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32−3 混乱

「聖女様。エヴリーヌ聖女様!」

 都の神殿に着けば、そこにいたのはシモンだった。相変わらずの笑顔をたたえて、エヴリーヌを迎えてくれる。

 どうしてここに? 侯爵になって忙しいだろうに。しかし、シモンはうっすらと口元を上げた。


「神殿の管轄を担うことになったのです」

「まあ。王の命令ですか?」


 シモンは試験に受かり晴れて聖騎士になった。その称号を得て、王が神殿を任せたようだ。王の反乱分子を捕らえるきっかけとなったエングブロウ侯爵に神殿を任せるのは道理だった。むしろ王はしてやったりだろう。


「聖女様はこちらになにかご用が?」

「最近、はやりの病があると聞いて」

「どうぞ、こちらへ。聖女が治療した後にも病がはびこるため、調べさせていたんです」


 シモンはエヴリーヌを部屋にうながした。持ってきたのは町の地図だ。すでに現状を把握していると資料も一緒に見せてくれる。


「都の北部を中心に、同じ病が繰り返し起きているんです。原因を調べていますが、まだわかっていません。聖女に不浄を浄化してもらったりもしましたが、しばらくするとまた不浄が集まってくるようで、いたちごっこなんです。聖女アティに依頼をかけようと思いましたが、彼女は妊娠中。このまま続くようでしたら、エヴリーヌ聖女様のお手を煩わすことになるかもしれません」


「もちろんよ。なにかある前に私に言ってほしいわ」

「どこへ行くにも、お供いたします。もう聖騎士ですから」

「侯爵になったのに、聖騎士の仕事をしなくても」

「そのために聖騎士になったのですから、当然です」


 助けてもらった礼は建前ではなかったのだろうか。父親の侯爵を追いやり家門を守るために近づいてきたと思っていたのに。


「エングブロウ侯爵、あの」

「離婚なさるのでしょう?」

「離婚は、」

 まだ決まっていない。まだ決めかねているとは言えない。


「望まぬ結婚だったのですから、期間を設けて離婚するのは当然の権利ですよ」

「それは、そうかもしれないけれど」


 シモンはそっとエヴリーヌの手に触れた。微笑みは消えて、腰を折ると熱を帯びた目でエヴリーヌをまっすぐ見つめた。


「僕は侯爵となり、あなたを守れるだけの地位も得ました。離婚された後、僕のことを考えていただけませんか?」

「え?」

 どういう意味。そう口にする前に、シモンはそろりとエヴリーヌの手に口付けた。


「お慕いしております。どうか、僕の想いを覚えていておいてください」

 シモンは姿勢を正すと、ニコリと微笑む。


「病の件は、なにか進展がありましたらお知らせします。さ、公爵家までお送りしましょう」

「え、いや、だ、大丈夫よ!」

「そうですか? では、入口まで送らせていただきます」


 シモンはいつも通りと、笑顔で対応し、馬車まで送ってくれた。今聞いた言葉は気のせいだったかと思うほど普通に。

 焦って驚いているのはエヴリーヌだけで、シモンは何事もなかったかのように、また会いましょうと馬車を見送った。


「な、なにが起きているの?」

 人生初モテか? あまり驚きすぎて、なんと返していいかもわからなかった。


「アティ。アティに相談! ううっ。あの子の体が安定期すぎるまでは、心配かけたくないっ。うううっ、うっ!? ちょっと、止めて!」

「またですか!?」


 また、なにかを感じた。エヴリーヌは再び馬車を飛び出す。

 今、なにかが通った。道端でいきなり馬車が停まったので、周囲が何事かとエヴリーヌに注目する。しかし、左右を確認しても頭上を確認しても、なにも見えない。


(なにかしら。なにかが、すごく、嫌な感じがする)


 町の中は賑やかで、異変などなにもない。行き交う人々。笑いながら買い物をする者たち。店の呼びかけの声。子供が走り回っている。

 けれど、気のせいとは思えない。不安を感じるには十分ななにかを感じた。


「カリスはまだ忙しいかしら」

 町で感じた違和感を、伝えておいた方がいいだろうか。けれど、なんだかわからなかった。病を持っている者がうろついても、妙な物が見える時がある。薄黒いモヤのような物。けれど、それとは違うような気もした。


 小さな魔物でも似たような感じを受ける時はあるが、町をうろついているとは思えない。うろついていたら大騒ぎになるからだ。

 あんな町中でなにかがうろついているはずはないので、気のせいだと思いたいが。







 庭園を散歩しながら、今日のことを考える。

 シモンからあんな言葉が出てくるとは。また驚きすぎて、返答ができなかった。


「変な期待持たせちゃダメよね」

 シモンが嫌いなわけではないが、まだ自分の気持ちがわからない。公爵家に残るつもりなのか、そうなのか。

 かと言って、離婚した後にシモンとどうにかなるというのも、現実味がなかった。


 頭を抱えたいが、散々部屋で悶えたので、薄暗くなってきてはいたが庭園で散歩をしているのだ。

 風は少しだけ肌寒くなっただろうか。夜になれば風邪も引きやすくなるかもしれない。

 心なしか、肩が寒いかもしれない。腕を軽くこすった時、後ろからふわりと肩になにかがかけられた。


「カリス!?」

「執務室から見えたから。そろそろ冷えるだろう。風邪を引く」

「そ、そうね! 町では風邪がはやってるみたいだし!」


 緊張で声が裏返った。恥ずかしくてすぐに視線を変える。カリスの顔を見ていられない。


(どうしよう。すごい緊張する。なにか、話。えーと、まだ自分の気持ちがわからなくて、じゃなくて、そんな話できないでしょ!?)


 一緒にいるのは嫌ではないし、嫌いでもない。離婚云々を差し引けば素敵な人だと思う。顔の好みとかはあまりないため、容姿なども気にもしないが、カリスの容姿に文句を言う人はいないだろう。

 そこにシモンの顔が浮かんで、つい手であおぐ。


(どうして出てくるの。どっちがいいかとかじゃないからね!)


「体を冷やさないように。都の冬は地方に比べて寒くないが、それでもこの時期の夜は涼しくなってくる。風邪になるといけないから、早めに部屋に戻るように」

「あ、ありがとう」


 カリスは話しにくいことに気づいているのだろう。それだけ言って、戻っていってしまった。

 肩にかけられたのはカリスの上着で、かすかに香水の香りがした。


(ああ、もう、どうしよう!)

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