「どちらとも言えないわ。周囲に不浄を及ぼすほどの恨みを持つ者が影響を与えることもあるし、もう亡くなっているのに気づかないで恨みだけで動くモノもいるから。ただ、その老婆っていうのが」

「なにか思い当たることでも?」

「癒しの力を持つ町の人を襲ったのも、その老婆ではないかと思って」


 エヴリーヌは老婆が起因となっているのか、媒介となっているかはわからない。と前置きをして、呪いをかけるような者がいるのは確かだと断言する。

 けれど、そんな存在がいたとして、どうして公爵家に来たのだろう。偶然か?


「公爵家の結界も強めておいた方がいいわね。移動に使う馬車にも施しておくわ。あと、」

 言葉を止めて、エヴリーヌはちらりと横目でこちらを見ると、額に手を伸ばしてきた。

「エヴリーヌ?」

「なにかあると、困るから」


 近寄ったエヴリーヌから花の香りがして、つい目を瞑ると、微かに額に温もりが触れた。

 聖女の加護だ。加護を受けると苛立ちが治るような気さえする。体は軽くなり、頭が冴えてくるようだった。


「ありがとう」

(エヴリーヌのためにも、原因を探さなければ。公爵家に恨みを持つ者ならば、エヴリーヌに被害が起きてもおかしくない)


 温もりが離れていくのを感じて、心が寂しくなる。エヴリーヌは頬を赤らめながらも静かに微笑んで、公爵家の無事を祈ってくれた。

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