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4−2 聖女アティ

 アティは目的を持って聖女を行っていた。玉の輿狙い。そのための努力は欠かさなかった。美容、性格、聖女としての質。どれもこれも負けないようにと日々研究してきた、努力家である。


 アティの性格を知っている者は少なかったが、知っている者たちでも彼女を嫌悪することはなかった。

(清々しいのよ。本当に。その分頑張ってたの知ってるからなあ)


 アティは玉の輿狙いとはいえ、嫌なことがあっても貴族たちの要望に応え続けた。美容がどうとか、病に関係のないことを相談されたり、男性の機能がうんたら治してほしいとか言われたり、碌でもない奴らを我慢して相手していたのだ。

 あとですごい愚痴ってたけど。


 貴族ばかり治しに行くのは神殿で口悪く言われていたが、アティはまったく気にしていなかった。平民の年収などたかが知れているからだ。その力を使うならば、身売りするためにも貴族を狙う必要がある。


 代わりにというわけではないが、エヴリーヌは好きで田舎町へ治療に行った。対比するように言われることはあったが、貴族の相手が大変だというのは皆も知っていたので、アティを罵るのは努力を知らない者たちだけだ。

 子爵令嬢だから、という文句はよく聞こえてきていたが。


 しかし、アティは見目と違い精神力が強い。負けん気も強く、能力もあるため、アティに嫌がらせをしてもやり返される。頭も良いので、犯人を見つけて追いやるくらいの強さもあった。

 神殿では、聖女としての力が強い方が勝ちである。それを勝ち取り、見事公爵家に入ったのだから、アティの努力は間違っていなかったのだ。


「ああ、毎日あんなに痛かったら、死んじゃう!」

 まだその話をしていたか。アティはお菓子を頬張りながら、紅茶で流し込み、瞳を潤ませて助けを求めてくる。

 そんな顔を向けられても、こちらは未経験だし、未知の世界の話だ。それは口にできないので、答えを考える。


「アティがさりげなく誘導してあげれば?」

「誘導!? さりげなく!?」

「うるうるしながら、優しくして、とか、言ってみればいいじゃない。アティの言うこと、きっと聞いてくれるわよ」

「なるほど。そうね。やってみるわ。私の手の中で転がしてやればいいのよね!」


 うふふ。と悪い笑いをしてくる。そこまで言っていないが、アティがやる気を出せば、簡単に転がってくれるだろう。アティはやれる子だ。


「それにしても。なんで離れた場所にいるの?」

「薬草作ってたら、この離れをくれたのよ。でも助かるわ。離れだからメイドも少なくって」

「それがいいわけ?」

「え、えーと、いきなり公爵家なんて肩凝って、つらいのよ。私は野原で寝転がれる子爵令嬢よ? 綺麗すぎて緊張しちゃいそう」


 メイドの視線を気にせず気楽にできるとは言えない。こちらもまた猫被りの最中だ。本当の自分ならば草むらで横になってごろごろしている。豪華すぎるとかえって緊張した。壺とか割ったらどうしよう。


「私は大喜びで満喫してるけど」

「でしょうね」

「うるさいわね。まあいいわ。もう帰るわね」

「もういいの?」

「無理言って来たの。あなたも寂しがっていると思ってって言って」

「言う言う」


 さすがアティ。なんでも人のせいにする。憎めないので、ついつい許してしまう。猫のように腕にからまって、頬ずりして、アティは感謝を表した。

(まったく、かわいいな!)


「次来る時は、ちゃんと手紙よこしなさいよ。みんな気張って準備してくれるはずだから」

「そうするわー」


 見送りに出ると、メイドや騎士たちが一斉にやってくる。もう帰るのかと言わんばかりの顔をして集まってきた。

 馬車の前に列を成す中、一人目立つ者が現れる。


「お客様と聞いて。お帰りですか?」

「ええ。忙しい中来てくれたので。アティ、紹介します。こちら、ヴォルテール公爵」

「はじめまして、アティと申します。夫から噂は耳にしていますわ」

「そ、そうですか」


 カリスはアティの前で顔を赤らめることはなかったが、声は上ずっているように聞こえた。緊張は感じないが、心の中では花びらが舞っているかもしれない。


「申し訳ありません。約束もなく、急に訪れて」

「子爵令嬢同士仲が良かったと聞いております。急に環境が変わり戸惑う事もあるでしょう」

「まあ、お優しい方ですのね。では、エヴリーヌ、また会いましょう」


 アティは変わり身が早いので、外面よろしく、笑顔を振りまいて颯爽と帰っていった。

 屋敷中の使用人たちが集まっているのかと思うほどの見送りに、驚いた顔も見せず帰るあたり、アティは注目されるのに慣れている。


 慣れていないのは、こちら側だけだ。


「なにかご用でしたか?」

「あ、いえ、お茶でもと思いまして」


 口ごもるカリスは顔色を変えなかったが、耳をほんのり赤く染めた。

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