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23 妊娠

「実は、妊娠したんです」

「えっ。おめで、とうございます」


 声に出して歓喜しそうだったが、エヴリーヌはかろうじて平静を装うようにアティの妊娠を祝った。


(いや、おめでたいんだから、喜んでいいわよね)

 本当ならば小躍りしたい。アティを賛美したい。けれど隣にいる人の心境を思うと、妊娠おめでとうを歌うわけにはいかなかった。


「おめでとうございます」

 控えめな祝いの言葉に哀愁を感じる気がする。カリスは緩やかに微笑んだ。


(あんなに笑顔で頑張って演技して。悲しいどころじゃないのに、そんな風にはまったく見えないわ)


「俺からはお詫びを。あなたに遠征を任せることになってしまった。長い時間を旅に使うことになるだろう」

「いえ、気になさらないでください。前にも同行したことがありますから。それよりも、アティをお願いします」

「もちろんだ。ありがとう」


 アティの隣で夫のフレデリクが礼を言いながら詫びてくる。気にすることないのに。それよりも気になるのはこちらだ。平然としているように見えるが、大丈夫だろうか。アティの妊娠についても覚悟していただろうが。

 それでも、実際にそれを耳にするのは、衝撃的なはずだ。


「私たちは席を外そう。仲の良い二人、話したいこともあるだろうから」

 やはり聞いていられなかったのか、カリスがフレデリクを連れて席を立った。遠ざかっていく背中が物悲しい。心配になるが、今は目の前の友人を祝わせてほしい。


「アティ!」

「エヴリー!」

「おめでとう!!」

「わーん、ありがとう!!」


 立ち上がってアティを抱きしめてやって、アティの頭をなでまくる。髪の毛が乱れても許してほしい。なんとめでたいことなのか。


「体調は悪くないの? 話していて平気? 気持ち悪くない? つわりは大丈夫??」

「大丈夫よ。心配しないで。情緒不安定だと思ったら妊娠だったのよ。それより、ごめんね。王の命令で私が行くはずだったのに、あなたに矛先が向くなんて」

「まだ安定期にさえ入っていないんでしょ? 当然よ。むしろ遠出するなんて言ったら、私が怒るわよ!」

 初めての妊娠なのだし、アティは自分の体の心配をしてほしい。


「本当だったら、私が地方に行って、エヴリーが都の神殿でしばらく動くことになるんだったのだけれど」

「それはお断りするわ。妊娠おめでとう」

「でも、今回ばかりは大変だと思うわ。補強された魔石の魔力が足りていなかったんでしょう? 当時の聖女の能力が足らなかったんじゃないかって聞いたけど」

 

 大聖女の封印に補強がされている。その補強をした聖女の力が足りなかったのか、補強の魔石の魔力に綻びがあった。そのため、その当時の補強を確認する必要が出てきたのだ。


「ビセンテから連絡が来てたわ。山奥だから行くのが大変だって」

「ビセンテも大変ね。働き詰めなんじゃないの? エヴリーもいないし」

「私はできるだけ行ってるけど、さすがに大聖女の結界の補強は大変よね」

「そういう意味じゃないけどね」

 ならばどういう意味だろう。首を傾げると、アティはなぜか頭をなでてきた。


「気にしなくていいわ。どうにもなんないんだし」

 よくわからないが、気にしなくていいのならば気にしない。アティのお腹に目がいくと、さすがにまだ大きくないわよと照れて言った。


 親しい友人が母親になる。考えただけで涙が出そうだ。


「やだ、エヴリー、泣かないでよ。私も泣いちゃうわ」

「だってえ、アティ。幸せなんでしょ? 聖女頑張ってよかったねえ」

「エヴリーが一番頑張ってたわよ。都で貴族の相手をするのは嫌だろうけれど、ヴォルテール公爵閣下は優しいのでしょ? 何度も討伐についてきてくれてるって聞いてるし」

「ああ、まあ、それは、うん。よく来てくれてると思う」


 幸せかどうかはさておき、カリスは献身的にエヴリーヌを手伝ってくれている。心配性が過ぎる気もするが、気にしてくれているのだから、外から見れば幸せな夫婦に見えるはずだ。

 そう考えると、胸が痛む。うまくいっているように見せたところで、自分の幸せはどこ吹く風。原因の張本人であるカリスも不幸という残念な話。せめてカリスが上手くいけばよかったが、このアティの前にそんな態度を出す人ではない。


(苦しいだろうな。大丈夫かしら)

 せめて自分が彼を慰められればよかったが、そんな真似、カリスは望まない。夫婦という偽りの関係は友人ですらない。どこまで関わっていいのか、曖昧な関係だ。

 アティの幸せを見ているとうらやましくなるのは、夫婦という飾りの中で、自分はそうなれないという事実があるからだろう。それが胸を締め付けた。


「エヴリー、まだ体調が悪いの? 顔色悪いわよ」

「そんなことないわよ。すっごい元気。この間王妃様のパーティ参加できなくて、それだけが心残りで。カリスに迷惑かけたし」

「こなくても大丈夫だったわよ。王妃様もあなたの体調気にしてらしたから。今の王は神殿長から様子を逐一報告もらってるみたいだし。あなたが倒れたことだって、すぐ私の耳にも入ったんだから」

 それはそれで恥ずかしい。あのぐらいまで魔力を放出したら倒れることを覚えていなければならない。


「それにしても、物騒よね。大聖女の結界が壊れたらと思うと。本当に気をつけてよ!?」

「心配しないでよ。アティの体に危険な真似はしないわ。私になにかあったらアティのお腹の中のお子ちゃまがびっくりしちゃうものね」

「この間の件は解決したの? 原因もわかってないとかで不安になるのよ。山まで崩れるのは珍しいわよね? 落石とかは前はあったって聞いたけど」


「そうね。地すべりは初めてだったわ。あっても崖が崩れる程度だし。ただあの時、山の頂上の方で妙な魔力を感じたのよね。だから防げたくらいで」

「魔物が多くなってるから、新種でも出たの? でも山の頂には出ないわよね。魔物って日を好まないから、山の上にいるって珍しいし」


 穴蔵を好む魔物たち。けれどあの時、魔力を感じた。そうでなければ地滑りに気づかず、そのまま土ごと流されていただろう。防御魔法が間に合わなかったらと思うと、想像するだけで肌が泡立つ。


「今回は聖女の結界だし、関係ないでしょう。補強をする場所がいくつかあるのが面倒だけれど」

「気をつけてよ。私のためにも。生まれた赤ちゃんの命名権あげるから」

「それ、勝手に決めていいの?」

「いいのよ。私が産むんだから!」

 アティは胸を張って断言する。もうすでに力強い母親になっているようだ。


「体大事にしてよ。アティ」

「私のセリフよ。だから、無理せず、気をつけるのよ。エヴリーはすぐに無理するんだから」

 カリスと同じようなことを言われて、エヴリーヌは苦笑いしかできない。


 しばらく話していればカリスとフレデリクが戻ってきたので、アティの体も考えて早めに帰ることにした。

 カリスはフレデリクとなにを話していたのか。馬車に乗っていると神妙な顔をした。

(今は、そっとしておいた方がいいわよね。あれこれ言われたくないだろうし)


「どうした? 疲れたのか?」

 なぜかカリスの方がエヴリーヌを気にしてきた。気にしているのはこちらだと言いたい。

「封印のことを考えていただけよ」


 アティの話はしない方がいいだろう。封印のことを気になっているのは本当だ。大聖女の封印の強化が弱まっているならば、大仕事になるかもしれない。

 カリスは無言で返したが、そっと手を伸ばしてきた。手のひらに温もりが滲むように広がって、少しの温度なのに顔が熱くなるような気がしてくる。


「カリス?」

「聖女エヴリーヌ。私が必ずお守りします」

「え、カリス!?」


 カリスは馬車の中でひざまずく。エヴリーヌの手を自分の額に触れてそのまま口元まで運ぶと、その手の甲に口付けをした。

 その行為は、聖騎士が聖女に忠誠を誓うためのもので、命をかけて守るという宣言である。


「な、なにするの!? そんなことをして、一緒に来る気?」

 カリスは聖騎士ではない。こんな行為は宣言にならない。ならないが、意味を知っているカリスが、どうしてこんな真似をするのかわからなかった。冗談でやる行為ではない。


 けれど、カリスのコバルトブルーの瞳はエヴリーヌの顔捉えて、そのまま見つめてきた。

「君を守るのは当然だ。あなたは私の妻なのだから」

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