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29 侯爵

「失敗しただと!? なぜだ!!」

「計画を知られていたとしか!」


 扉が閉まっていても聞こえる、愚か者たちの声。

 大聖女の封印を壊し、公爵家に影響を与えようとしていたが、失敗に終わった。

 公爵領を狙うまでは良かったが、聖女エヴリーヌを巻き添えにしようとしたことは許せない。


「父上、お話中失礼します」

 無遠慮に扉を開けて、集まっている面々を眺める。


(よくもまあ、これだけ無能な者たちが集まったものだ。感心する)


「シモン! なんの用だ! 客人がいるのがわからんのか!」

「朗報ですよ。父上。王の命令が下ったので、さっさと終わらせましょう」

「なんの話をして、」


 集まった者たちの中、一つテーブルを囲い、いかにも中心人物でいるかのように振る舞っている父親を前に、カリスは手のひらに魔力を集めた。父親がその手に気づき、言葉を止める。

 しかし、反応が遅い。攻撃を反射させようとしたかもしれないが、弾けるように壁へ飛んでいった。集まっていた者たちが一斉に立ち上がり、シモンに向かって怒鳴り声を上げた。


 それらもどうでもいい。後ろから侯爵家の騎士たちがやってきて、なにが起きているのか、状況が理解できていない男たちを捕らえはじめる。

 壁にぶつかったまま、床に転がっている父親に近づけば、気を失っていないのかうつ伏せになったまま唸り声を上げていた。


「手加減しすぎたな」

「し、も、……なに、を」


 本当ならば殺しておきたいところだが、罪をつまびらかにしなければならないため、死なない程度にしか攻撃ができなかった。生きていなければ反逆行為も明らかにできないのだから、仕方がない。外には王の兵が待っていて、この男を欲しがっている。


「父上、これでやっと、終わりにできますね」

 いつも通り、父親の前で見せる笑顔を作って見せて、その頭を踏み潰しておいた。








「シモン・エングブロウ。反逆者たちを捕えられたことに褒美を。これからは侯爵を名乗るといい」

 王の言葉をこれほど嬉しく思ったことはない。


 腹黒い王の前に、約束通り集まった反逆者たちを渡した。父親はその前に身分を剥奪したことになっており、侯爵家にとって不要な男がどうなろうと関わりはなかった。好きに処罰すればいいのだ。

 聖女と公爵の功労を讃えるパーティで、ついでと言わんばかりに反逆者を捕らえた知らせをし、王は口端を上げて笑みを作る。


(父親では王に勝つのは無理だった。腹黒さは王の方が上だからな)


 裏をかいても逆にやられるだけだ。ならば王の手となって、自由にできることは自由にした方がいい。局面を読むことのできない男が侯爵家にいては邪魔になるだけだ。この選択は間違っていなかった。


「エングブロウ侯爵。この度は、おめでとうございます」

「まさかトールリン伯爵たちが反逆を企てていたとは」


 今まで目立ったことをせずに参加していたパーティでは、なにが女たちをそこまで騒がせるのかと、横目で見てみていた者たちが、目の色を変えて近寄ってくる。それの相手は億劫だが、これからはそれなりの相手が必要だった。どれが使えて、どれが使えないかの厳選はしてある。どうやって懐柔するか、手元に置くか、考えることは嫌いではない。


 面倒なのは、人の顔を見てはしゃぐしか脳がない女たちだ。

 挨拶をしたそうな令嬢を横にして、年頃の娘を持った父親が近づいてくる。


(邪魔だな。エヴリーヌ聖女様はどちらにいらっしゃるんだろう)


 シモンはそれを避けるようにしてエヴリーヌを探した。先ほどまで王に労いをもらい、カリスと共に話していたのに。


 今回のことで、聖女エヴリーヌはさらに注目を浴びることになった。

 腹が立つのは、カリスと一緒に。というところ。


(まさか、一人で公爵の元に行かれるとは思わなかった。あの夫婦は偽装じゃなかったのか?)


 二年で離婚すると聞いていた割に、カリスはやたらエヴリーヌを気にして、シモンを牽制してくる。王の命令で仕方なく結婚したという雰囲気はなく、シモンが近づけばカリスは対抗心を燃やすかのように、エヴリーヌの手を取った。エヴリーヌは混乱した様子を見せていたが。


(邪魔なやつ)


 大聖女の結界を一部破壊することは、父親の計画を盗み見て知っていた。そこに、古の魔物が埋まっている可能性もわかっていた。王には告げなかったが。


 けれど、その用意はしているように思えた。さすがに父親が気づいていたようなことを、王が気づかぬわけがないか。それか、王も父親の計画をわずかでも知っていたのかもしれない。あの腹黒い王のことなのだから、あの間抜けな父親の計画をまったく知らないというのも考えられなかった。


 そこでカリスに討伐を任せるとは思わなかったが。腐っても元聖騎士か。


「エヴリーヌ聖女様」

 男たちに囲まれたエヴリーヌが、笑いながらもわずかに肩を強張らせている。演技がしきれていないわけではないが、笑顔に固さが見られた。貴族慣れしていない子爵令嬢。逃げたそうにしているが逃げられないのだろう。困っている姿はいつもよりも弱さを感じて、愛らしい。このまま眺めていたくもあるが、男たちに近寄られているのは看過できない。ならば、手を貸すべきだ。


 人の隙間をねって、エヴリーヌの側へ寄ろうとした時、先にエヴリーヌに近づく男がいた。カリスだ。集まっている男たちに冷眼を向けてから、エヴリーヌを見つめた。


(なんだ、あの顔)

 いかにもエヴリーヌが愛しいのだと言わんばかりの微笑み。優しげな瞳を向ける姿が、やけに腹立たしく感じる。


(二年で離婚するのだろう? なのに、どうしてあんな顔で彼女を見るんだ)

 本当に二年で離婚する気なのか? エヴリーヌが勘違いをしているのではないだろうか。


 カリスが男たちを蹴散らすようにエヴリーヌを助け、二人でその場から離れていく。

 その様を見ているだけで、怒りが込み上げてくる。

 侯爵になったのだから、前とは立場が違う。だが、公爵相手では。


 あの時、ドラゴンにやられていれば良かったのに。そう考えて、それではエヴリーヌの地位が揺らいでしまうと、頭の中で否定する。エヴリーヌは公爵領土を助けたのだ。彼女は大聖女としての力があるのだと、皆に知らしめた。それは素晴らしい経歴となるだろう。


(まずは二年だ。その前にエヴリーヌ聖女様に、僕について興味を持ってもらわなければ)

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