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21−2 誕生日パーティ

「田舎町で魔物と戦うなんて、野蛮ではないかしら? 聖騎士に囲まれて討伐に混ざっているのですから、土の匂いが取れずに姿を現せないだけではないの?」


 その筆頭、赤髪の女が会話に割って入った。ヘルナ・オールソン侯爵令嬢。一時期カリスと婚約するのではないかと噂された人物だ。しかしその噂も、どこから流れてきたやら、婚約は発表されることがなかった。


「前にお会いしましたけれど、地方の神殿にいらっしゃったからかしら、山の中で活動する方がお似合いの方でしたでしょう? ヴォルテール公爵閣下と行動を共にされると、どうにも霞んでしまわないかしら?」


 ヘルナの言葉に、女たちは同調を口にしないように笑いを見せる。エヴリーヌを馬鹿にしたいのだろうが、ヘルナに同調することも難しいのだと、曖昧な笑いをするしかないのだ。


 ヘルナはカリスに片想いをしていたが、父親のオールソン侯爵がヘルナを王太子の相手にする気だった。そのため、父親の意向で王太子に会う中、王太子と仲の良かったカリスに付きまとったのだ。王太子はヘルナに興味がないのに、そのヘルナがカリスの尻を追いかけるのだから、王太子との関係がうまくいくはずない。


 オールソン侯爵は諦めが悪かった。無理に王太子との婚約を進めようとしたが、ヘルナが言うことを聞かず、カリスが聖騎士であった時には神殿に潜り込んだり、カリスの屋敷に訪れたり、あまつさえカリスを誘い、既成事実を作ろうとまでした。


 そのせいでカリスから敬遠されると、オールソン侯爵は王太子に集中させようと試行錯誤した。ヘルナは半ば諦めたのか、今度は王太子に近寄ろうとし、結局どちらの相手にもなれなかったのだ。

 父親の言うことを聞いていれば、王太子との婚約が手に入ったかもしれなかったのに、自らそのチャンスを棒に振った。

 そのため、貴族の中でも扱いに困る令嬢になっている。


(恨みがましい女だな。相手にもされていなかったくせに、エヴリーヌ聖女様を悪し様に言うなど)

 どうしてやろうか。そう思案していれば、アティが微笑みながらヘルナに近づいていった。


「どなたのお話をしていらっしゃるのかしら?」

「ブラシェーロ公爵夫人にご挨拶を、」

「私の友人の話をしていらっしゃったようですけれど、なんのお話か、混ぜていただけません?」


 アティは挨拶しようとした女を無視して、ヘルナに向かい、笑顔のままはっきりした口調で問うた。ヘルナは顔を引きつらせる。一緒にいた女たちは顔色を悪くさせて視線を泳がせた。


「私の友人が気を失ってまで聖騎士たちを助けたのですけれど、まさか、その素晴らしい行為を軽んじて、笑われていたのではありませんよね?」

「せ、聖女様。田舎の討伐に混ざることは聖女様のお仕事でしょうが、王妃様の誕生日パーティを欠席なさるのは、少しばかり問題ではないでしょうか。ヴォルテール公爵閣下もお困りでしょう?」


「王妃様の誕生日をお祝いできないことを、エヴリーヌは残念に思っているでしょう。元気になれば、謝罪すべきだとは思いますわ」

「そうでしょう! 王妃様になんて失礼を」

「しかし、困っている方々のために聖女がおりますのに、それよりも社交を優先させろとおっしゃっているのですね」


 アティは笑顔のままヘルナに向いて、さらに深い笑みをたたえた。


「神の名の下に仕える者である限り、困難に面した者たちを手助けすることが聖女の存在理由です。エヴリーヌは、聖騎士のために気を失うほどの魔力を使い、彼らを助けました。聖騎士が倒れれば、魔物に苦しむ人々をさらに苦しめることでしょう。エヴリーヌの行為は素晴らしいことです。魔物のいる場で、魔力を使い切ってまで彼らを助けることがどれだけ危険な行為か、あなたはご存知でしょうか? 私にはとても真似できませんわ。彼女ほど慈悲に溢れた方は存じません。彼女は私の心の拠り所であると言えるくらい、頼りにしている聖女です。彼女に助けられた者たちは皆、口を揃えて言うでしょう。その聖女の所業を、あなたは愚かな行為とでも言うつもりですか?」


「で、ですが、王妃様の誕生日……」

「私の誕生日だからと言って、聖女の仕事を放棄するような方を、聖女とは呼びたくないわね」


 当事者が現れて、ヘルナが言葉を呑み込んだ。王妃の登場に皆が首を垂れる。あれだけ大声で話せば耳に届くに決まっている。ヘルナは顔色を悪くして震えはじめた。


 王妃が解散するように合図をして、女たちは逃げるようにその場を去っていく。アティは微笑んで、王妃に笑顔を向けた。王妃が去ればブラシェーロ公爵がやってきて、アティを連れていく。残ったのはヘルナだけ。


(恥ずかしさに震えているなら、まだマシだろうけれどな)


 ヘルナは拳を握り、怒りを抑えきれずに震えている。ヘルナから人々が離れて、ヘルナは歯噛みしながら人を呪いそうな形相でその場を離れていく。


 アティはずいぶんまともな女だったようだ。微笑みの中に怒りが滲み出ていた。それにヘルナは気づかないのだから、頭が悪い。


「さて、」

 あの女はどうしてくれよう。


 あの雰囲気ではこれからなにかするかわからない。怒りがアティに向くのは構わないが、エヴリーヌに向くのは放っておけない。


「余計な真似をしなければいいのだけれど」

 ヘルナは姿を消し、和やかな雰囲気に包まれた。その後も、エヴリーヌは姿を現さず、カリスの姿も見ることはなかった。

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