19 目の色
「彼女の目が覚めた! 医者を呼んでくれ。食事の用意も!」
メイドたちが声に気づくと、安堵しながらも慌ただしく動きはじめる。
その様を眺めながら、どこか力が抜けるような気がして、その辺に座り込みたくなった。
(銀の髪だ。金じゃない。けれど、瞳は金色だ)
そして、その髪は、ランプをかざせば、炎の色で金色にも見えた。
(見間違えていた? ランプを持っていた髪色を、ずっと金だと勘違いしていたのか?)
あの瞳の色。あの時の少女の瞳の色と同じ、金色だ。
あの少女は森の中、幼いのに一人で夜の森をうろついていた。その時に伴っていたのは、動物たち。
少女を守るように寄り添って、村まで一緒に行った。
エヴリーヌもまた、動物たちに囲まれていた。
ちっちゃな聖女様。
(エヴリーヌが、私の初恋の相手だった?)
顔に熱を帯びたと感じてすぐ、一瞬で血の気が引いた。
(エヴリーヌがあの時の少女であろうとなかろうと、惹かれているとわかって、彼女に向き直ろうと思ったら、これか)
年が近い聖女の中で、金髪は一人だけだった。
聖女アティ。彼女が子爵家から出た時期はわからなかった。リオミントン子爵家が社交界に出られないほど困窮しており、子供がいたことも知られていなかったからだ。
それでも金髪は一人だけ。だから、てっきり、少女が聖女アティだと思っていたのに、それが自分の妻となった人だった。
(二年したら離縁をする。そんなことを口走った結果がこれだ)
馬鹿馬鹿しくて、愚かな自分を呪いたい。
「旦那様、奥様に気になる点はありません。食事をしっかりとって、お休みすれば、すぐに動けるようになるでしょう」
「そうか。ありがとう」
医者の言葉に頷きながら、ノックをして部屋に入る。
髪色と目の色は元に戻っていた。他の者たちに見せたくないのだろう。
髪色はここに連れてくる時にマントを被せて隠してきたが、着替えさせるために数人のメイドたちには見られたため、口止めはしておいた。
目の色は、自分しか見ていない。エヴリーヌの青銅色の瞳が、こちらを向いた。
「カリス。あなたの方が顔色が悪いのではないの? 私のせいで、眠っていないのでは?」
「明かりのせいだろう。君が無事で、本当に良かった」
心からそう思う。あの時、もし少しでも遅くたどり着いていたら。それを考えているだけで背筋が凍りそうだ。
ベッドの脇にひざまずき、エヴリーヌの顔を見つめれば、憂えるような顔を向けてきた。
夫となる身で、最低な発言をした相手に、エヴリーヌはいつも変わらず笑顔を向けて、不満の一つもこぼさない。
(なにを言っているんだ。離婚しろと言った夫に、なんの不満を口にすると言うんだ。言っても無駄だと思っているから、なにも言わないだけだろう)
自己嫌悪に陥っても、あの時の発言は消えたりしない。
「カリス、本当に体調が悪いんじゃ。もう休んだ方がいいんじゃないかしら。私はもう大丈夫だから」
「いや、なんでもないんだ。ここにいては駄目か? 君が眠るまで、側にいたい」
そんなことを言われても困るだろう。エヴリーヌは一瞬驚きを見せたが、使用人たちの反応を横目で確認した。これが演技だと思われているのか、それならば、と笑顔で頷く。
「では、そんな風に床にひざまずいたりしないで、私の隣に椅子を持ってきて、お茶でもしましょう。お茶の用意をお願い。私は大丈夫だから、皆出て行って平気よ」
やはり、演技だと思われている。エヴリーヌは使用人たちを部屋から追い出して、目配せをした。お茶が来るまではこの演技のままだと言わんばかりに、ニッと口元で笑う。
「ほら、座って。どうして床にひざまずくの。あなたのおかげで元気に帰ってこれたのだから、そんなに心配しないで。それより、あの後どうなったかしら?」
そんなことより、聖騎士たちの話が聞きたい。エヴリーヌの言葉に、自分の気持ちを押し付けているのだと気づかされる。エヴリーヌだって急に態度を変えられたら混乱するだろう。自分良がりな態度に、さらに自己嫌悪に陥りそうになった。
「あの後、聖騎士たちと共に神殿に戻ったが、魔物を全て滅すことはできなかったため、また遠征に出ると聞いている。ただ、地盤がしっかりしていないから、しばらくは手前の土地で警戒し、地盤沈下の原因を探るそうだ」
「雨が続いて地盤が緩んでいるとはいえ、かなりの規模で地すべりが起きたものね。近くの村への注意もしなければならないし、注視していくしかないわよね。カリス、神殿に私が目覚めたことを伝えてもらえるかしら? ビセンテたちにも心配をかけたでしょうから」
「すぐに連絡させる」
魔力を使いすぎたせいで倒れたため、特別な医者などは必要ないと言われたので、エヴリーヌを屋敷に連れて帰ろうとした時、ビセンテはひどく反対した。神殿で診るべきだと言い張ったが、その反対を押し切った。
目が覚めなかったのだから、ビセンテが心配するのもわかる。彼は今でもエヴリーヌの心配をしていることだろう。
神殿にいた方が良いのではないかと思いつつも、エヴリーヌを連れて帰ってきた。エヴリーヌが少女ではないと思っていても、ビセンテの側にエヴリーヌを置いておきたくなかったからだ。
今さらながら、エヴリーヌを取られたくないと思っていたのだと気づく。
(やきもちを焼く立場ではないのにな。君が好きだと言ったところで、エヴリーヌは信じないだろう)
探していた人が、自分の妻だった。思い出に浸って、エヴリーヌを見ようとしなかった罰だ。一緒にいれば素晴らしい女性だとわかり、いつの間にか惹かれていたのに。
(なのに、少女とは違うのだからと言い聞かせてきたツケだ)
「自業自得だな」
「なにか言った?」
「いや、なにか、してほしいこととかはないか?」
「そんなに気にしないで。今回はちょっと、少し、魔力を使いすぎただけだから」
「けれど、しばらくは休んでいた方がいい。総神殿にも伝えておくから」
「大丈夫よ。今回の後始末もあるだろうし」
エヴリーヌは体力が戻ればすぐにでも総神殿に行ってしまいそうな雰囲気だった。
公爵家にいたくないのだろうか。それがあり得て、歯噛みしたくなる。
二年で離婚すると言ってくるような夫の側に、いたいわけがない。
どうすればいいのだろう。そればかりを考えて、自分の愚かさを嘆くしかなかった。