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22 大聖女

「エングブロウ侯爵が、川の通行税を大幅に値上げしました」

「値上げした理由はなんだ?」

「魔物の増加で、費用がかさむからだと言うことです」


 報告を耳にしながら、カリスは地図を眺めてバツを描く。川の中洲。船が通る際に税金を払うための砦がエングブロウ侯爵家の土地に築かれたのは古い時代のことだ。税を取ることは問題ない。それが大幅な値上げだったため、大きな問題になると知らせを受けた。


「あの場所に魔物が増えたとは聞いていないが?」

「神殿の聖騎士を使わず、自領の騎士たちが戦っているようです」

「通行税が上がれば、他の領土にとっても痛手だな。あの川を使わないことには、物資を運べないところも出てくる」


 川には魔物が少ない。安全に通れる道だけに、税金を上げられれば反対の声が上がるだろう。

 エングブロウ侯爵家は雲行きが怪しい。こうなることを見越して別の土地の入札を行っていたため、大事には至らないが、公爵家だけの話だ。他の貴族たちは難色を示すだろう。


「王も気にしていたことが起きるか」


 前王が失脚し、どの派閥に入るのか決めきれていない不安定な者たち。誰の派閥になるかによって、その通行税を上下させているかもしれない。王の派閥には高額を。エングブロウ侯爵の派閥には低額を。そしてこの川は陸地と違い人も資材も簡単に運べる。海にも繋がっているため、他国からの輸入にも大きな影響を与えた。


 王が変わって、足を引っ張る真似をするのだから、今の王に不満があるのは間違いない。

 前王の下で利益を得ていた貴族たちは、現王に手綱を着けたいのだ。

 公爵家に嫁いだ聖女たちも疎っている者たち。公爵家にも当然と刃向かってくる。


(聖女に文句を言うのはお門違いだろう。彼女たちは政治に巻き込まれたに過ぎない。利用しているのはこちらだ。彼女たちに拒否権はない)


 ふと見やった庭園でエヴリーヌが散歩しているのが見えて、カリスは人を下がらせた。

 エヴリーヌの体調は戻り、顔色も良くなった。体力が戻るように散歩をしているのだろう。


 彼女との契約は二年。まごまごしていればすぐに一年経ってしまう。

(契約を破棄してほしいと言えば、なにを思われるだろうか)


 好きな人がいると言って、契約を二年にしてもらった。詳しくは話さなかったが、女性に嫌気がさして古い思い出にすがっていれば、いつの間にかエヴリーヌに惹かれていた。

 そんなことを言われても、エヴリーヌは呆れるに違いない。困らせる程度ならまだいい。怒りをもたれ、嫌悪されるかもしれない。そう考えると、想いを告げるのが怖くなってくる。だが、言わなければ、彼女は二年でこの家を出ていくことになる。それだけは避けたい。


 とにかく後を追おうと席を立つと、客が来たという知らせがあった。






「悪いな。突然」

 悠然とソファーに座っているのはフレデリクだ。悪びれているように見えないのだが、詫びなのか酒と菓子を土産に持ってきていた。アティからエヴリーヌにへ、だろう。エヴリーヌに対して詫びを持ってくることに、嫌な予感がした。


「なにかあったのか?」

「王よりアティに遠征の同行を命令されたんだが、難しくてな。お前の奥方にお願いしたいんだ」

「なぜ? 地方へ行くのが嫌なのか?」

「断る理由はないんだが、実は、妻の妊娠がわかって」

「それは、おめでとう!」

「まだ妊娠初期だ。ここだけの話にしてくれ」


 安定期にも入っていない妊娠を話すことはない。子供を産むことに危険があるのは聖女も同じ。そのまま育つかもわからないのに話す必要はなかった。カリスはわかっていると頷く。フレデリクはもう一度申し訳ない。と頭を下げる。


「それで、お前の奥方に頼むというのも、おかしいとはわかっているんだが」

「彼女とは親友なのだから、エヴリーヌは喜んで承諾するだろう」

「だが、場所がよくない」

「例の件だろう? 話は聞いている」


 繁殖期のせいで魔物が多くなっていたが、それ以上に例年より増えているため、調査を行っていた。その原因の一つではないかと言うのが、大聖女の封印の弱まりである。


 古い時代、五百年ほど前、多くの魔物たちが辺りをばっこしていた頃、あまりの数の多さに討伐が不可能とされ、大聖女が魔物の住処を広範囲で封印した。金髪金眼の聖女が大聖女と呼ばれることになった理由である。

 たった一人で、封印を施したのだから。


 その封印は長い時期を経て劣化している。そのため強化されてきた。しかし、その強化に綻びがあった。それを強化するための聖女が必要になったのである。


「聖女エヴリーヌ一人にすべてを託すというわけではないが、大きな仕事になるだろう」

「私が同行する。前のようなことがあっては困るから」


 前のように、気を失わせるほどの無理はさせたくない。近くでそうならないように側にいるつもりだ。それを言うと、フレデリクは大きな体を折り曲げて、深く詫びてきた。


 妊娠ならば仕方がない。

 そう思うのと同時に、うらやましくなった。

 うらやむような資格などないと言うのに。






 大聖女の伝説は多くの本になった。人々を助けた救世主。慈悲を持った女神。しかし、多くの者たちの命を救った歴史が長いかと思えば、それほどでもない。それなのにどうして大聖女と呼ばれるほどにまでなったのか。


 大規模な封印を行ったからだ。


 本には彼女の最後が記されている。

 倒しきれないほどの魔物を消し去り、巨大な封印を行った。これ以上魔物が出てこないように。広範囲に及ぶ彼女の封印はたしかに発揮され、今では伝説級の魔物なども封じられた。


 その代わりに大聖女は意識を失って、そのまま永遠の眠りについてしまった。自らの命を使い、人々を守ったのだ。


 エヴリーヌばかりに負担を課すことはしたくない。しかしエヴリーヌは、危険を伴うとわかっても自分が行くと言うだろう。それだけの正義感と、聖女としての自負がある人だ。

 エヴリーヌは力を使い過ぎて一日眠っていた。あれ以上の力を使い、倒れることになったら。


「そんなことさせない」

 そうならないために、側で彼女を守り、無理をさせないようにしなければならなかった。

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